帰り道




「何でも直してあげるよ。ちょっと寄っていかないかい」

 一人だったがそれなりに飲んで程よく仕上がっていた私は、駅から自宅に帰る道すがら謎の露店の老婆から声をかけられた。

「何でも?」

「そうさ。何でも」

 不敵な笑みを浮かべる老婆の顔が傍の消えそうな外灯で見え隠れしている。こんな露店は今まで見たことがない。この道路の右側には消えそうな外灯がチカチカしているだけだった。そうか、きっと幻を見ているんだ。ちょっと飲みすぎたんだ。早く帰って寝よう。

「直したいものはないのかい?」

 立ち去ろうとした私になおも話しかけてくるとはしつこい幻だな。

「ならそこの外灯を直してよ」

「うむ、よかろう」

 老婆が何かを念じると、外灯は本当にパッと明るくなった。それと同時に老婆の姿がはっきりと現れた。老婆からも私の姿が見えたらしく、何故か目を丸くしている。

「……おや、あんたの腕時計、止まっているじゃないか」

「え?」

 左腕のそれを見るとちょうど飲み始めたあたりの時間で止まっている。

「あれなんで」

「ちょっと来てみなされ、直してあげる」

 疑いの目を向けながらも足は老婆の方に進んでいた。

「貸してちょうだい」

 怪しみつつも腕時計を差し出す。

「少し待ってておくれ」

 まぁ直るのならいいかと思っていたが、待てよ、なぜ私の腕時計が止まっているのが見えたんだ。老婆は小声ながらもしっかりとした声で告げた。

「お嬢さん、よく聞くんだ。この世界に来るのはまだ早すぎる。そっくりだから気づかなかったのだろう。今全て元通りに直してあげるから、ちゃんと帰るんだよ。次は寄り道してはいけない。これはあたしの本当の仕事ではないけれどね、たまには良いこともしなくちゃいけないからね」

 老婆の言葉がよく分からずぼうっと聞いていたが、気づけば私は会社の前の通りにいて、手にしていた腕時計は飲み始める前の時間をさしていた。

 真っ直ぐ帰るとあの外灯は相変わらずチカチカしていた。





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