第6話 接待陣形

「リックが殺された」


 朝からギルド長のバーナーさんが宿にきた。




 ギルドの仕事はいいのか。




 リックって誰だっけ。


 そうだエルフェースの冒険者だ、昨日言ってたな。




「侯爵のやろう、回りくどい事しやがって。


 嫌がらせにも程があるぞ」




「たしかにな、アトロフが死んでも別の誰かと組めばいい。


 時間はあるし、残りポイントも少しだ。


 アトロフを助けたやつまで殺すなんて、嫌がらせとしてもやりすぎている」




 侯爵だったらたしかにやりすぎている、でもちがうから。




「ちょっといいですか」


 食堂に全員集まってもらう。




 移動する時、リーシェさんに小声で、


「みんなに本当の事は言えないから」


 と念を押していた。




 ギルド長なら、俺の生家を調べるのも可能だろう。


 そうなると面倒が増しそうなんで、ごまかそう。




 タルクさんは昔の立場から仕切るかと思っていたが、ギルド長を立てたらしく部屋の隅にいる




「俺はフルーフ王国で、薬を扱っている商人の息子だったんです。


 親が変わっていて子供に少量の毒を与えて、抵抗力を付けさせようとしていたんです」




「そりゃー暗殺組織のやり方だ。


 お前の親は普通の商人か」




「多分普通だったと思います。


 たまたま毒も扱っていたので、思いついたのではないでしょうか。


 街では剣や魔物で死ぬより、毒を使われるほうが多いので、彼らなりの愛情だったと思います。




 その方法は俺には合ってたらしく、結構毒には強くなっています」




「それでお前は助かったのか」




「もう1つ。


 タルクさんは知っていますが、俺が殺されそうになったのは2度めです」




「2度目」




「はい。


 1度目はこの街に来る前なので、侯爵は関係してません。


 考えていたのですが、1人思い当たるのがいます。




 イッツの街で喧嘩していて、相手をボコボコにしています。




 今思うと、着ていた物や、あのぞんざいな態度は貴族の息子だったかも。


 1人でぶらぶらしていたので、それほど身分は高くないとは思いますが」




「狙われる原因は、お前にもあったと」




「すいません、気づいていませんでした」




 バーナーさんは腕を組んで考え始めた。




「アトロフ悪いが、リーシェちゃんとは別れてくれ」




「何を言い出すのバーナーさん。


 私は嫌よ。




 侯爵を恐れて、誰も私と組んではくれなかった。


 彼は私の事情も知って助けてくれた。


 初めてできた相棒よ。




 アトロフも狙われているなら、それで私と釣り合いがとれるわ」




 リーシェさんは立ち上がりバーナーさんに食って掛かる。




 それを見ているロウントさんが、なぜかニヤニヤしている。


 バーナーさんが俺の視線に気づいて




「ロウントなに笑ってんだ」


 と凄む。




 たしかにその笑いは場違いだ。




「いや、去年広場でみた演劇を思い出して」




「演劇?」


 全員、意味がわからない。




「身分の違う結婚を父親に反対されたお嬢様が。


 短剣を喉に突きつけて、親を説得してる場面にソックリだったんで」




 何人かが吹き出した。




「親父はあっちだ」


 バーナーさんは後ろを指差す。




 タルクさんは真っ赤になって怒っている。


「冗談じゃねえ。


 絶対にゆるさねえ」




 ちがいますから。




 リーシェさんは真っ赤になって下を見ているし。




 数人を除き、我慢できず笑いだした。




「どうする色男」




 バーナーさんが、からかってくる。




「ちがうでしょう」




 周りの笑いが大きくなる。


 一気に部屋の空気が変わってしまった。




「いつまでも貴族のお坊ちゃんに付き合いきれません。




 ギルド長、登録の名前って変更できないですか。


 ここに、いない事にできないかと思いまして」




「それは出来ないな。


 特別な事情があれば出来なくはないが、この程度では特別には入らない」




「なら他の名前で登録し直す事は」




「それも出来ない。


 1人は1回しか登録できない決まりだ。




 詳しくは言えないが、一度冒険者ギルドに登録すると、そいつはギルド証と結びつけられる。


 ギルド証は一生お前を認識する、それこそ死なない限りだ、




 引退時にはギルド証を返す、もし復帰するならそのギルド証が戻される」




「じゃその決まりを無視して新しい街で、別人として冒険者登録した場合はどうなります」




「冒険者ギルドの長としては、やってほしくないんだが。


 言いつける奴もいないが。




 お前は追われている身でもないから、バレはしないだろうが。




 ただし、ハバルには戻ってこれなくなる」




「かまいません。


 次の街でやり直します」




「なら、さっさとリーシェちゃんを一人前にしてしまおう」




「『ちゃん」じゃない」




 ーーーーー




 門の外には、今まで見なかった数の冒険者たちがいた。


 ロウントさんの配下や、ベテランの冒険者が次々と魔境に入ってい行く。




 一緒に組んで狩りを行えば、俺たちにポイントは入らない。


 バラバラの行動という建前になっている。




 俺たちを遠まきに囲んでいる。


 出くわした魔物達には止めを刺さずこっちに逃がす。


 すると俺たちの前にはよろよろと魔物が出てくる事になる。




 たまに貴族が冒険者のマネごとをしようとするので、考えだされた『接待陣形』ものでと言う。


 バーナーさんが笑いながら教えてくれた。




 なるほど、確かにこれは接待だ。


 イカサマだが、今回は乗ることにした。


 ヴモグだけで2匹をあっさりと倒している。




 昼前には2人とも、500ポイントを余裕で超える討伐部位をあつめた。




 戻ろうと思ったその時、




<空からの襲撃、数124>




 あちこちから叫び声が上がる。




「誰かが襲われている」


 リーシェさんが駆け出そうとしたが、襲われている声は複数ある。


 全体が襲われていた。




「何かに襲われている、警戒して。


 俺から離れないように」


 監視範囲外からいきなり襲ってきたので、警告されても対応出来なかった。




 ブーンという羽の音をさせて、大きな蜂が4匹こちらにくる。


 俺と同じくらいの大きさだ。




 キラービー、昆虫型の魔物、毒針を持ち動きが俊敏、生息地はもっと奥のはず。


 肉食性で小さいときは集団で行動するが、大きくなるとその食欲を満たすため単独で行動する。


 あの大きさでは同時に4匹も出会わないはずの魔物だ。




「インパクト」




 近づく前に数を減らそうとしたが、避けられた。


 早い。




 近づいたのから1匹ずつ倒すしかない。


 幸い4匹とも俺に向かってくる。


 俺を囲んでとまり、波状攻撃してくる。




<緊急事態と判断して、短時間反応速度を上げます>




 ありがたい、動きが蜂達の速さを超えた。




 突っ込んできた1匹を交わしながら、腹に1撃を与える。




 後ろから、近づいたもう1匹にそのまま剣を回す。


 針の付け根に突き刺さる。




 自分の周りは、目だけでなくピノの力もかりて認識出来ている。


 残念ながら余り広くすると俺が混乱するから、剣が届く範囲にしてもらっている。




<1匹急速接近>




「キャー」


 リーシェさんの声。




 振り向いて見ると、一際大きな蜂が彼女を抱えている。


 その針は彼女を刺している。




 しまった。




「インパクト」


 かわされた。




 そいつは、俺に獲物を見せるように空中で止まっている。




<魔法の発現を蜂の直前に、腕を向けないで、呪文も声に出さない>




 インパクト


 蜂の頭が跳ね上がる。




 リーシェさんが落ちて来るので、慌てて抱きとめる。




 落ちてきた蜂には止めをさす。




 リーシェさんの右腰の上から血が出ている。


 キラービーの毒は神経系だ、すぐには死なないがかなり危険だ。


 傷口に口を当てて毒を吸い出す。




「死ぬな。


 死なないでくれ」




(頼むピノで助けてくれ)




[彼女の意識はすでにありません、ピノのインストールの許可がもらえません]




(そんな。


 何か方法がないのかよ)




[…1つあります」




(それを頼む)




[まず、話を聞いてください]




(話は後だ、早く。


 何でもするから、リーシェさんを助けてくれ)




[判りました。


 彼女の傷口周りを切り取ってください]




 もう信じるしかない。


 ナイフを取り出し彼女の背中を切り開いた。


 血が吹出てくる。




[口の中に、ピノを集めます、血液と一緒ですので吐き出さないよう我慢してください]




 いきなり血の味がした。


 口の中が切れたかのように血が流れ出している。




[傷口に口を当ててください]




 言われたままに動く。


 彼女に口が触れると、血が勝手に彼女の中に入っていく。


 かなりの量が彼女の中に入ってゆく。




[傷口を魔法で治癒してください。


 ピノは解毒に専念させます]




 傷口に両手を当て




「ヒール」


 出血が弱まった。


 今の自分ではこれが限界だ。




「ヒール」


 連続して行う。




「ヒール」




 6回目のヒールは発動しなかった。


 俺の魔力が切れたらしい、もう一度試したがやはり同じだった。


 出血は止まっている。




 誰かが近づいてきた。


 来たのはバーナーさん達だった。




「リーシェちゃん大丈夫か」




 俺の前に倒れているリーシェさんを見て




「貴様、何やってる」




 襟首を掴んで俺を持ち上げた。


 抵抗する気力もない。




「やめろ、バーナー。


 成虫のキラービー2匹と女王をやっている。


 見習いに出来ることじゃない、彼は十分やっている。




 怒るならまず自分を怒れ、足止めを食って駆けつけられなかったんだから」




 ロウントさんが止めてくれた。




「そうだな。


 すまなかった」


 腕の力が抜け、俺は地面に放り出された。




 すぐに神官が来てくれた。




「応急処置は終わってるんですね」


 と言って、彼女の治癒を始めた。




<あなたは通常の活動に必要な血液がありません、残り全てを生命維持活動に回しています。


 手足が切れても血がでませんので注意してください>




 ボロボロだ。




 神官の治癒が終わり、こちらに


「彼女は大丈夫、呼吸が安定しています。


 毒は彼が出したのでしょう。


 彼女は血が出過ぎたので気絶しているようです」




 ホットした。




「全員集めろ、今日はここで一泊する」


 バーナーさんが大きな声を出す。




 バーナーさんと同じパーティーのジジさんが煙玉を打ち上げる。


 ギルドの一級司令『集合』を発動した。




 続々と冒険者が集まってくる。


 周りを整備して、今晩の寝床を作っている。




 バーナーさんは主だった者達を集め、みんなから話を聞いている。


 俺も呼ばれ蜂に襲われた時の状況を説明した。




「じゃお前、4匹の蜂に囲まれたのか」




「はい、それで動けなくされてしまって、リーシェさんを襲った奴を見落としていました」




「4匹に囲まれて、やられなかっただけましさ」


 ロウントさんが言ってくれる。




「全部で6人やられた。




 普通、キラービーの成虫は単独で行動する。


 100匹の成虫の群れなんかありえない。




 そもそも共食いもする連中だ、こんなに数がいれば仲間どうしで殺し合ってもいい。


 だが今回は俺たちだけが襲われた、おかしすぎる。




 誰か判るやついるか」


 バーナーさんは、今回最もおかしなところを口にして、意見を求めた。




 ジジさんが手を上げている。




「なにか思いあたりがあるのか」




 ジジさんはギルド内でバーナーさんの右手のような人だ。


 ギルド内でも偉い人になる、知識は豊富だろう。




「魔法の中にアニマル・コントロールと言われるものがあります。


 上位魔法はモンスター・コントロールで、その名が示すように魔物を操れます。


 キラー・ビーを制御できる魔法は知りませんが、有ってもおかしくないかと思います」




「なるほどな。


 だが、それも少し違うと思うぞ。


 アニマル・コントロールは1人で1体しか制御できない。


 それはモンスター・コントロールでも同じはずだ」




 バーナーさんも、その魔法は知っていた。


 違うらしい。




<女王バチが見えますか>




 近くに倒した女王蜂の死骸が転がっている。


 討伐部位は針なので、尻は切られていた。




<頭部から緑色のものが出ているのが見えませんか>




(何かドロっとしたものが地面に流れてるな。


 あれ蜂の血って赤かったよな)




<あれは、今探しているものだと思います。


 指摘してみてください>




「バーナーさん、キラー・ビーの血って赤かったですよね。


 なら頭から出てるあの緑のなんですか」




 バーナーさんは振り向いて




「緑」


 と言っただけだが。




 ジジさんは何か気づいたんだろう、確認しに走った。




「ギルド長、ビッシュ・クラエテルです」




 知らない?




「バーナーさん、なんですか、そのビッシュなんとかって」


 他の冒険者も知らない。




「ビッシュ・クラエテルは寄生する魔物だ。


 個体では全然弱いが、他の魔物に寄生してそいつらを操る」




(ピノみたいだね)




<失礼な!>




 ジジさんは、他の死骸にも走って行って調べている。




「他のキラー・ビーにも寄生しています」


 戻ってくるなり、バーナーさんに報告した。




「どういう事ですか」




「ビッシュ・クラエテルはギルド全体でも、発見例が10もねえんだぞ、判るわけねえだろう」




「状況から考えると、


 ビッシュなんとかに寄生されると、本来しない行動をするのかも」




「そのようだな。


 ジジ、他の魔物にも寄生できるのか」




「回ってきた資料によると、実験で22種類の魔物に寄生したそうです」


 ジジさんが補正してくれる。




「キラー・ビーなんで、一度に100匹も寄生されたかな」




「これは自然に起きたことじゃない。


 こんな都合よく寄生されるとは考えられねえ。


 誰かが俺たちで、実験しやがった」




「どういう事だ」




「数人が100匹のキラービーに襲われれば、一方的に殺戮される。




 100匹に対抗できる人数がいる状況を狙われた。


 どのくらいの戦力になるか試すためにだ。




 今日は、接待陣形で人が集まっていたからな」




「キルド長の考えに同意しますね。


 これは、まずい事になりました」




「そんなにやばいのか」


 理解出来ていない、冒険者がいる。




「当たり前だ、これは戦争の兵器になる。


 使い捨ての魔物の兵士が最低でも100は作れるんだ。




 誰がやったか知らねえが、その先にあるのはいくさだろう。




 どっかの国がやってるなら、国家機密レベルだし。


 その国の王が知らないなら、誰かの国取りだ。




 どっちにしても俺達が知ってていい話じゃない」




 ほとんどの冒険者は頷いている。




「忘れろ、今は取り敢えず忘れるんだ。


 迂闊に動けねえ」


 バーナーさんはそう宣言してこの話を打ち切った。

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