第2話 第一章 プロローグ アッシュールバニパル王の図書館(2)

 そのニネヴェ都市遺跡にあるアッシュールバニパル王の図書館は、地上二階・地下二階という構造になっている。もっとも外壁が崩れ落ちている箇所も多いので、地上二階の部分は屋外に露出してしまっている部屋も多い。

 しばらく前から、この図書館には外国の学術隊が駐留しており、現地共和国の学芸員と連携を取りながら、貴重な粘土板の発掘にあたっていた。

「ふう、やっぱり地下だと直射日光が無い分マシだけれど、やはりそもそもの気温が高いから暑いわねえ」

 ボヤいているのはこの発掘チームの責任者、アメリカ合衆国ボストン大学文化人類学部のキャサリン・ホワイト教授だ。

 Tシャツにジーンズというラフな格好で、年のころは四十代半ば、背が高い痩せ形で、フィールドワークが多いせいか女性の割には日焼けしている。そのため金髪のセミロングをなびかせてはいるものの、学者というにはかなり精悍なイメージだ。

 考古学と一口に言っても、民族考古学・歴史考古学など多岐に分かれており、アメリカ考古学会においては、人類学の一部であるというのが主流である。よってホワイト教授も文化人類学部所属となっているが、専門はシュメール文明である。

 そのホワイト教授率いる発掘チームが、かれこれ半年ほど前からこの図書館に駐留し、発掘を続けている。

 ・・・というここまでは、よくある話なのだが、今回はちょっと様子が違っていた。

「教授、例の粘土板はどんな感じです?」

 隣から話しかけるのは、三十過ぎくらいだろうか、屈強な体つきの男である。

 上半身は半袖の迷彩シャツで、長ズボンも迷彩柄、上下共にアーミーグリーンが基調だ。濃い色のサングラスをかけ、短く刈り上げた髪型も含め、精悍な顔つきだ。

 総じて軍人の風貌である。

 考古学の教授に、バリバリの軍人風情とはおかしな取り合わせだ。

「毛色の違った粘土板でしょ? 一昨日から新しく見つかってはいないわ。もっとも地下二階B六エリアの発掘がまだ未完了だから、この一~二日で新たに見つかる可能性はあるけれど・・・そもそも従来の物との判別も難しいから・・・」

「なるほど、すると今回のミッションで発見出来たのは十三枚か」

「そうね。毛色の違うやつは、一年以上前から解読を試みても全く歯が立たないから、出来るだけたくさん入手して何らかの糸口を見つけたいのよね」

「お願いしますよ教授。御承知の通り、この発掘は国家プロジェクトです。それも並大抵の機密度じゃない。それはこの発掘の真の目的を知っているのが、チームであなたしかいないことでもお分かりでしょう?」

「分かっているわ。けれど、正直かなり苦戦しているわね。従来のアプローチで研究を進めても、まったく解析が進まない」

 教授は額に流れる汗を拭う。

 軍人は何かを考え込むように黙った。

 地下室の出口、すなわち地上に通じる通路のある方角からは、地上作業員たちが交わす賑やかな声が聞こえてくる。

 砂漠地方特有の乾いた熱風がこの図書館の地下にも届く。

 まもなく午後四時だが、いっこうに気温が下がる気配が無い。やはり日没を待たねばならないが、困ったことに、日が沈めば今度は冷え込んでくる。

「それに」

 周囲を見渡して、チームの研究員や作業員が誰もいないのを確かめて教授が続ける。

「・・・あまりモタモタしていると、敵が粘土板を嗅ぎ付けて来るのでしょう?」

「その通り」と軍人が答える。

「そのためにわれわれは、ベストの装備を持ってここの守備にあたっています。人員は四個小隊程度ですが、わが合衆国陸軍の最精鋭部隊、装備も陸軍の主力装甲兵器を持ち込んでいます」

 教授は、作業用の簡易デスクに寄りかかり、

「でも泣く子も黙る合衆国陸軍が、彼ら相手となると苦戦するのでしょう? 中佐」

 性格的にホワイト教授はズバリ切り込んでくる。

 嫌味というわけではなく、感じたまましゃべっているのだろう。

「そのとおりです。警戒しすぎる、ということのない相手です」

 軍人は本心を隠しもせずに言う。ということは、強敵を正確に分析し、過小評価していない証だ。

 軍人の名は、ヴァルター・モーデル陸軍中佐。

 アメリカ合衆国陸軍特殊部隊(SF)第二G第一大隊長である。特殊部隊のエース格であり、歴戦の勇士。潜入と近接戦闘のスペシャリストでもある。

 その陸軍のトッププロが考古学の発掘現場に派遣されているには理由があった。


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