第61話 第四章 アルス、ロンガ、ウィタ、ブレウィス(19)

「「げっ」って何よ! まったく、貴方を探すのだって苦労したのよ。まさかギリシャからこんな極東に来ているなんて思わないもの。驚いたわよ」

 ブリュンヒルトがぼやきつつも続ける。

「ま、驚いたといえば・・・あなた自身よね」

「どういうことだ?」

 ヴィオラ本人よりも、おもわず俺のほうが聞き返してしまった。

「私の知っているヴィオラって、無機質なのよ。感情も無くて、ロボットみたいにいつも無表情で・・・でも、いま目の前にいるヴィオラは、喜んだり、笑ったり、やきもち焼いたり、まったく普通の女の子じゃない? びっくりしたわよ」

 言われたヴィオラは、ちょっと戸惑ったような表情を見せてから、次にこちらに向き直る・・・その眼は助けを求めているように見える。

「ハチ、わたしここにいていいよね?」

 俺の理系の思考回路からすれば、ヴィオラのマスターだという、ブリュンヒルトのところに戻ったほうがいいんじゃないかと思った。しかし、ヴィオラの眼はマジだ。

 それに正直、こんな美少女と一緒に過ごす機会なんて、もう生涯無いかもしれない。

 ということで、さっさと正論を封じ込め、ヴィオラの援護射撃をすることにした。

「その、やはりヴィオラは・・・君と帰らないとダメか? うちは別に迷惑じゃないし」

 気が付くと、ヴィオラが立ちあがって、すぐ後ろに来てなんか唸っている。

 まるで、ブリュンヒルトから自らの身を隠すかのように。

 どうもヴィオラは、マスターという存在に弱いらしい。

『自分のマスター』という存在が相手なら、まあ普通はそうだろうな。

 いつものヴィオラなら「いやだよ!」のひとことでも叫んでいそうだ。あるいは「あっかんべー!」とか(笑)。だがそんな感じではなく、どうにも気まずい沈黙が続いた。

 しばらくたってから、ブリュンヒルトが絞り出すように言う。

「あー・・・分かった、分かった。ヴィオラ、そんな顔しないでよ・・・」

 振り向くと、俺の背後に移動していたヴィオラは、いつのまにかブリュンヒルトのことを威嚇するような顔になっていた。

「分かったわよ・・・あなたホントに西郷のこと気に入っちゃったみたいね」

「ホント? マスター! やったあ!」

 ヴィオラが急に目を輝かせて、いつもの調子が戻ってきた。現金だな・・・。

「いいわよ・・・どうせ恋する乙女を無理やり引き剥がしたって、ロクな事ないもの」

 ブリュンヒルトの口調は、すっかり諦めモードだ。

「え?」

 ちょっと待て! 恋する乙女ってどういうことだ?

 だってさっきの話だと、ヴィオラはタブレットに惹かれたんでここにいるんじゃ・・・。

 そりゃたしかに俺に懐いてくれているけど、『懐く』と『恋愛』が違うことくらい俺にだって分かる。

 だがブリュンヒルトは、俺の表情をすかさず読み取って、

「いやいや、なんというか・・・鈍いわねぇ西郷は」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る