第9話 第二章 偽りの説教者は、タブレットを所望する。(4)
「当時ボストン大学では、その粘土板の重要性に気付いておりませんでした。そのとき偶然にもひとりの研究員が、私見でその粘土板に対するレポートを執筆していたのです。内容については、その研究員にしか分からないようで。彼はその後、退職しております」
「その研究員の身元は? 無論トレースしたのだろうな?」
「はい。日本人で、現在東京で学芸員となっていることが判明しました」
委員長が大きく息を吸い、毅然とした口調で言い切る。
米軍組織の高官たる委員長の意志がはっきり伝わる。
「では、この後取るべき行動は明確だ。いいかね諸君? この粘土板の収集・解析にはいまや我が国の今後のプレゼンスが懸かっているといっても過言ではない」「すなわちこの粘土板こそ、我が国の覇権が続くことを約束するものであろう」
全員が緊張の眼差しで委員長を注視する。
「このプロジェクトに失敗するということは、断じて許されることではない。大統領閣下も毎日たいへんな期待を持って状況の推移を見守っておられる。全員肝に銘じて任務にあたりたまえ! 世界最強国家アメリカ合衆国の力を見せつけるのだ」
【五月七日 午前十時 永田町 内閣府】
日本政府の中枢である永田町に所在し、内閣の庶務、重要政策の企画立案・調整・情報収集を担う内閣官房は、昨日から少々騒がしくなっていた。
国会で揉めているわけではなく、社会的にも影響の大きい事案が起きているわけでもない。
原因は・・・最大の盟友国であり、世界の超大国であるアメリカ合衆国国防総省から、謎めいた依頼を受けたからである。
依頼内容には、前例も類似例も無く、霞が関の官僚も戸惑ったのだ。
その時、一人の男が呼び出された。
内閣官房特務武官であり、国防軍からの出向組、内田克己陸軍少佐である。
年齢は三十手前。中肉中背であるがスーツの下には筋肉質の良く鍛えられた体の輪郭が見え隠れしており、短く刈り込んだ頭髪や鋭い眼つきもあわせて、叩き上げの軍人そのもののイメージである。
内田は内閣府二階の廊下を進み、会議室のドアをノックする。
「入りたまえ」
ドアを開けると正面には、山本内閣官房副長官と軍務担当の三田副長官補が立っており、すぐ隣には見慣れぬ外国人の男が一人。
内閣官房の日本人ふたりに比べ相当背も高いが体格も大きく、体重は百キロ超だろう。
濃紺のスーツに、真っ赤なネクタイを着こなしている。
副長官が、内田を外国人に紹介する。
「彼は海外での駐留経験も長く、その中で考古学的遺物との接点もあります」
内田は瞬間嫌な予感がした。
副長官という大物が直々に話す案件など、経験上ロクなものはない。
しかも考古学の遺物だと? たしかに中東の駐在武官を務めていたころ、考古学者が現地武装勢力と揉めたことから助けたことは何度もあるが、考古学なんて詳しくはない。
外国人はにこやかに近づき、ブルーの瞳で覗き込んで握手を求めてくる。
「初めまして、メジャーウチダ。わたしは合衆国国防総省から来ている駐日武官のヴォルフです。以後よろしく」
「こちらこそ、ミスターヴォルフ」
初対面のお偉方に対し、愛想良く答える。
内田は海外駐留経験を積んだ猛者であり、英語をはじめ数か国語をネイティヴ並に扱うことが出来る。
見たところ、ヴォルフは割と大物だ。駐日武官ということは軍人、おそらくは将官クラスだろう。立ち振る舞いで内田には分かった。
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