第26話 事の顛末

 10日ぶりに自分のベットに潜り込んで昼寝をしていたら、クランから呼び出しがかかった。

 ツェローラ子爵の屋敷にすぐ来いと、逆戻りだ。


 屋敷について、呼び出された理由を聞かされる。

 デシャン伯爵が来て賠償の話をされているとの事だ。

 なら貴族間の話だが、なぜか俺を呼び出すよう伯爵が命じた。


 伯爵がいる部屋に通されると、彼は椅子に座り前に子爵が片膝を付けた姿勢でいる。

 他に男爵、後ろにはクランのメンバーも同じ姿勢でいる。

 子爵にこの姿勢を強要されたいたのか、すぐに来てよかった。

 俺は一番後ろに並び儀礼の形をとる。


「やっと揃ったか。

 そいつの罪は、裁判では裁けなかった。

 冒険者ギルドの決定には間違いがある、後で言い聞かせておこう」


 この話は終わっている、まだ続ける気なのか。

 それに、ここで伯爵のやっている事はただの嫌がらせだ。


「私のクランは解散せねばならなくなった。


 56人の優れた冒険者を雇ってクランを作ったのだが、その主な者達をそいつが潰した。

 襲撃に脅え逃げた者もいる、今クランで動ける者は10人もいない。

 これではどうしようもない、私は解散を決めた」


 それを支えるのが支援者ではないか、伯爵は本当にクランが何なのか理解していない。

 王への忠誠を示すクランを、そう簡単に作ったり解散させていいはずがない。


「私もこのクランを造るには、金をかけている。

 そいつに潰されたのは事実なので、所属しているクランの所有者ツェローラ子爵に賠償をしていただく。


 これは、そいつに罪が有るかとは別の話になるはずだ。

 1人100万テルとして、56人いたクランなのだから5600万テルを損害の保証としていただく」


 無茶な論理と金額だ!


「5600万テル!」

 さすがに子爵も驚きの声を上げる。


「黙れ!

 誰が喋って良いといったか」


 これでは誰も反論ができない。

 剣聖がいなくなったのを知ってここに来ている。


 このクラン最大の支援者、アルテミラルの盾たるカナーエフ公爵様なら可能な額だが、それを支払えば遠征に影響が出てしまうだろう。

 それを考えての金額なのだろうが、やりすぎだ。


 彼は裁判の決定を受け入れていればよかった、ここまですれば後には戻れない。

 自分が安全な場所にいると、本当に思っているようだ。


 これは仕方がない。

 俺は立ち上がりゆっくりと伯爵に近づく。


「誰が、立ち上がる事を許した」


 伯爵は驚いて声を荒らげる。

 護衛の騎士も伯爵を守ろうと前にでる。

「そこで、止まれ」


 ゆっくりと動いているので、襲撃ではない。

 護衛もどうするか見守っている。


 一番前に出ると、再び膝を付き頭を下げる。

 そして手前に青い小さな小瓶を出した。


「な!」


 伯爵はその小瓶が何かをすぐに判ったようだ。

 子爵と男爵も気づいたようだ、緊張が走っている。


「これは、どういう事だ」


 俺への質問だ、これで声を出すことが許された。


「お使いになると思いまして」


 あえて、質問の意図に回答はしない。


「それが何かをお前は知っているのか」


 続けて意見する機会をつくるためだ。


「貴族の毒と、言われているものかと」


 貴族の毒とはその名の通り、貴族が死ぬために服用するものだ。

 俺の祖国フルーフ王国にも似たような物がある。


「お前は誰かに使わされたのか?」


 この国に貴族を縛る法はない。

 だから伯爵のような事をしても罪にはならない。

 ただし何をしても良いわけではない。


 上位の貴族の不興を買えば、毒が送られてくる。

 送られた毒を飲む決まりはない、ただし送り主は送った相手を潰せる実力を持っているのが普通だ。

 毒を送るとは、飲まなけれは家名ごと消し去ると言っていると同じ事になる。

 飲んだとしても、上位の貴族から良く思われていない事を示している、何かしらの不利益が発生する。

 それを避けるためには、自らの死で許しを願うのだ。


 伯爵が俺を誰かの使いかと聞いたのは、誰かが毒を自分に送ったと考えたのだ。

 俺が、伯爵が必要かと言ったのは、毒が送られる前に飲んだほうがいいと、言う意味だ。


 伯爵が突然笑い出した。


「違うな、お前に使者を頼むはずがないか。

 知ったふうな事を言って脅しているつもりのようだが。

 お前のような下賤の者に、貴族の何が判る。


 私には、国王様とヴォタイン公爵様がついてくださっている、このお二人に逆らう者がこの世にいようものか。

 何も知らないとは道化と同じだな」


 この伯爵の無謀な行動の根拠は知っていた、それが事実で無いことも。


「そのお二方が、今回のような事をお許しになるとは思えませんが」


 子爵が口を開いた。


「お前もこの男と同じか。

 中央に縁のない貴族など不要なのだ、この地にいるのは傭兵でよい。

 我が叔母が、誰なのか言わなければならないのか」


「伯爵様の母上様の御出身がヴォタイン公爵家なのは存じております。

 母上様の姉、フローヌ様が王妃で有ることも」


 伯爵には子爵を見下した笑いが見える。


「それを知っていて、私の言葉を疑うとはどういう事だ?」


 伯爵は悦に入っているが、子爵が彼の許しを得ないで話し出した意味に気づいていない。

 子爵は、伯爵の思い違いを理解し、この伯爵に礼は不要と判断したのだ。


「伯爵はフローヌ王妃様が王の怒りを受け、謹慎のため東離宮にお住まいなのをご存知有りませんか。

 ご婚姻直後の王妃様への処遇としては異例です、当時は王都でも話題になったと記憶しております」


「なに」

 伯爵は知らない。


 原因は彼の母親だ。

 彼女は公爵家で生まれ、気位が高く伯爵家に嫁がされた事に不満を持っていた。


 この国では王は4人の正妃をもつ事が許されている、身分が高い人には政略結婚のために便利な制度だ。

 ただし現国王には正妃が3人しかいない。

 姉は王妃になっている、彼女はその空いた席には自分がふさわしいと考えていた。

 何事も自分の都合のいいようにしか考えられない。


 そんな母親に育てられれば、今の彼にも納得がいく。


 子爵様が続ける。

「フローヌ王妃様はこの30年、国王にお会いする事も出来ておりません。

 それほどに当時の王の怒りは大きく、王妃とともにヴォタイン公爵家も粛清されかねませんでした。


 ですが王は怒りに任せた行動をお取りにならず、国事を優先させたのです。

 国内政治を円滑に行う為にはヴォタイン公爵家が必要です。

 王妃に会うことは拒絶しましたが、王妃のご身分はそのままとなりました。

 ヴォタイン公爵家との関係のためです。


 ヴォタイン公爵家も王の配慮に感謝し、今は目立つような事を控えておいでです。

 ラーディにあるクラン『アルテミラルの剣』も、公爵家に縁のある20人ほどがいるだけで、遠征に行くことは考えておりません」


 子爵の話は初めて聞いたのだろう。

 伯爵の顔は青ざめていく。


「国王様とヴォタイン公爵様が、伯爵のために動くとは信じられません。

 どなたからのお話なのです」


 伯爵は声を出すこともできない。

 道化は自分だったのだから。


「ヴォタイン公爵様は、今回のような事で家名が出されるのは良い気がしないでしょう。

 事が過ぎれば、ヨガが言ったような事も起きうるかと思いますが、」


 子爵様は、ヴォタイン公爵が迷惑な伯爵家に毒を送る事もあると脅している。


「もしこの話が王妃様から出ていたとなれば、王の命じた謹慎に背いた事になります。

 王妃にこれ以上の何かをする事は無いと思いますが、その誘いにのった者にはそれ相応の対応をすると思います」


 これはあり得る、知らなかったとはいえリーシェさんを襲ったのだ、王は許さないだろう。

 子爵もリーシェさんの正体は知っている、目の前の伯爵は近いうちに伯爵でいられなくと判断したのだ。

 ならこの茶番に付き合う必要はない。


 伯爵は青い顔のまま、何も言わず帰っていった。


 伯爵が出て行った後

「フローヌ王妃様が原因だったとはな、思いもしなかった。

 ヨガよく知っていたな、どうやって知った」


「王妃様の事は何も知りませんでした」


 ビチュレイリワが監視を始める前に伝えられた話なのだろう、計画の出どころは知らなかった。

 伯爵の母の勝手な思いで計画されたと思っていた。


「なに!」


「『黄金の翼』の方々と話し合った時、クラン『アルテミラルの剣』を遠征に行かせるのが目的だと言っていました。


 ヴォタイン公爵に恩を売るために『アルテミラルの盾』を遠征に行けなくする計画だったと。

 ですが『アルテミラルの盾』が遠征に行けなくなっても、『アルテミラルの剣』が遠征に選ばれる状態で無いのは知っていました。

 ヴォタイン公爵が恩を感じるとも思えません、逆に迷惑な話です。


 なので、これは公爵の名を騙った計画だと気づきました、ならばその事実に気づいてもらうだけです。

 小瓶は発言を許されるための小道具でした。

 それに私が知っている以上の事を、子爵様が明らかにして下さいました」


 子爵様は苦笑いする。


「おかげで、彼が考えていた事も、間違っていた事も判ったんだが、次はもう少し慎重にやってくれ」


「はっ」


「しかしヨガ、何故お前が貴族の毒などを持っているのだ」


「中身は水でございます。

 小瓶は闇市で購入しました」


「毒の小瓶がか。

 誰かが使った物が、流れたのか。

 いい気はしないな」


「申し訳ございません」


「まあいい。

 これで伯爵も何も言ってこなくなるだろう」


 ーーーーー


 今回の騒ぎの後、2つの事が有った。


 1つは、俺達への指名依頼が無くなった事。

 遠征に参加出来なければ、単独で魔境奥地に入ると言ったのがきいたのだ。

 なら遠征に参加させ、可能な限り準備する事にしたようだ。


 2つ目は、その遠征の安全性を高めるため、剣聖・キナイズさんがクランに入ったのだ。

 短期と言っていることから、遠征の戦力強化だと判る。


 剣聖はクランメンバーに剣の稽古を付けてくれる、これでクランの強化にもなる。

 ただし、剣聖についていけるのは10人ほどだ。

 レベルに差が有りすぎる場合、何をされたか判らないので、鍛錬にならない。


 俺も一応、相手にしてもらえている。

 前に対峙した時は攻撃を防ぐだけで精一杯だったが、今は彼が何をしようとしているかが判る。

 判るが、その読みから抜け出る事が出来ないため、基本防戦一方だ。


 読みがハズレた時は

「剣聖の勝ち」

 首に剣聖の剣がある。


「まだまだですね」

 俺と剣聖との差が有りすぎる。


「ヨガは強くなっている、謙遜する必要はない。

 クラン内では一番しつこいよ」


「そうだヨガ、お前が一番長く剣聖に耐えてる。

 俺にも負けるくせに、何故だ?」


「それは剣の質の違いだよ。

 ヨガのは守りの剣、ひたすら耐える。

 フェンメットのは勝とうとする剣だ。

 強引だからまだ俺には勝てないが、勝つ可能性があるのはフェンメットかな」


 正当な評価だ。

 俺の剣は危険をおかさない。

 実際には危険になるのは難しいが、目立たないようにしているため、こんな事になってしまった。


「ヨガが俺に勝つには、読みを正確にするのと、守りきる体力が必要だ」


 ビチュレイリワの読みと、ピノの身体制御の力を借りれば今でも可能だ。

 出来るからと言っても、やる気はない、剣聖に勝ってしまった場合の面倒の方が大きい


 それに自分の力でもない、必要にならない限り使うつもりはない。

 それこそ剣聖に殺されるような事にでもならなけでば。


「前に対峙した時、最後本当に殺そうとしましたよね」

 と聞いたら

「すまない。

 思わず手応えがあったから、つい殺ってみたくなったんだよ」

 と悪びれずに言われた。


『つい』ですむものではないだろう。

 今でも、剣聖と試合する時は緊張する。


「しかしヨガに似合わない、通り名がついたな」

「まったくだな」


 剣聖と赤の双剣が、俺に通り名がついたと言う。

 俺は知らない。


 俺に次に剣聖と手合わせするため後ろにいたトゥールさんが


「ヨガ、通り名は他人が付けるんだ、本人の意思は関係ない。

 許可なんて誰も取らないよ」


 それはそうだが。


「トゥールさん俺はなんて言われているの」


狂鬼キョウキのヨガ」

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