第4話 第一章 プロローグ アッシュールバニパル王の図書館(4)

 クーリア・ロマーナが投入した兵器には、高出力レーザー砲・防護フィールド・重力制御・広範囲な不可視化といった、いや、正確に言うと「・・・と考えられる」軍事技術である。

 アメリカ軍ではレーザー砲の目途は立っているが、ミサイルや航空機が目標であって、重装甲車両の複合装甲を貫徹するほどの威力は無い。また、光学迷彩も存在するが、個々の兵員の服装レベルであって、広範囲に展開することは出来ない。さらに重力制御に至っては、皆目実用化の目途が立っていない。

 ゆえにアメリカ合衆国国防総省にとっても、驚愕すると同時に、大変な危機感を抱えることとなった。このいきなりのピンチをどう挽回するか?

 そもそも第二次世界大戦末期、クーリア・ロマーナがヴァチカンの自衛と称して国防総省を創設。実質的な軍隊を擁して、以降自国の防衛どころか、実態として世界各地のキリスト教徒への軍事支援を行ってきたことは公然の秘密である。

 国防総省創設当時、彼らが最も恐れたのは無神論者のソビエト連邦であった。

 いっぽうソ連への最大の防波堤として、クーリア・ロマーナが期待していたナチスドイツは崩壊の危機に瀕しており、多くの軍人が戦犯として扱われることを恐れていた。

 ゆえにクーリア・ロマーナとドイツ国防軍の思惑が一致し、優秀な軍人を大量にヴァチカンに受け入れた。結果国防総省が、軍事組織や戦術に優れた面を有することが出来たのは自然の成り行きであった。

 しかし、技術水準についてはごく平凡であり、少なくともアメリカやロシアに比肩するほどの水準ではないと分析されてきた。そのクーリア・ロマーナの軍事技術の突然の飛躍。

 これをどう説明すれば良いのか? これが今からちょうど一年前の状況でった。

 CIAは大統領からの勅命もあり、全力を尽くしてあらゆる情報を収集し解析を試みた。

『クーリア・ロマーナ』と名がつく情報は、全て集約して。

 半年後、ひとつの結論が出た。

 ・・・クーリア・ロマーナは、超古代の遺物(具体的には粘土板)を収集し、そこに記されている内容を情報源として、『現生人類未到達技術』を獲得しているのではないか?

 これについては、確証は得られていない。だが、様々な状況証拠から得られた結論であって、これを否定する論拠も全く無かった。

 これは衝撃的な事実であった。

 その粘土板の技術や知識を吸収することにより、軍事的に世界の覇権を握ることが出来るということなのだから。

 アメリカ軍は、いままでSF映画で見てきた特撮を、ハリウッドのものではなく『現実のものとして』見せつけられてしまうのだ。

 アメリカの動きは早かった。世界の考古学の論文をリサーチして、自国のボストン大学に注目した。この大学は、シュメール文明研究に成果を挙げており、過去ニネヴェ遺跡の発掘で得た粘土板について興味深い論文を発表していた。

 国防総省はボストン大学と契約し、急遽ニネヴェ遺跡の発掘に着手したのである。もちろんクーリア・ロマーナが嗅ぎ付けて奪取に来る可能性も高い。したがって、メソポタミア共和国首脳と調整し、アメリカ陸軍の精鋭を護衛に付けたのである。

 ◇◇

「中佐! Bポイントから緊急通信です」

「繋げ」

 教授との会話を中断し、モーデルはアイウェアに接続しているイヤフォンを触る。

「中佐、Bポイント北西三キロメートルに反応あり。装甲車両三両、型式判別中。それと、全高約八メートルの未確認物体が一機こちらに移動中! おそらく、例の二足歩行の起動兵器だと思われます!」

「いままで反応は無かったのか? 急に出現したというのか? 国籍識別はどうだ?」

 リーダーの矢継ぎ早の質問に部隊の緊張が高まる。

「二分前、急に反応が出ました! 突然そこに現われたかのように。それと国籍識別に反応がありません」

 ということは、間違いなくクーリア・ロマーナだ。ついに嗅ぎつけやがった!

 モーデルは覚悟を決める。

 思考制御で反応するアイウェアのCPUを通じて、矢継ぎ早に部下に指示を送信する。

「フランク、地下に来て教授の撤収を手伝え! 退避プランCだ」

「それからエルンスト、お前の第一小隊はBポイントで迎撃態勢! 装備パターンLにして、追加でM八二九A五徹甲弾を仕込め」

「ウイリアム、お前の第二小隊は撤収準備だ。先日の打ち合わせ通り、車両の配置と粘土板の移送準備に専念しろ!」

「あとチェン! お前は、指揮小隊の要員を使って研究チームの撤収を手伝え! 装甲小隊はM一でB・F・H各ポイントに散開、対戦車戦用意!」

 無線で指示を出している間にも、表ではモーデルの部隊が、各々与えられた命令を遂行すべく走り回り、騒々しくなっている。

 フランク軍曹が駆け込んでくる。

「ホワイト教授、こちらへ!」と、教授の腕をつかむ。

 教授は腕をつかまれつつも、モーデルに向き直る。

「モーデル中佐! ここはもう撤収なの? もう少しで・・・」

 だがモーデルは即座に遮り「教授! すみませんが猶予はありません。生きて帰国したければ、フランクの指示に従ってください」と大声で諭す。

 話しかける間にも、まだ状況を受け止めきれていない教授は、フランク軍曹に引きずられるように退室していく。

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