第7話 追加契約

 リーシェさんは夕方に目を覚ました。


「リーシェちゃん、大丈夫か?」


「『ちゃん』じゃない」


「大丈夫そうだな」

 バーナーさんは相変わらずだ。


「リーシェさんごめん、守れなかった」

 俺は謝るしかない。


「守ってもらったわ」

 そうリーシェさんは言ってくれる。


 女性だけでテントをはっているので、リーシェさんはそっちで休む事になった。

 男どもは地面の上に直接寝転がる。


 治癒で魔力が無くなった者は、見張りを免除してもらった。

 休んで魔力を回復する必要がある。

 俺も外してもらえた。


[よろしいですか。

 昼間出来なかった話しをしたいのですが]


 きたか。


(いいよ)


[まず知ってほしいのはナノマシンのインストールは、その個体の許可なしには行なえません]


(今、許可してもらえばいいじゃないか)


[後からの条件の提示・許可の承諾は認められません]


(じゃあ、どうなるんだ)


[彼女へのインストールは、あなたの許可の元に行われました。

 あなたは『何でもする』と言った事覚えていますか]


(多分言ったかも)


[多分では困ります。

 あなたの補助脳にも記憶されています。

 これを曖昧にされると、彼女を前の状態に戻さなければならなくなります]


(覚えてます。

 もちろん、覚えてますとも)


[そこは重要なのでしっかりお願いします。

 この『何でも』の中に、私は『彼女へのインストールをあなたが許可する』も含める事が可能と判断しました]


 ものすごく強引な気がする。


[本国の人たちが知れば憤慨ものですが、今は気にしないでおきます。


 以前、性別での権利が著しく不平等な同盟国があり、そのままでは連邦への編入が難しかったことがありました。


 連邦編入の条件に差別の撤廃を申し入れた場合は、敵側への寝返りも考えられる状況でした。

 この時対応策として、『準連邦領では、他者の権利の所有を認める』という内容が連邦法に追加されています。


 今では不要な法で、有っても運用されません。

 問題も起きていなかったので残っていました。


 この法を使うために、この大陸を『準連邦領・予定地』に認定しました。


 そして彼女をあなたのオプションとしました。

 あなたの所有物として、あなたの許可の元によりピノのインストールをしています]


(リーシェさんが俺の所有物。

 ない。

 ない、それはない)


[2人には『リーシェがアロトフのものだと』認識してもらう必要があります]


(彼女にも!)


[リーシェさんにも、自分がアロトフのものだと明確にしてもらう必要があります。

 この確認をあなたにお願いします]


(無理だよ、そんな事)


[リーシェさんを失ってもいいんですか。

『何でも』するのではないのですか]


『何でも』と言っても、それは。


 あ!

(リーシェさんも、全部覗かれるのか)


[この大陸の人類は、高次知的生命と認識されています。

『準連邦領・予定地』となったことで連邦国民とほぼ同じ人権を持ちました。


 彼女が監視を嫌がると思われるものは、私への情報提供は行われません。

 また彼女が拒否を示せば、一時的に私への伝達は行われなくなります。


 あなたは、認定前に契約したので権利をうしなってますが]


 あ、そうですか。

 それは、もうどうでもいいや。


[ただ彼女は、今までも覗かれていたようです。

 彼女の周りにはいつも、魔法が発動状態の鳥がいました。


 理由が判っていませんでしたが、昼間のアニマル・コントロールの話から推測すると、監視されていたと思います]


(誰が。

 リーシェさんを見張っていたということは、侯爵か?)


[判りません。

 彼も監視しようとしているのですが、屋敷は密閉性が高く、センサーを入れることが出来ませんでした]


 そこはちゃんと調べてよ。


[まずは、リーシェさんの件を先に確定しませんか。

 このままでは、彼女をインストール前の状態にしなければならなくなります。


 彼女への確認をお願いします。

 私は立場上、あなたを通してしか接触できません]


 俺が言うしかないのか。


[それと、今後あなたと会話をする場合、彼女も参加させますか]


(今後どうするか判らないけど、今はやめて。

 余計混乱しそうなので)


[わかりました。

 彼女は会話に参加させません]


 どうしよう、ありのままを伝えてもな。

 ビチュレイリワ達の事はどうしよう、俺も良く判っていないし。

 今回はそこは重要じゃないから、納得してもらいやすいように脚色しよう。


 翌日、街から多くの増援がきた。


 街に戻ると


「接待陣形が崩れた、貴族様がいる時だったら大変な事だ。

 ハバル・ギルド存亡にかかわる。

 原因を徹底的にしらべると共に、ギルドの力を強化するぞ」

 と、バーナーさんが皆に聞こえるよう大声をだしている。


 魔境で知った内容は隠して、備えだけはするようだ。

 でも接待陣形ってハバル・ギルドにとっては結構重要だったんだ。


 リーシェさんは宿に戻り、自分の部屋で休んでいる。

 タルクさんたちが出入りし、2人になれる時間がなかなか来ない。

 やっと夕食後に、彼女を休ませようと全員が部屋から出てゆく。


 誰もいなくなったのを確認して、彼女の部屋に戻る。


「どうしたの?」


「聞いてほしい話がある。

 実は、リーシェさんまだ助かっていない。


 彼女は俺を見たまま何も言わない。

 何かあるとは思っていたようだ。


「俺は家を出てすぐに、洞窟でそいつに出会った。

 そいつと言ったけど、姿は見えずに声だけ聞こえた。

 異世界から来て、そこからは動くことができないと」


「異世界。

 もしかして魔王軍と何か関係が、あるの」


「違うだろうな。

 魔王軍を全く知らなかった。


 全く別の世界から来たようだ。

 本来の力を使えないようにされて。


 もしかしたら、この世界に流刑されたんじゃないか」


[何を言うのですか。

 私は罪人ではありません]


(知ってます)


「そいつは、そこから動く事は出来ない。

 長い間そこに閉じ込められているので、外の世界を知りたくなったと。

 俺が目と耳を貸せば、代わりに特別な力をくれると話を持ちかけてきた」


「まさに悪魔の契約ね。

 大丈夫なの」


「本当に外の世界を、見聞きしたかっただけのようですね。

 今のところ、それ以外は何もない」


「今も見ているの」


「多分。

 強く願えば会話ができる。

 それ以外は、目と耳を共有しているだけ。

 代わりに俺は、あの『自己修復」の能力をもらった」


「その力が私にも、与えられて助かったのね」


「時間がなかったので、リーシェさんに確認をしないで『自己修復」を頼みました。

 すいません」


 彼女は少し考えて

「なぜ謝るの、そんなすごい力を分けてもらって。

 そうか、私もずっと見られてるのね」


「目を閉じて耳を塞げば、覗くのはやめてくれるそうです」


(さっきの話なら、リーシェさんが嫌がれば止めてくれるはずだよな)


[はい。

 その動作をトリガーにして、私への情報伝達をやめるようにします]


「まるっきり、変態ということでもないのね」


「もっと大きな問題が有りまして」


 さあ、ここからが本題だ。


「そいつは、1人としか契約できないそうです」


「え、どういう事?

 私は治ったんでしょう」


「この『自己修復』が俺にしか効果がないと前に言ったの覚えてますか」


「ええ、覚えてるわ」


「そいつは、リーシェさんが俺のものなら、『自己修復』を与えられて助けられると言ってきたんで。

 つい俺のだと、返事しちゃったんです。

 ごめんなさい」


 土下座して謝る。


 しばらくして。

「私がアトロフのものなんて嫌と、言えばどうなるの。

 この力がなくなるの」


「力を失うだけじゃなく。

 治癒前の状態に戻ると脅されました」


 俺は土下座したまま答える。


 また、彼女は黙った。

 怖いので認識能力を使っていない。

 だから彼女がどんな顔をしているのか判らない、すごく睨まれていそうな気がする。


「アトロフ、自分が何を言っているか判る。

 俺の女にならないなら、殺すって言ってるのよ」


「俺の女になれだなんて、そんなこと言っていない」

 ほぼそうかも知れないが、そうは言っていない。


 耳が熱い。


 長い沈黙のあと


「まあ、いいわ。

 アトロフの女になるかは置いといて、助けてくれようとしたのは判った」


 リーシェさんを見上げる。

 彼女も真っ赤な顔をしている。


「では、そういう事でお願いします」

 とわけのわからない適当なことを言って、さっさと部屋を出る。


 どうしても気になったのでドアをしめた後、中を覗かせてもらった。


 リーシェさんは目と耳を塞いで

「バーカ」

 と言っている。


 良かった、それほど怒っていないようだ。


 自分の部屋に戻り。


(これでよかった?)


[だめです]


(なんで、何がだめだったんだ。

 まずかったらその時、教えてくれよ。

 リーシェさんをどうするんだ)


[彼女のピノの件なら問題ありません。


 私が注意したのは、部屋を出た時、彼女を覗いた事です。


 彼女は、観察拒否の意思をしめしていました。

 私への情報伝達が、あなたからされては意味がありません。

 人権に大きく反します。


 今後、興味本位での認識要求には応えないでください]


<了解です>


[それに私にも判る事が、どうしてあなたには判らないのですか]


 そちらの厳しいルールが、俺に判らなくても仕方がないじゃないか。


 ーーーーー


 その後リーシェさんはおじさん達に部屋から出してもらえず、食堂に下りてきたのは4日後だった。


 2人で冒険者ギルドに行き、無事1つ星になれた。


 ギルド証に丸が1つ刻まれている。


「その丸が1つ星というランクを示します。

 依頼は自分の星までのものしか、受けられません。


 下位の依頼も受けられますが、その場合はポイントに修正が入ります。

 1つ下の依頼の場合で2分の1、2つ下で4分の1という感じです。


 討伐部位のポイントもこのルールにしたがいます。


 パーティを組んでいる場合、受けられる依頼は一番下のメンバーのランクまでです。


 また報酬ポイントは、星の数で割り振られます。

 1人が2つ星、2人が1つ星と組んだ場合、2分の1がその2つ星の人に、4分の1づつが2人に与えられます。

 1つ星の人がいるので依頼は1つ星のもの、2つ星の人は下方修正されるので結局4分の1になってしまいます。


 星に差が有る人と組むと効率が悪くなります。

 同じレベルのほうが、パーティーの生還率が高いのでそうなるような仕組みになっています。

 4つ星までは、普通にポイントを貯めれば昇級できます。


 1つ星が2つ星になるには2万ポイントが必要になりますので、魔物狩りだけで集められるポイントではありません。

 依頼を受けて昇級を目指す事になります。


 受付嬢が書類を見ながら説明してくれた。


「星は受けられる依頼の難易度を示すものです。

 強さや偉さではありませんので、勘違いしないで下さい。

 そこを理解していない冒険者が多くて困ります」


 最後のは愚痴だ。


「さっさと、ラーディへ行こう」

 リーシェさんは早くこの国を出たいのだ。


「でもまだ2人で移動するのは危険ですよ。

 魔境から離れれば少しは安全になりますが、かなりの迂回になります。

 今の俺たちでは、そんな金はないでしょう」


 見習いで稼いだ金は微々たるものだ。

 貸してはもらえるだろうが、リーシェさんは嫌がる。


 この場合の策を、前もって調べていた。

「巡回に混ぜてもらいませんか、あと7日でこの街にくるみたいですから」


 それに、あまり安全だと死んだふりもできない。


 魔境の周りを定期的に回っている集団がいる。

 集団といっても固定のメンバーがいるわけではない。

 魔境の周辺を行き来する人が、まとまって移動しているのだ。

 目的地へ着いた人は抜けて、代わりに新しい人が入ってくる。


 毎回50人程度にはなる、半分は冒険者だから2人で移動するよりかなり安全だ。

 移動中の食事を出してもらう代わりに、冒険者が護衛する仕組みになっている。


「7日なら、混ぜてもらった方がラーディに早く着くか」

 納得してくれた。


 今後のために、自分の知っている情報をリーシェさんに話しておいた。

 小鳥を使われて、覗かれていること。

 多分侯爵だと思われること。

 死んだふりをして、兄をまこうとしていること。

 ビチュレイリワとピノのことなどだ。

 ピノは俺達の体の中にいる使い魔か精霊のたぐいという事にした。


 ーーーーー


 6台の馬車で移動している。

 旅と言っていい。


 魔境が近いので、1日2,3回は魔物に出会うが、腕のたつ冒険者が一緒だったので、危険は感じない。


 魔境を取り囲む10の国は『人界の盾十国』と呼ばれている。

 魔境に接しっていて、そこから出てくる魔物たちを抑えているのだ。


 バハルを出て、7日で隣のシビネツィラー国に入った。

 この国と魔境の間には高い山脈が有るので、魔境周辺に街はない。

 山を超えて魔物は入ってくるが、その数は他の国に比べ少ない。


 この国に入り12日、翌日には次のフルーフ王国に入る。

 シビネツィラーの最後の野営中だ。


 見張り役が叫ぶ。

「ヘルウルフ、4体確認」


「前衛、陣形を取れ」

 続けて、仮のリーダーが叫ぶ


「後衛、援護の準備をしろ」

 的確に指示を出していく。


 6人と列になり馬車を守る。

 俺は一番安全な場所を回してもらっている。


 大きな狼が、2匹飛び出してくる。

 4人で動きを抑える。

 後ろから魔法で目を潰し、牽制していた4人でトドメをさしている。


 俺は他にもいるはずの2匹に備える。


 1匹がリーダーほ方へ飛び出してくる。

 すぐに矢が刺さり怯んだ隙にリーダーが首を切り落とした。


 もう1匹は俺の横から飛び出てくる。

 首筋を狙う。

 入ったが致命傷は与えられない。


 ヘルウルフは一度下がり、飛びかかる姿勢に入る。

 俺は剣を構えてその時を待つ。

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