2章

第8話 ラーディ

「はい、更新したギルド証」


 丸いマークが追加されたギルド証を返してもらう。


「20日掛からずに、1つ星になるなんて優秀ね。

 さすがラーディで冒険者になろうって人ですね。

 後でこれを読んで」


 冒険者の心得と書かれた紙を渡された。

 これで終わりか、随分簡単だ。


 ここはラーディの冒険者ギルド。


「おいヨガ、俺のパーティーに入らないか」


 ホルさんが声をかけてくる。

 ラーディの冒険者で、初日に100ポイントを持ち込むのを見て、それ以降見かけるとパーティーに誘ってくる。


「何言ってるの、ヨガは私と組むの」


 精霊使いのティタさんが絡みついてくる。

 露出が多い、精霊使いが着る服じゃない。


 2人とも4つ星なので、本気で言っているわけじゃない。


「せっかく、むさいとこから出てきたんだから。

 かわいい子と組むよ」


「じゃやっぱり私」


「ティタさんは、かわいいじゃなくて美人」

 文句なく美人と言えた。


「あら、残念」


「お前どんなとこいたんだよ」


 聞いてはいるが、答えは待っていない。

 ここでは、どこから来たかもあまり気にされない。

 最も重要なのはその腕だ。


 ラーディは冒険者ギルド街だ。

 エルフやドワーフの血が入っていそうな人や、亜人属も多い。

 4つ耳族だけじゃなく、リザードマンもいる。


 だから優秀な冒険者も多い。

 受付では20日掛からなかったと褒めてくれたが、過去最速ではない。

 俺はこの日になるのを決めていたので、それは気にしていないが。


 ラーディのギルドには依頼窓口だけでも3つもある。

 そちら側に移動する。


 いくつかあるテーブルの1つに、無造作に座る。

 驚いたのか先に座っていた少女が、俺を見る。


 俺を見て見てすぐに興味を失ったようだ、また入り口を見ている。


「俺の名前はヨガ。

 さっき1つ星になったばかりで、誰かと組もうと思っている。

 お嬢ちゃん、俺と組まないか」


 聞いていない、全く反応してくれない。

 それにしても酷い顔だ。


「『ちゃん』じゃないと、否定しないんだ」


 その声に驚いて俺を見た。

 俺の顔に何かを探している。


「パーティー名はお嬢ちゃんの希望するだろう『閃光3』でいいよ。

 ただしリーダーは俺な」


「アト」

「俺の名前はヨガ、間違わないでくれお嬢ちゃん」


「『ちゃん』じゃない」


 涙を流していたが、やっと笑ってくれた。


 ーーーーー


 あの時、ヘルウルフの攻撃に備えた俺の胸に、いきなり光の矢が突き刺さたった。

 そして崩れる俺にヘルウルフが襲いかかり、後頭部を噛み砕く。


 すぐに冒険者が集まり、ヘルウルフを駆逐してくれ。

「魔法で攻撃された、警戒しろ」

 誰かが、叫んでいた。


(痛てー)


[痛覚リンクの切断タイミングが遅れましたが、他に問題はありません]


(痛いって、問題だろ)


[そう感じているだけですので問題ありません]


 義体を俺が操っていたのだ。

 旅に出てすぐ入れ替わっていた。


 ミツルの動向を探っていたビチュレイリワから忠告されていたので、その夜襲われるのは判っていた。

 だから、そこで死ぬことにした。


 問題だったのはギルド証。

 バーナーさんの言い方が気になったようで、ビチュレイリワが調べていた。


 ギルド登録時に名前を書いたあの用紙が、名簿として冒険者の確認に使われていた。

 持っているのが本人なら文字は青くなり、黒いままなら別人と判る。

 ギルド証を名簿の上に置くと、一致すれば文字が赤くなる。

 名前を書いた人を判断するので、たとえ名前の違うギルド証でも本人と判ってしまう。


 冒険者を探す場合、この名簿が各地のギルドを回る事になる。

 バーナーさんが言っていたのはこのことだ。


 俺の場合、ハバルに名簿が残るのだ。

 ビチュレイリワは不安を完全になくしたかったらしく、なにか方法がないか探していたのだ。



 巡回を待っている時に

[ギルド証はマナで個人を認識している事が判りました]


(いきなり、なんの話しをしてるの)


[ギルドの名簿の話です。

 私は今までマナの量は測定できていましたが、それに個体差があるとは確認できていませんでした。

 検出方法を実験・検討した結果、個人認識まで可能になりそうです]


(じゃ俺のマナを変えて、ギルド証と名簿をごまかせるようになったのか)


[いいえ。

 私はマナに影響をあたえる事はできません。

 あなたに、検討した魔法シーケンスを幾つか実行してもらいます]


 俺はマナ操作を出来るようになったが、残念ながらそれはすこしだ。

 無理に変えようとするとかなりの苦痛をともなう。

 苦痛で魔法が続けられないのだ。


 だが準備をしているうちに、別の原因で俺のマナが変質した。

 これで、前のギルド証は俺を認識しなくなった。

 準備万端で死ぬことができる。


 狙い通り、イシューリフが俺に魔法を使う。

 その後、死体は墓から掘り起こされた、ミツルに送られた。


 俺の死体を埋める時に、リーシェさんは生きかえると泣き叫んでいた。

 小さな子を泣かせてるようで、心が痛む。


 彼女には魔物に襲われて、死んだふりをするとは教えていた。

 そして、後でラーディで会う事にしていたのだ。


 ただ俺の死に方が彼女の想像以上だったのだろう、本当に死んだと思っている。

 その後少し落ち着いたが、打ちひしがれていた。


 近くには侯爵とイシューリフの目が有った。

 彼女が安心していては、演技しているか見破られてしまう。

 これは2度とできないので、ここは我慢してリーシェさんには後で全力で謝ろう。


 イシューリフの監視は、フルーフ王国を出ると離れた。

 鳥はしつこい、国を出れば離れると思っていたので、予想外だ。


 ーーーーー


 これでまた、2人で組める。


「そっちが趣味だったの、私じゃダメなはずよ」

 ティタさんにからかわれた。


「ほんとうに、かわいい『子』じゃない」


 飯屋に入り、遅い昼食にした。


「リーシェさん、全然食べてなかったんだから一杯食べて」


「知ってたの」


「ピノに教えてもらってた」


「ならもっと、早く教えてよ」


 怒っている、かわいい。


「見張られていたから、出来なかった。


 俺の兄と、侯爵だと思う。

 兄の方はすぐ離れたんだけど、侯爵の方はこの街までついてきた」


「え、今も近くにいるの」


「この街までついてきたんで、蛇のお腹に入ってもらった。

 でも、ここまでするのは変だ。

 他に何か心当たりない、リーシェさん」


「ないわ。

 でも確かに変ね、侯爵ではないかも。


 他の国でそんな事をしたら諜報活動と思われるわ。

 宣戦布告と取られても、仕方がない。

 普通、侯爵という身分であれば、しないと思う」


 それに、侯爵の地位と金があれば、リーシェさんでなくとも彼の性癖は満たせるはずだ。


「それよりも」

 リーシェさんは俺を見て

「その姿はなに?」


 そうだよな、まずはそこが最初だよね。

 顔も体も変わっている、今の俺は全くの別人になっている。

 年齢も20台前半に見えるだろう。

 ゴリゴリとした筋肉はないが、鍛えられた体になっている。


 顔はやりすぎない程度に、美化させていた。

 この造形が俺とビチュレイリワで意見が割れ、最も時間がかかったところだ。


 両手を広げ、仰々しく


「ビチュレイリワの大魔術。

『転生』だよ」


 いや転生はしていない、それにこれは義体でもなく本物の俺の体だ。

 ただし可能な限りの改造を行っている。


 思いっきり変更しようとしたら、俺のマナの量が減った。

 義体にマナが蓄積できないのと同じ原理だろう。


 ビチュレイリワも原因が判らなかった。

 しかたがないので、マナが減らないギリギリの改造をした。

 体重の2割が、俺本来のものではないらしい。


「今回の死んだふりを計画してたら、手を貸してくれると。

 代わりに、見たいものを要求すると言われてしまった。

 出来るだけでいいならと、約束をしたので、一緒にお願いします」


「私は あ・な・た・の・も・の・だから、しかたがないわ」


 変なイントネーション付けないで下さい。


「もう1つお願いがあります」


「また変なこと」


「俺、転生した時に強くなっているんですが、それに疑問をもたないでもらえませんか」


 リーシェさんは少し考えて


「やっぱり変よそれ」


「俺、今出身が秘密のすごく強い冒険者なんです。

 前の強さと比べて驚かれると、おかしな事になるんで」


 これは注意された事だ、今の俺は前の強さを基準にしていない。

 前の俺を知っているリーシェさんが理解できないと、それが制約になる場合があ。


「必要な事なんでしょう、努力はするわ。

 言うほど強くなっているのかな」


「どれほと強くなったかは、見てのお楽しみとして。

 今後の事だけど、どうしましょうか」


「ここで、冒険者をやっていくんじゃないの」


「基本そうなんですが、

 ビチュレイリワからは、魔境の奥を見たいと言われているんです」


 動物の義体では、すぐに魔物に襲われて奥まで進めないらしい。

 強力なユニットと言うもので探査をしたいらしいが、知性生体が存在するので出来ない。

 知性生体に発見されると、彼らの文化に影響が出てしまう可能性がある。

 最大限回避しなければならないらしい。


 魔境にいる知性生体ってなにか気になったが、オークなど数種類の魔物と言われ驚いた。

 道具・言葉・集落・文化を持っているので、今は非接触での観察対象だそうだ。

 それでいて、俺が冒険者としてオークを殺すのは問題ない。

 基準が判らん。


 ギルドの依頼を見てみたが、魔境の奥へ行くものはない。

 人の住む所に出てきた魔物から、人を守るものが主な仕事だ。

 魔境の魔物狩りも素材集めも行うが、出てくる前に数を減らすのが目的で行われているようだ。


「俺達だけで奥地に行くのは自殺行為です。

 この国では、数年ごとに精鋭を集め、遠征といって魔境の奥に入り魔物狩りを行うそうです。

 奥地の魔物を減らす目的があるそうです。


 そのメンバーに選ばれれば、比較的安全に魔境の奥に入れる」


「ヨガは強くなったなら選ばれるかもしれないけど、私は無理。

 私の使える精霊魔法のレベルは知ってるでしょう」


 火を呼べる、水流を起こせるていどだ。

 魔物の表面を焼いたり、水滴を回転させ刃に変え傷つける程度のことしか出来ない。


 1つ星ならそんなとこだが。


「俺が強くなったので、リーシェさんにも影響が出るはずだよ。

 魔法は無理だけど、新しい武器を覚えてみない」


 精霊魔法の仕組みはまだ判っていない。

 それと、リーシェさんには補助脳の追加が許された。

 旅の保存食にあの菓子を混ぜていたので、すでに出来上がっている。


「精霊魔法で距離を取って戦うのはそのままにしたいから、弓を使うのはどう?

 冒険者ギルドで習ってみない、そのくらいの金はあるから」


 ーーーーー


 冒険者ギルドでは、引退した冒険者が、剣、武術、魔法を教えている。

 魔法は前に聞いた通り、本当は魔法ギルドで習ったほうがいい。

 リーシェさんは、弓の基礎を習う事にした。


 1日目から帰ってきた、リーシェさんは

「すごいよヨガ。


 先生にセンスがいいって褒められた。

 本来3回で教える内容を、今日だけで出来たって。

 あと2回分お金もらってるから、その時は中級レベルを教えてくれるって。

 本来料金が違うらしいけど、追加はいらないって言ってくれた」


 興奮したまま一気に話してきた。


(ピノやりすぎてない。

 目立っちゃうよ)


<自重します>


 残り2回の講習を受けて、リーシェさんは弓使いと名乗れるほどになった。

 それに、よほど先生に気に入られたらしく、弓をもらっている。


 戦力の底上げができたので、冒険者ギルドにいって俺達にできそうな依頼を探す。

 依頼には人数を、指定してるものがある。

 2つ星以上になると2人でできる依頼は少なくなっている、いずれ増やす必要があるな。


「ラーディの街って、魔境から2日ほど離れてるのね。

 ハバルと同じように近くにあるかと思っていたわ」


「両側に山があって魔境との出入り口が狭い、そんな都合のいい場所はハバルしかないですよ」


 探索や調査などは強さは関係ない、今までしたことがないのでしばらくは止めておこう。

 ただ、この辺にはヘルウルフやオークはいるらしい。

 討伐依頼もある、ただし安い600テル。


 でもその依頼を指さして


「リーシェさん、まずはこんなのから初めませんか」


「私達、今どこまで出来るか判らないから、それがちょうどいいかもね」


 受付へ依頼をうけると言うと


「先に1組受けています。

 それでもよいですか。

 昨日出発しているので、今日討伐の報告があるかも知れませんよ」


「同時に何組も、受けれるんですか」


「討伐依頼は、そうなってます。

 失敗した場合に次の手配まで間があいてしまうので、被害が出ないようにするためです。


 早い方が優先というのは無いので、倒した方が報酬を得ます。

 前に依頼を受けた組が失敗すると思ったり、先に倒せると思ったら、後から受けるのは有りです。


 依頼書の下に丸が2つ続けて、後は同じ幅で3つ並んでますよね。

 2つ星が1人、1つ星が3人のパーティーが受けている印です」


 ここは、冒険者同士の競争も厳しい。

 受付の人が忠告してくれたのは、無駄になる可能性が高いからだろう。

 この依頼は止めた。


 戻って貼られている依頼書をよく見ると、簡単な依頼には全部受けているパーティーがいる。


「リーシェさん、依頼は止めて、魔物狩りをしてみませんか。

 依頼を見ると、この辺には普通に魔物がいますよ」


「そうしましょうか」


 組み直した2人の力が分からないので無理はしたくない。


 結局、ヘルウフル6、オーク8を倒して戻る。

 ハバルの付近の魔境より魔物が多い。

 ただ、ポイントを稼ぐには、依頼を受けたほうが効率がいい。


 周りを見ると俺たちと同じように、依頼に関係のない討伐部位を持ち込んでいる冒険者がいる。

 ポイントは稼げないのに、どういう事だろう。


 基本ビチュレイリワ達は俺に危険がない場合は、情報を教えてはくれない。

 冒険者は情報が相手を出し抜く手段だから、簡単には教えてくれない。

 俺を勧誘していた冒険者が、知りたいならパーティーに入れと言っていたな。


 行動の選択を俺が持っていたかったので、どこかのパーティーに入るのは考えていなかった。

 今後は考えて見よう。


 新しい、依頼は朝に掲示される。

 翌日ギルドに行ったが、やはり目ぼしい依頼はない。

 受付に聞いてみたら、1つ星の依頼はギルドが開くと同時にすぐなくなるらしい。


 リーシェさんと相談して、しばらくは魔物狩りを続けることにした。

 きのう戦ってみて判ったが、俺達は十分強い。

 連携をスムーズに行えれば、強い魔物にも対応可能だろう。


 今の俺は盾を止めて、両手剣を使っている。

 戦闘級魔法のマジック・アローを使えるが、10発程度しか使えないのは変わらない。


 距離のある相手は、リーシェさんの弓を使って倒す。

 俺が相手を前で受けて、離れてリーシェさんが弓を使う。


 これに対し


[精霊魔法の調査を続けたいので、リーシェさんに魔法も使うよう伝えてください]

 と要求されてしまった。


 攻撃は弓で行い、精霊には防御を意識した使い分けではどうかとリーシェさんに提案してみた。

 この考えはリーシェさんに合ってたらしく、数日で風の精霊の声が聞こえたらしい。


 しばらくして、風を呼べるようになった。

 そよ風だが、いずれ風の壁を作れるようになるだろう。

 風の精霊は弓とも相性がいい。


(精霊いた?)


<残念ながら、確認出来ません>


(声が聞こえたらしいけど)


<その声も確認できません>


(どうゆうことなの)


<彼女は声を確実に認識しています。

 ですが聴覚からの情報ではありません。


 彼女にしか、認識できないのです。

 非常に興味深い現象です>

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