第6話 鈴屋さんと南無三!

 ゴブリン退治から早3週間が過ぎた。

 あれから俺と鈴屋さんはいくつかのクエストをこなし、この生活にも慣れ始めてきていたところだ。

 ちなみに鈴屋さんはと言うと、相変わらずの人気っぷりである。

 ただ碧の月亭にいるだけで、誰かに声を掛けられてはお得なクエに誘われたり、便利そうな物を分けてもらえたりしている。まさに鈴屋さんにとっては平常運転といったところだ。

 俺もいくつかの戦闘をこなしてわかったことがある。

 まず俺たちの装備はオーパーツ並に珍しい代物だってこと。

 イベント上位入賞報酬だから当たり前と言えば当たり前なんだけど、そもそもこちらでは存在が確認されてない物らしい。

 まぁ、ゲーム内でもほとんどのプレイヤーは見る事すらできないしな。

 あとは上位職の存在がないってこと。

 黒装束に赤マフラーなんていう往年のニンジャスタイルで闊歩しているのはもちろん俺だけで、そもそもニンジャがいない。

 また、精霊魔法使いはいるけど鈴屋さんのような召喚士サモナーもいない。精霊魔法は精霊の力を借りて魔法を行使するが、サモナーは精霊を召喚して戦わせる。さらに呪文詠唱を必要とせずに精霊の名前を呼ぶだけで召喚できてしまうのも相当驚かれていた。

 そんなこともあり、ほんの3週間で俺と鈴屋さんはちょっとばかり有名人になってきていた。

 街中はまだいいんだけど………碧の月亭に入ると「よぅ、赤の疾風!」とか「麗しの精霊の巫女様」とか……恥ずかしくて死にそうな通り名がついていた。主にグレイのせいだろう。

 かくいう鈴屋さんはその通り名がお気に入りだ。

「あー君はさ、“あー君”と“赤の疾風さん”…どっちで呼んで欲しい?」

 鈴屋さん…俺をおちょくってタノシイデスカ?

 可憐極まりない笑顔でそんなふうに聞かれると、俺のハートを支えているジェンガを一気に何本も抜かれた気分だぜ。

 揺れるな、俺のハート…クールに行こうぜ。

 俺だけは鈴屋さんには屈しない。

「……その赤の疾風さんに助けられたのは、どこのどいつだよ(ドヤ)」

「うん、かっこよかったよ。赤の疾風さん(はーと)」

 わずかな抵抗を見せたが、秒殺で返される。

 鈴屋さんが口元を抑えながら、堪えきれずにくすくすと噴き出す姿はもはや兵器レベルだ。(ちきしょう、かわいい)

「あー君の戦い方、派手すぎるんだよ。クスエニのゲームみたいな動きだもん。スタイリッシュすぎて逆に赤面もんだよ。さすが赤の疾風、アーク様だねっ!」

 …あ~もうこらえるどころか完全に笑ってる……

「…でもさすがにファンタジーな世界で黒装束に赤マフラーは浮いてるよね。私は好きだけど…」

 “好き”とか…年頃の男の子ならそこだけ切り取って後生大事にアルバムにしまってしまうようなワードをさらりと混ぜてくるあたりも恐ろしい。まさにナチュラル・チェリー・キラーだ。

「…へいへい…精霊の巫女様には敵いませんよ…」

「私は甘んじて受け入れてるもん」

「そりゃポジティブなことで……………それよりさぁ、鈴屋さん…」

 なぁに?と水色の髪を揺らししながら首をかしげるようにして、こちらを見つめてくる。

「…2・3日前から気になってたんだけどさ……あそこのパン屋で働いてる人、ひょっとして南無のおっさんじゃね?」

 そう言ってパン屋の店内を指さす。

 そこには筋骨隆々な丸坊主の髭おじさんが、パンを並べている姿があった。

 鈴屋さんが、長いまつ毛とともにすぅ~っと目を細めていく。

「……………あー君、あれ南無さん…だね」

 鈴屋さんも認めた。やっぱり間違いなさそうだ。

「…本物かどうか心配だったけど…じゃあ声かけてみるか…」

 俺は思い切って店内の筋肉坊主に手を振ってみた。

 筋肉坊主はすぐに気づき、血相を変えて外に飛び出してくる。

「ああああっ! ああああーーーーーっ! あぁぁぁぁーーーーー!」

 どえらい低い声で奇声を発して駆け寄ってくる筋肉坊主に、俺と鈴屋さんもドン引きだ。

「ああああーーーああああーーーああああーっっ!」

「やめぃっ!」

 俺は恐ろしさのあまり、思わず顔面に飛び蹴りを入れてしまった。



「…ひどいよ、あー君。南無さんは、あー君の名前を呼んで駆け寄ってきただけなのに…」

 ……そういうのは笑いをこらえながら言うもんじゃないと思うよ、鈴屋さん。

「…だってさ、あれもうただの奇声じゃん。天下の往来でなに叫んでくれちゃってんのよ…」

「あー君が紛らわしい名前をつけるからだよ!」

 あーさいですかい。

 だからと言って、そんなに見事なプンスコ顔しなくてもよかろうに。

「あ〜…南無さん、南無さん………生きてる?」

 とりあえず完全に伸びている南無さんを介抱する。

「……う……あっ…………イタタタ………」

 南無さんは首をさするようにしながら巨躯を起こした。

 …彼の名前は南無…破戒僧南無三の愛称で親しまれた筋骨隆々の中年プリーストだ。

 戦場では回復よりも攻撃に重きを置くプレイスタイルで、先の戦争イベでの活躍も記憶に新しい。

 とりあえず俺が、墓で目覚めたあの日からこれまでのいきさつをかいつまんで説明する。

 南無は黙って聞いた後、うんうんと頷いていた。

「そっかぁ………私もさ…あの日、冒険中に死に戻りしたんだよ。そうしたらここに来ちゃってさ…」

 …………んん?

「…最初はね、混乱したんだよ? ああああと違って私一人ぼっちで目覚めたんだし……でもね、人生楽しんだ方がいいかなと思ってさ……………リアルの方で夢だったパン屋に働き始めたんだぁ…」

 …………………んんんっ?

「…おい南無さん、さっきから口調がえらく気持ち悪いんだけど…」

 南無がくねっと腰をくねらせて、ゴツゴツした両拳を口元に当てる。

 俺は一瞬殴られるのかと思って、反射的に身構えてしまった。

「……だって私……リアルじゃ15歳の女の子だもん…」

 …あぁ、どうりで………………って……

「うぉい! うそだろ、おい! なんでそんなおじさん色物キャラなんか作ったの? 馬鹿なのっ!?」

「あー君、酷いよ。南無っちが可哀そうだよ…」

 いや、鈴屋さん、あんた驚くどころか完全に笑ってるから! あんたのほうがよっぽど酷いから!

「…あれ? 私、ああああには言ってなかったっけ?」

「…………知らねぇよ。てか、あの“破戒僧南無三”が女の子とか…どこの悪夢だよ」

「…私は今まさにその悪夢の只中にいるんですけど…」

 うあ……………たしかに言葉にもならないくらい同情するレベルだ…………

 15歳の少女が筋骨隆々な中年髭坊主に転生とか、どんなどデカい罪を犯したら落とされる罰なの?

「鈴ちゃんには話してあったもんね~」

「うん、色々と相談しあった仲だもん」

 …そういう大事なことは早めに教えてくれやがれ、鈴屋さん…

「しかしなんでまた、そんなキャラメイクしちゃったのよ?」

「最初は普通に作ったよ? ストレートロングの金髪お姉さんプリースト。でもだんだん粘着してくる人が多くなってきてハラスメントも増えてきたから……面倒だから絶対に男の人が寄り付いてこないようなキャラに作り直したの…」

 うあぁ…完全に被害者じゃん…どんだけ不運なんだ、あんた………まぢでご愁傷様です…

「鈴ちゃんとは前のキャラからの知り合いなの。………でさ、ああああ……」

「…あの…その名前…とりあえずやめてもらえます? あと、くねくねするのもやめてもらえます?」

「え~、なんて呼べばいいの? “あー君”ってのは鈴ちゃんしか呼んじゃいけないんでしょ?」

「きゃあああーーーー!! 南無っち、余計なこと言わないでっ!」

 …何それ初耳………どうりでその呼び方を鈴屋さんしかしないはずだ。

「…で、何て呼べばいいの?」

「………ん~………今はアークってよく呼ばれてるかな」

 南無が、…あぁっ…と手を打つ。

「最近やたら噂の赤い疾風よね………モンスターを秒殺する一陣の赤い風とかいう……そっか…あれ、ああああのことだったのか〜なんか納得ぅ~」

「…お願い、それもやめてもらえます?」

 俺がうなだれるように頭をさげる。

「で、2人は冒険してるんだ。勇気あるね~」

「南無さんは行かないの? この中でどう考えても一番もとの世界に戻りたい人でしょ」

 最早、同情も通り越すレベルだし…

「…ん~…そりゃそうだけど、今はパン屋が楽しいから、しばらくは平和にパン屋してるよ。本当に命かけて戦うのとか私には無理だし…」

 ………あぁ、くねくねしないでください、南無さん……

「…あのさ、南無さん……普段もその口調なの?」

 まさか、と南無さんが答える。

「普段はちゃんとロールプレイしてるよ。…まぁこの状況もきっと誰かが何とかしてくれるでしょ? だからそれまではパン屋を楽しむんだ〜」

 …すっげぇ他力本願な坊主だな…

「そっか、じゃあ生産職に落ち着くわけね」

「うん。でももし、鈴ちゃんやアークの力になれそうなら手伝うよ、安全な範囲で、だけどね」

「…俺も無理に危険な場所に引っ張り出したりしないさ。俺達もそこまで気張って冒険してるわけじゃないしな」

「…ふふ、2人には期待してるよ」

 南無さんはそう言ってパン屋のほうにもどっていった。

 そのたくましい背中が15歳の少女のものだと思うと、俺の枕はしばらく乾きそうにない。

「南無っち~~ちょくちょく遊びに行くね~!」

 それでも鈴屋さんは嬉しそうだった。

 少なくとも、俺たち以外にもここに来た人がいたんだからな。

 俺もどこかで安堵に似た感情を、確かに感じていた。

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