第5話 第一章 プロローグ アッシュールバニパル王の図書館(5)

 モーデルも地上に出る。普段は静かな遺跡の砂上のあちらこちらに砂塵が舞いあがり、軍人たちの怒号が飛び交う。

 軍用車両のディーゼルエンジンが唸りを上げ、濃厚な排気ガスが立ち込める。

 第一小隊の兵員が、対戦車ミサイルと弾薬箱等を抱えて迎撃ポイントに移動していく。迎撃ポイントには事前に塹壕を構築している。

 第二小隊と指揮小隊の兵員は撤収の準備にかかり、車両の移動を始めるいっぽう、肝心の成果物である粘土板や研究成果を特殊ケースに格納している。格納が終われば車両への搬入と研究チームの収容だ。

 アメリカ合衆国陸軍のエースともいえるM一A四エイブラムス戦車六両のガスタービンが、猛烈な熱風を周囲に巻き上げると共に駆動音を轟かせ、前進を始める。

 先頭車両のキューポラから装甲小隊長バックナー少尉が上半身を出し、軍用無線で各車に指示を与えている。

 地上の臨時指揮所(といっても遺跡の壁を利用した掩体壕なのだが)に陣取ったモーデルは、各小隊長からの報告を受けている。

 指揮所のモニターにはエイブラムスからの画像が届く。

 地上六、七メートル位の位置に、幅三メートル×長さ八メートル×高さ三メートルほどの箱型の白色機体(胴体部)があり、そこから二本の脚が地上に伸びている。

 高出力レーザー砲を搭載した砲塔が、機体前方下部に見えている。

 しかも白色機体の側面には、金色に縁どられた『教皇の三重冠と天国の鍵が交わる紋章』がはっきり見て取れる。間違いない、クーリア・ロマーナ国防総省の武装親衛隊だ!

 それが歩行して、じわじわとこちらに迫ってきている。

 モーデルは実機を見るのが初めてだったが、直方体の箱型胴体から伸びる二本の脚で歩行しているではないか!

 異様な光景だ。

 だが、そもそもあの形態では立てるはずがない。重力の法則を完全に無視している。

 つまりクーリア・ロマーナは間違いなく重力を制御しているし、それはつまり、現生人類未到達技術を駆使していることを意味する。

 自分の眼で見てしまったら、それはもうどんな光景であろうと信じるしかない。

 それにしても・・・こんな至近距離まで監視モニターに引っ掛からないとは、広範囲の不可視化も実用レベルということだ。

 この先で突如不可視化を解除して堂々と姿を見せたということは、このニネヴェ遺跡のあるクユンジクの丘を戦場にしたいということと、起動兵器を見せて我々の士気を挫く思惑があるということだ。防御フィールドにも自信があるのだろう。

 しかもこの丘は遺跡だ。遮蔽物は多いものの、エイブラムスの射撃ラインは確保しにくい。

 それに比べ彼らの起動兵器は二足歩行だから、砲塔の地上高も高く射角を取りやすい。

 派遣前の調査時点から分かってはいたものの、モーデルは、かなりアウェイであることを再認識した。

「中佐! 距離二千二百! 全車の貫徹圏に入ります。どうしますか?」

 相手が防護フィールドを持っていなければ、確かに貫徹圏だが。

「バックナー、エイブラムスは全車固い路面にロケーションしているな?」

「ヤー」

 戦車はキャタピラであり、迅速な位置変更に際しては、堅い路面の方が適している。

「よし、目標は敵起動兵器のみ。他は無視しろ。M八二九徹甲弾使用。距離二千百で全車一斉射撃、射撃後全速後退、位置変更後第二射!」

「ヤー」

 かなり勝算が低そうだ! ぶつぶつ文句を言いながら、掩体壕から身を乗り出し、双眼鏡を覗く。BポイントとFポイントが視界に入り、二両ずつのエイブラムスが砲塔を稼働させ照準を付ける。

「ウイリアムとチェン! お前たちの小隊は、エイブラムス一斉射撃を合図に、プラン通り脱出を開始しろ! 少なくともエイブラムスが十五分は稼ぐ。その間に全速でクユンジクを脱出し、モースル中心街へ行け!」

 そこまで行けば、クーリア・ロマーナは手出しが出来ない。現地警察と揉めて国際問題にはしたくないからだ。裏を返すと彼らも短期決戦を狙っている。

 その瞬間、モーデルの指揮所の前方から猛烈な咆哮が轟いた!

 エイブラムス全車の四四口径百二十ミリ滑腔砲の一斉射撃である。

 双眼鏡の中のエイブラムスの周囲から砂塵が舞いあがる。

 同時に脱出グループの車両群が、離脱を開始する。

 砲弾は一直線に、起動兵器の脚にめがけて集中する、そして着弾!

 ・・・のはずが着弾の直前、見えない壁に当たった砲弾が全弾一斉に爆発、敵は無傷だ!

 ばかな!

 現状、世界で最も強力な戦車の主砲の直撃弾なのだぞ?

 ガコン!

 エイブラムスの最新タイプから追加された自動装填装置が唸り、次の砲弾を準備する。

「全速後退! 位置変更!」

 途端に全車ガスタービンが唸って砂塵を巻き上げ、キャタピラが路面を強烈に掻き出す。

 やはり防護フィールドに阻止されて、敵の起動兵器自体に着弾していないのだ!

 初めて、現生人類未到達技術をリアルに目撃したモーデルは、モニターに釘付けとなった。

 信じられん・・・現代最強の陸戦兵器の一斉攻撃が無力とは、これはハリウッドなのか?

 このままでは・・・奴ら起動兵器の排除はおろか、足止めすることも難しい。進撃を許せばいずれ戦車も装甲車両も踏みつぶされ、さらには起動兵器の砲撃も受ける。それもおそらく高出力レーザー照射だろう。

 我々は無駄死にだ。だがショックを受けている場合ではない。

 モーデルは叫ぶ。

「バックナー! 次の斉射が終わった瞬間、全搭乗員は車外退去! 随伴させたハンヴィーに乗り移って全速後退しろ!」


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