第25話 裁判

「ヨガ、出ろ」


 守衛が鍵を開けて、指示する。

 従って外に出ると、手枷を用意して腕を前に出すよう促される。


 守衛は手枷をはめながら、

「やっと裁判が開かれる」


「やっとですか」


 ここに入った時は4日後に裁かれると聞かされた、それから5日伸びている。


「文句をいうな、その分少しはまともになってる」


 守衛は俺に同情的だ、本来は牢の中でも手枷をしていなければならないが

「逃げるなよ」

 と言って付けない。


 血で汚れた体も初日に沐浴できたので、マシになっている。

 仲間からの着替えの差し入れも、渡してくれた。


 あまり口を聞いてくれる人では無かったが、それでもいくらかは教えてくれる。


 俺のしたことはラーディ中に知られている。

 街の住人の思いは、だいたい同じ。

 正義は俺にあるが、伯爵相手では分が悪い、と言うものだ。


 今まで入った事のない屋敷に連れて行かれた、裁判を行う部屋がある。

 かなり大きな部屋だ。

 中央に俺、前に審判者、左右に関係者がいる。

 そして部屋の周りは一弾高くなっていて、そこには100人ほどの野次馬がいる。


 俺に正面にいるのは、冒険者ギルドのギルト長のグレリオスさん。


 今まで興味が無かったので知らなかったが、ラーディには領主がいない。

 驚いたが冒険者ギルドが、国の依頼を受けて統治業務を代理で行っている。

 国からは数人の役人が派遣されているだけだ。


 その右に、『黄金の翼』の所有者、デシャン伯爵。

 初めて見たが、容姿はビチュレイリワに教えてもらっていたのですぐに判った。

 若い、でも俺と同じ歳か。


 そしてグレリオスさんの左には、裁判が5日伸びた理由の人がいた。

 剣聖・キナイズさんだ、彼は奇妙な爵位を持っている。

 公爵付きので領地がない伯爵相当というものだ、かなり変則的な爵位だ。


 ツェローラ子爵から連絡を受けた公爵に、派遣されていた。

 12日前には彼は既に王都を出発して、旅の途中で俺の話が入った。

 この裁判に彼が参加する事になり、伸ばされたのだ。


 彼がラーディに向かっていたのを知っていたので、あんな手にでたのだ。

 彼が裁判に参加するのは、俺の予定通り。


 他に2人の男爵が持ち回りで、審判者の席に座っている。

 本来ここでの裁判は、ギルド長と4人の男爵が審判者になり行われる。

 それを前回はデシャン伯爵が割り込み、判決を自分の都合の良いようにした。

 ただし今回はもう1人の伯爵がいる、守衛の言った少しはまともになってるとはこの事だ。


「これより、2つ星冒険者ヨガの裁判を始める。

 告達人前に」


 ギルド長が開廷を宣言した。


「私はクラン『黄金の翼』のテオドルと言います。

 9日前、私はクランの拠点で仲間と飲んでいました。

 そこへ彼がいきなり入って来て私達を襲ったのです。

 そこにいたのは優秀な冒険者だったのですが、拠点にいた安心もあり武器を持っていない者もいました。

 彼は無慈悲に切りかかって来たのです、私達は対抗することも出来ず倒されたのです」


 練習した事が見える演技だな、下手だ。

 それに彼はその場にいなかった、俺に振り切られ事が終わってからラーディに着いたのだ。


「クラン『黄金の翼』は私が選んだ優秀な冒険者たちだった。

 それをこの狂暴な男は理由もなく傷つけたのだ。

 こんな狂暴な男を野放しにはできない、直ちに処刑すべきだ」


 デシャン伯爵は立ち上がり、俺を指差し大声で宣言した。


 前回はこれで決まったのだろう。

 この地の貴族は子爵以下しかいない、伯爵の許しが無く発言できる者がいなかったのだ。


「これは裁判です。

 彼の話も聞きましょう」


 今回は剣聖・キナイズさんがいる。


「私は剣を拠点には持っていっておりません。

 それに拠点につれて行ったのは、『黄金の翼』のメンバーです」


 俺の反論にギルド長が控えめに手を上げている。


「ギルド長なにかあるのですか」


「彼の言った事は本当です。

 酒場で証言を得ています」


「そんな下賤の言葉を信じるのか」


 デシャン伯爵は怒りの声でギルド長の発言を遮った。


「デシャン卿、何度も言いますがこれは裁判なのです。

 他者の意見を聞く必要があります。

 ギルド長続けて下さい」

 キナイズさんはまったく動じていない。


「それに『黄金の翼』には切られてケガをした者はいません。

 すべて、素手や蹴りで倒されています。

 テオドル、お前はヨガが暴れていた時、街にいなかったよな。

 騒ぎが収まった後に街に戻って来たと、門の守衛が覚えていたぞ」


 テオドルは反論されると思っていなかったようだ、視線でデシャン伯爵に助けを求めている。


「みんなから、聞いた話です」

 なんとか出た言い訳がこれだ。


「直接話を聞きたかった、何故ここに来ていない」


 俺の近くには来れないよう、恐怖を教え込んでいる。


「その男が、立てない程に叩き潰したからでしょう。

 こんな狂暴な男を生かしておく理由はない」


「ありゃ、確かにやりすぎだな」


 ギルド長は初めてデシャン伯爵寄りの発言をした。


「そうです、やりすぎています。

 まともな者ではありません、狂暴すぎるのです」


「おいヨガ、なんであそこまでやった。

 4人も再起不能だぞ」


「4人?

 何故です」


 理由は知っている、ただしこれは俺も驚いた。

 そこまで叩き潰すつもりは無かったのだ。


「何故って、お前がやったんだろう」


「ですがギルド長、クランには8つ星と5つ星の神官がいたはずですよ。

 他にも4つ星の治癒役は3人もいた。


 冒険者同士の喧嘩で治癒役に手を出すのは禁止されている、彼らを殴る事は出来ない。

 ただ彼らが攻撃をしないとは言い切れないので、治療で攻撃に手が回らないようにしたんです」


 審判5人が驚いてる。


「お前は、治癒役が攻撃に参加出来ないようにするため、わざと被害を大きくしたと言うのか」


「そうです。

 5人の治癒の力は知りませんが、8つ星の神官がいたのです。

 あの程度のケガで、再起不能の者がいるとは、思っていませんでした」


「その8つ星の神官が何処にもいない」


「いないとは?」


「ヨガ、お前は治癒役には手を出していないんだな」


「はい」

 と肯定した。


 それを聞いてギルド長は、近くにいた男を呼ぶ。

 そしてコソコソと何かを話ている。


「確かに、4人の治癒役にケガは無かった」


 彼に確認したのか。


「あそこにいた治癒役が5人なのも合っている。

 ヨガが状況を正しく把握していた証拠だ。


 4人が無傷なのはいいが、もう1人の8つ星の神官がいなくなっていた。

 それがヨガの予想に反して、被害が大きい理由らしい」


「そいつが倒したからだろう。

 人を殺していてもおかしくない」


 デシャン伯爵は本来の目的を忘れて、俺を殺さないと気がすまなくなっている。


「死体は無かった。

 考えられる事は1つ、彼は逃げたんだ」


「同じパーティーメンバーを見捨てて、逃げたと?」


 驚いて見せたが知っている、俺が暴れていたその時に彼は逃げ出している。

 パーティーが崩れても、それを支えるのが神官だ。


「そうだ」


 ギルド長の口元には、薄ら笑いさえある。

 それほどに、冒険者には有り得えないことなのだ。


「彼の凶暴さを目の前にすれば、逃げて当たりまえだ。

 それほどまでに彼はしてはいけない事をしているのだ」


「いいえ、デシャン卿これは冒険者ギルドの長として言わせていただく。

 治癒役が仲間を見捨てて逃げる事は有ってはならない事です。

 パーティーの仲間は一番に治癒役を守る、結果として1人生き残る事もありますが、結果としてです」


 ギルド長は俺の方を見ていない、横にいるデシャン伯爵を向いている。


「ヨガは治癒役がいるとして、被害を調整しています。

 狂暴という表現は当てはまりません」


「そうだな現場の状態と被害から思っていたのとは違い、彼は冷静に行動している。

 まるで魔物の巣を潰すように。

 しかも殺さないという無茶な事もやろうとしていた。


 極めて不利な状況で出来る最善の方法だ」


 剣聖が俺の行動に正当性を認めてくれた。


「それに俺達は冒険者です。

 ヨガよりも狂暴な魔物と戦わなければならない、狂暴が理由で倒されるなら負ける方が悪い」


 ギルド長の言葉に、周りにいた野次馬がうなずいている。

 野次馬はほぼ冒険者だ。


「彼の力は個人で持っていてよいものではない。

 彼はしてはいけない事の判断が正しく出来ていない、国に害為す事もするかもしれない。

 彼に対抗できる兵がここにいますか。

 私達に逆らうような者は、ここで潰しておくべきなのです」


 話がズレている、それに彼の本音も混じってきた。

 彼は論理的に物事を考えられない。


「私が強い事が問題なのですか?

 冒険者は日々強くなるために修練しております。


 それに、私より強い冒険者は多いです。

 近くには赤の双剣・フェンメットさん、私は試合で未だ勝てた事がありません。

 無論そこに座っておいでの、剣聖には遠く及びません」


 強い者を恐れる人はいる、その共感を集めようとでもしたのだろう。

 だかこの冒険者の街に、強者に憧れる者はいても恐れる者はいない。


「ここまで付き合ったけど、何も無いんだね」


 剣聖が言い放った。


「ならここで終わりにしよう。

 冒険者同士の喧嘩なら、本来冒険者ギルドの領分だ。

 デシャン卿が告発したため裁判になったが、ギルドに戻したほうがいい案件だ」


 デシャン伯爵は剣聖を睨んでいる。


「もしそれが不服なら、王都の貴族院へ訴えればいい。

 助言を1つ。

 ここのギルドは優秀だよ、十分な証言や証拠は揃えている。

 中央からの信頼もある」


 これが閉廷の合図になった。


 俺は冒険者ギルド預かりになったが、その日のうちに自由になれた。

『黄金の翼』が何をしていたかは街中で知られていた、罪なら彼らにある。

 俺のしたことは自衛のための正当な行為とされた。

 悲惨な事になったのは、逃げた8つ星の神官のせいになっている。


 開放された事を、トゥールさんとキューさんは喜んでくれたが、リーシェさんは怒っている。


「危ない事はしないでと、言ったよね」


 と言う事だ。


「危なくなかったよ、ケガ1つしていない」


 両手を広げて無事な体を見せる。

 この道化に、ますます怒りが増したようだ。


「そうじゃない!」


 いっそう大きな声で、怒鳴る。

 リーシェさん可愛い。


 夜はツェローラ子爵の屋敷に呼ばれた。

 子爵はラーディにも小さめな屋敷を持っている。

 剣聖・キナイズさんも招いて、お礼を兼ねての宴席になった。


 俺達は流石に末席に座っているだけだ、一言も発しない。

 キナイズさんが早朝帰ると言うので、宴席は早く終わった。


 俺達は床に膝を折り頭を下げて、貴族の方々が退席するのを見送る。

 ところが最初に部屋を出るはずのキナイズさんが俺の前で止まり。


「ヨガ君、無茶をしたな」


「はっ」

 頭を下げたままだ、剣聖も伯爵相当の身分だ、不用意に発言はできない。


「そう言えば君は遠征に参加したいそうだが、次の遠征までに4つ星になれるか厳しそうだね。

 どうするつもりだい」


 これは俺への問だ、答えなければならない。

 どうするかを聞いて、対応するつもりなのかな。


「その時は仕方が有りません、1人で魔境の奥に入って行こうかと考えています」


「1人で魔境奥地に入るというのか!」


「その時は私も一緒です。

 ヨガならそう言うと思っていました。

 彼の相棒ですので」


 バレてたんだ、でもビチュレイリワはリーシェさんにそこまで求めていないと思うが。


 でも彼女の言った事は、大きな意味を持つ。

 剣聖や子爵は驚いている、遠征に参加出来なかった場合、より危険な事をすると言っているのだから。


「そうか、早く4つ星になれるとよいな」

 と剣聖は言って部屋を出ていった。


 翌日は早かった。

 剣聖は日の出すぐに出た、見送りの列の後ろに並ぶためだけに早起きした。


 その後、朝食を勧められたがこのお屋敷では食べた気がしない。

 遠慮させて貰った、街の食堂のほうがいい。

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