第2話 ギルドへ

「いつまで、寝ている。


 とっくに日は出ているぞ」




 リーシェさんに起こされた。




「おはよう」




 かなり疲れていたらしい、寝すぎた。


 変な夢のせいだ。




(夢か?)




[ちがいます]




 そうだよね。




 1階の食堂に降りて朝食を出してもらう。


 俺が最後だったらしい。


 パンを出した後に、タルクさんが同じテーブルに座り話し始める。




「これから、ギルドに行って冒険者登録をしてもらう。


 リーシェも一緒に行かせるから、一緒にパーティーの申請もしてくれ。


 冒険者登録の銀貨5枚は貸してやる。


 パーティー申請に金はいらない」


 と言って、小さな袋をテーブルに置く。


 金が入っている音がした。




 朝食を済ませて、リーシェさんと一緒に冒険者ギルドへ行く。


 冒険者ギルドは街の中程にあって、思っていたより大きい。




 中に入り受付で


「冒険者への登録をお願いします」


 と言いながら、お金を出す。




 中身を確認して、


「はい確かに、500テルあります。


 では、こちらに記入をお願いします。


 書けるところだけでかまいません。


 名前は書けますか、最低名前だけは書いていただけないと困るのですが」




 名前だけでいいの?


 申請の用紙を見ると、名前や年齢、出身など項目が多くある。




「名前だけでいいのですか?」




 文字を書けないと思ったのだろう。


「はい、構いません」


 受付嬢は笑顔で答えてくれた。




 名前と年齢だけを記入して、受付嬢に渡す。




「アトロフさん、16才ですね。


 少しお待ちください」


 と奥の部屋に行ってしまった。




 戻って来ると、小さな金属プレートのついた紐を渡される。




「これが、アトロフさんを冒険者と証明するギルド証です。


 無くさないようお願いします。


 悪用出来ないよう、他の人が付けていた場合は判る仕組みになっています」




「冒険者の説明が必要ですか」




「お願いします」


 聞いておきたい。




「アトロフさんは、冒険者ギルドに登録されたばかりですので、正式にはまだ冒険者ではありません。


 実力も分からないので、ギルドとしても依頼を紹介出来ないのです。


 冒険者見習いというような立場になります。


 見習いは依頼が受けられないので、魔物討伐しかおこなえません。




 魔物は倒した証拠として、魔物ごとに討伐部位が決められています。


 この討伐部位をギルドに持ち込めば、それに応じたポイントとお金がもらえます。


 見習いは最低限の力はあると証明する期間です。


 半年以内に500ポイントを貯められれば、晴れて正式な冒険者になれます。




 冒険者はランクに分けられていて、最初は1つ星になります。


 この辺は、冒険者になってからまたご説明します。


 まずは、500ポイントを集めてください」




「ありがとうございます。


 見習いでも、パーティーは組めるのでしょうか」




「もちろんです。


 神官など1人で魔物討伐が無理な人も多いですので」




「では、パーティーを組みたいのですが」




「どなたと組むのですか。


 ランクの高い冒険者と組むと危険は減りますが、もらえるポイントも少なくなりますよ」




「同じ見習いです」


 後ろを向いて、ギルド内をウロウロしていたリーシェさんを呼ぶ。




「リーシェさんと組むのですか」


 受付嬢は、喜んでいるように見える。




 リーシェさんの話を知っていたらしい、女性として思うところがあったのだろう。




「こちらにパーティー名とお二人のお名前を書いてください」




 また用紙を渡される。


 今度は、パーティー名と各自の名前しか書くところがない。




「リーダーは私ね、文句はないでしょう」




 記入の用紙を受けとり、リーシェさんが書き始めた。




「パーティーの名前は、お父さんのいた『閃光』に2世だから2を付けたの。


 それ以外はないわ」




 名前はいいとして、リーダーはいつ決まったんだ。




「よう、俺達のリーシェちゃんをよろしく頼むぞ」




 不意に後ろから首に腕を回された。




「『ちゃん』じゃない」




 リーシェさんが俺の後ろの男に抗議する。




「ギルド長、何やってるんですか」




 受付嬢が俺の後ろの男をギルド長と呼んでいる。




 偉い人じゃないか。




「やっとリーシェちゃんと組んでくれる奴が出てきたんで、一応挨拶しようと思ってな」




「俺は、この支局のギルド長をしているバーナーだ。


 タルクとは昔同じパーティーにいて、リーシェちゃんは生まれた頃から知っている。


 立場も有って俺が動く訳にもいかなくてな、イライラしてたんだ。


 最近の若い奴らは根性ねえし」




 そして俺だけに聞こえるように


「ちゃんとやってくれよ、じゃねえと侯爵様だけじゃなくお前も不慮の事故に巻き込まれるぞ」


 腕に力を込めて軽く締められた。




 対策は考えていたんだ、かなり物騒だけど。




「そんなんで大丈夫か。


 うちの若いのもつけようか」


 別の男が声を出す。




 回していた腕を離して、ギルド長は


「お前とこの若い奴と言ったらシントだろう、3つ星いってるじゃねえか。


 リーシェちゃんにポイントが入らなくなる」




 後ろを見ると、いかにも冒険者という男が立っている。


 彼が、声をかけてきたのだろう。




「いや、ペナルティーつけさせてランク下げるから大丈夫だ」




「そんな無理が通るわけないだろう」




「ダメか」




「当たり前だろう、俺の立場も考えやがれ」




「バーナーさん、心配をかけてすいません。


 なんとかパーティー組んでくれる人を見つけられました。


 だから、変な事考えないでくださいね」


 リーシェさん、気づいてたんだ。




 そうだよな、侯爵様襲撃事件なんてあったら、それこそ大事だ。


 リーシェさんが冒険者になってここを出ていくのが、一番穏便な方法かも。




 バーナーさんとやりあった男が握手をもとめてきた。




「俺はロウント」




 思いっきり手を握られる。


 そうなると予想していた。




「そいつも、元『閃光』のメンバーだ。


 そして俺と同じでリーシェちゃんを、自分の娘のように思っている」




「『ちゃん』じゃない」




「わかったリーシェちゃん」




 バーナーさん、楽しんでるよね。




「無理を言うな、あの小さかったリーシェちゃんが、今でも小さいんだ。


 俺達からはリーシェちゃんさ」




 リーシェさんはふくれている。


 彼女のそんな顔を見たら、リーシェちゃんて言いたくなるよな。




 このおっさん達の雰囲気がそこらの冒険者とは違う。




 リーシェさんに聞いてみる。


「タルクさんのパーティーって、すごかったんだろうね」




「お父さんがパーティーリーダーで、8つ星までいった」




 8つ星って、すごい。


 実質的な最高のランクじゃないか。




 今大陸に10組もないんじゃなかったか。




 9つ星は大陸全土における依頼が発生した時に、その依頼を受けられる人たちに与えられる。


 そんなのは魔王討伐しかありえない。


 勇者や英雄と呼ばれる人たちだ。




 10つ星は死後に与えられる名誉だし。




「ところでお前、腕はあるのか」




 ロウントさんが聞いてきた。


 大事な娘を預ける父親の気持ちなんだろう。




「街の周りを見回って、魔物の退治をしていた事があります。


 ゴブリン程度しか出ませんでしたが」




「ゴブリン程度か、ちょっと大きな街なら冒険者は雇わないで自分達でやっちまうな。


 警備隊にでもいたのか」




「いいえ、臨時の自警団です。


 兵は、低レベルの魔物は相手にしません」




「危険がある割には、倒しても名誉にならないしな。


 まあ、こっちに回ってくるからいいがな」




 ギルド長が、冷めた笑いをしている。




 彼が言わなかった、その先の事はなんとなく判る。




 兵は魔物との戦いに慣れないから、上位の魔物にも対応できない。


 結局、冒険者が雇われることになる。




「剣は、一応使った事はあると」




 どうやら及第点はもらえた。




 これから、魔境に行くとリーシェが言い出した。


 早く冒険者になって、この街を出たいのだろう。




「リーダーに従います」




 ーーーー




 ハバルは魔境の境界にある。




 街には2つ門があり、1つはイッツなどの他の街と繋がる道がある。


 もう1つは、魔境側にある。


 門の外に少し開けた場所があるだけで道はない。


 道を作っても、すぐに魔境の草木に覆われてわからなくなってしまう。


 何も持たず魔境に入って行けば、帰って来られなくなる。




 魔境に入るにはコンパスという魔法道具を使う。


 魔境側の門には大きな結晶があり、その方向をコンパスが指すようになっている。




 コンパスは門の方向を示すだけなので、途中なにがあるか解らない。


 一応の地図が売りだされている。


 ただし、門から離れればその信頼性はさがる。




 コンパスも地図もリーシェさんが持っていた。


 誰とも組めなかったら、近いうちに1人で入っていくつもりだったのだろう。




 魔境の奥には強い魔物がいて、弱いのは街の近くに押し出されてくる。




 俺達は無理はできない。


 日帰りで行ける範囲での魔物狩りをおこなうことにした。




 俺が前で、リーシェさんが後から続く陣形で進む。




 進んで行くと、ゴブリン3匹と遭遇する。


 ゴブリンは、この魔境では最弱に分類され、他の魔物に餌扱いされている。


 その代わりに繁殖力が高く数が多い、どこにでもいる。




「ゴブリンの討伐部位は右耳よ、傷つけないでね」




 リーシェさんの言葉を聞きながら、たたっ斬る。


 ゴブリン以外じゃ、気にしてる余裕ないと思う。




 リーシェさんが魔法を使うまでもなく、俺が3匹とも倒す。


 1匹2ポイント、3匹で6ポイント。




「コツコツやって行けば、半年以内には500ポイントはたまるな」




「何を言っているの、半年なんていられないわ」


 急いでますものね。




「それに、魔境への出入りに50テルの通行税かかるのよ。


 ゴブリン1匹じゃ1テルにしかならない。


 赤字になってしまう、そんなんじゃ続けられないでしょう」




 なるほど、冒険者になるのも簡単ではない。




 それから西に行くと湿地に出た。


 いきなり周りが開けた。


 リーシャさんは最初からここを目指していたらしい。




「ここにはゼルフルと言う、大きなカエルがいるわ。


 牛も丸呑みできる大きさだけど、攻撃は普通のカエルと一緒で舌を伸ばしてくるだけ。


 盾をもってるアトロフなら、対処しやすいはずよ。




 何でも動くものは食べようとするから、周りには他の魔物はいないはず。


 1匹ずつ倒していきましょう。


 それに私の使える火精霊が苦手だし」




 自分が有利な獲物を選んでいたのか。




 水の中に、こんもりとした塊があればそいつがゼルフルだ。


 もう少し近づくと舌が伸びてくる。


 正面に盾を構えていれば確かに受け止められるが、ハンマーで殴られたみたいな衝撃がくる。




 盾に舌が取り付くと、そのまま口まで引っ張られるので、剣で舌先を切る。


 切断するのは無理だが、ゼルフルはその痛みで慌てて舌を戻す。




 その舌が戻るタイミングで大きく口を開けるので、リーシェさんが炎を呼び出し口の中を焼く。


 苦しんでいる間に俺が近づいてとどめを刺す。


 2匹目からは手順が決まって、簡単に狩れるようになった。




 時間はまだあったが、3匹のゼルフルを仕留めたところで戻ることにした。




 ゼルフルの討伐部位はその両股の肉で、1つでも一抱えある。


 俺が2匹分、リーシェさんが1匹分、もう持てない。




 ゼルフルはポイント7だが、討伐報奨が100テルになる。


 美味しいらしい。


 生きてる姿を見てるから、食べたいとは思わない。




 来た湿地の中を戻ることにした。


 ゼルフルがいたところに他の魔物はいない、討伐すればあとはなにもいないだろうと考えていた。




 が、何かいた。


 でっかい獣だ。




「あれ何か判りますか」




 リーシェさんに聞いてみる。




「ヴモグ、大きな猪みたいな魔物よ。


 全身硬い皮で覆われているはず、アトロフの剣じゃ傷つけられないわ」




 ヴモグはこちらを見つけすごい勢いで向かってきた。




 大きさはゼルフルより小さいがそれでも俺よりは大きい。


 肩周りが発達していて首が短い、壁が突っ込んで来るみたいだ。


 まっすぐ突進してるのは猪ぽいが、鼻は出ていない代わりに額には角がある。




「なんで、あの大きさでぬかるみに足をとられないんだよ」




「魔法よ、水の上でも走れるとお父さんに聞いたことがある」




 俺を狙っている。




「リーシェさんそこにいて」




 リーシェさんから離れる。


 思ったとおり目標は俺のままだ。




 ギリギリまで待って横に飛んで逃げる。




 すれ違いざまに、その可愛い目を突く。


 目蓋が閉じて俺の剣を弾いた、硬い革でできていた。




「逃げて」




 リーシェさんが魔法を使おうとしている、まずい。




「大丈夫だ、何もしないで」




 目標をリーシェさんに変えられると助けるのは難しい。




 柔らかそうな部分を探し、刃を入れるしかない。


 かなり難しいが、他に方法が思いつかない。




 またギリギリまで待つ。




 集中したせいか、動きがハッキリと見える。


 首のしたに皮膚のうすそうな所が見えた。




 ぶつかる直前、また横に避ける。


 ヴモグの動きがゆっくりに見える。




 いや、遅すぎないか。


 自分も思った速さで動けていない。




 剣を首の下から振り上げる。


 サクッと抵抗なく刃が入っていく。




 何かがおかしい。




 背中の硬い革に内側から当たってしまう。


 ぶつかった音が聞こえる思ったが、聞こえない。




 そういえば、さっきから何も聞こえていない。




 衝撃が手に伝わり痛いと思った瞬間に手がポロッと取れた。


 え?




 いきなり音が聞こえてきて、ヴモグの速さも元に戻る。


 ドスンと大きな音をたてて倒れていった。


 その体に、俺の手が付いたままの剣が刺さっている。


 え?




 右手を見る。


 手首から少し下のほうから、無くなっている。




 痛くはない。




 取れた時に少し血が出たが、今血は出ていない。


 それに、右手には剣を持っている感覚がまだある。


 剣に近づいて左手で右手を持つ。


 握られた感覚が右手にある。




 右手を広げると剣から外れる。


 指をうごかしてみる。


 思うように動く、気持ちが悪い。




[急いで元の位置に戻して、そしてしばらく固定してください]




「なによそれ。


 どうなっているの」


 リーシェさんが驚いて聞いてくる。




 俺も知りたい。




[今、短い時間で、ご理解いただけるご説明は難しいです。


 ここは誤魔化してください]




 リーシェさん驚愕している顔に、愛想笑いを返す。




「俺の、ちょっと変わった『自己修復』と言う魔法なんです。




 戻ったら教えるので、この事は誰にも言わないでもらえないですか」




「ええ、誰にも言わないわ」




 取り敢えず、誤魔化せた。




 その後は、幸い何にも出会わず街に戻れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る