第3話 第一章 プロローグ アッシュールバニパル王の図書館(3)

 この時代、第二次世界大戦後の超大国を維持してきたアメリカ合衆国に加え、冷戦崩壊後も紆余曲折を経ながら大国として残っているロシア連邦、八〇年代から急成長を見せ大国として比肩出来るようになった中華人民帝国が、互いに牽制しながらパワーバランスを保っている。

 だが、こと宗教という観点では、世界の至る所で紛争が絶えない。宗教の分布というものは、実際の国境と同一ではないからだ。

 たとえばA国とB国が陸地にて隣接しているとする。

 A国の大半はキリスト教徒なのだが、国土の一部(たいていこれはB国と接する国境地帯だったりする)は、イスラム教徒が多数を占める。いっぽう隣接するB国はイスラム教徒が大多数を占めており、それを眺めつつA国のイスラム教徒たちは「A国から独立させろ!」あるいは「文化的にも親密感のあるB国に編入させろ!」と主張する。

 こういう場合、A国内のキリスト教徒とイスラム教徒は、大概別々の民族をルーツに持っていたりするものだから、よけいややこしいし、民族間の対立にも発展してしまう。

 まあ、どちらにせよ、A国からすれば領土を失う話に直結するので、自国内の独立運動派イスラム教徒を弾圧する。するとB国が反発し、A国内イスラム教徒を武力支援し、事実上国境付近で紛争に発展してしまう・・・といったケースは世界中、枚挙にいとまがないのである。

 かくも人類は宗教に対する執着が強く、そういった宗教に根源がある紛争は現代においても絶えることが無い。いや、むしろ増加の一途をたどっている。

 その宗教紛争に、ここ数年異変が起きている。

 事の発端は、三年前。

 元々イスラム教徒の多い中東ヨルダンの北西部(すなわちゴラン高原の南方)は、ここ二十年でキリスト教徒が急増していた。よってキリスト教徒は、自治州としての独自性確保のため様々な政治運動を展開していた。

 そのうち、国内多数派のイスラム教徒との対立が激しくなり、武力紛争にまで発展。

 通常であればヨルダン国防軍が介入して両者を鎮圧するはずであるが、国防軍首脳部がほぼイスラム教徒であることから、一方的にキリスト教徒が迫害を受けるに至った。

 キリスト教徒には、主にイスラエルを経由して義勇兵・装備が送り込まれていたが、さすがに一国の正規軍隊相手に劣勢は否めず、ヨルダン北西部のキリスト教徒が国外難民化するのは必至と見られていた。

 だが二年前、圧倒的劣勢であったキリスト教派は、突如としてわずか三日でヨルダン国防軍一個師団を壊滅させ、自らの生存地域を武力にて回復。

 反撃に出たヨルダン陸軍は、戦車を中心とした装甲二個大隊を派兵したが、わずか一日で壊滅。この結果を受けたヨルダン政府は、キリスト教派代表と講和に入った。

 この件は、国際的にあまり報道されなかったが、アメリカは密かに注目していた。

 CIA(アメリカ合衆国中央情報局)の分析では、宗教間にて紛争が生じる場合、傾向として東欧と中近東が多い。それらは国境の変動が二十世紀においてなお生じた地域であり、政府の統治能力がそれほど高くない地域でもある。そのような地域では、キリスト教正教会やイスラム教が優勢で、キリスト教ローマ教会は信徒数において、劣勢であることが多い。

 そのローマ教会勢が短期の勝利を収めたのである、しかも軍事力で。大国アメリカは敏感にならざるを得なかった。

 CIAはDARPA(アメリカ合衆国国防高等研究計画局)と協調して、調査を進めたが、その過程で信じがたい事実が浮かび上がってきたのである。

『ローマ教皇庁〈クーリア・ロマーナ〉国防総省は、アメリカ軍を遥かに凌駕する先進軍事技術を、戦場に投入している』

 ・・・第二次世界大戦以降、軍事技術を中心に世界に対し優位を保ってきた大国にとって、まったく想像も出来ないことであり、一歩間違えれば世界のパワーバランスの崩壊につながる。

 あまりに想定外の結果であったため、CIA内部でも調査結果を再度検証すべきという声が上がったが、そうはならなかった。

 なぜかというと、戦場で起こった事象についてCIAもDARPAも、物理学や化学から理論的に説明出来なかったからだ。

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