宇宙戦艦に魔法は使えません。

野紫

1章

第1話 契約

 痛てー。

 ちきしょう、あいつら殺すなら、ちゃんとトドメさせよ。


 血がどんどん流れ出ている、もうすぐ死ぬ。

 なんにも無かった人生だったな。

 だんだん痛みも、感じなくなってきた。


[助けましょうか]


 幻聴か?

 なんでもいいや、助けてくれよ。


[条件があります]


 リアルだな。

 やっぱり、金か?


[お金ではありません。

 私に協力してほしいのです]


 協力?

 大した事は出来ないぞ。


[難しい事ではありません。

 貴方が経験した内容を教えてほしいのです。

 無論、貴方は自由に行動していただいてかまいません]


 そんなんでいいならやるから、頼む助けてくれ。


[対象 個人全情報の提供承諾。

 連邦法24607-996号の制約を解除。

 対象にナノマシンのインストールを承認、実行します]


 ーーーーー


 ベットの上に横たわっている。


「気がついたか」


 誰かが声を、かけてきた。

 起きようとしたら、ふらつく。


「あ、無理するな。

 だいぶ血が出てたからな。

 あんな傷で、たっぷり血が出るまで気絶してるなんて、あんちゃん気が小せえな」


 あんな傷?

 両手を切られ、腹もさされていたはずだが。


 あれ?

 手の感覚がある。

 両手を前にだしてみると、ちゃんとある。

 指も普通に動かせる。


 代わりに背中には痛みがある。

 腹から刺されて、背中を突き抜けていたらしい。

 その割には腹に痛みがない。

 痛みのある背中周りに、包帯がまいてある。

 でも腹には傷がない。

 夢だったのか?


 この人が治してくれたのか?

「助けてくださって、ありがとうございます」


 年齢は50くらいだろうか。

 ゴツイ、多分冒険者だ。


「森に行ったら、あんちゃんが倒れててな。

 最初見た時、血の海の中にいたから、てっきり死んでたと思ったぞ。

 そしたら生きてた、しかたねえから助けたよ。


 なににやられた、その背中の傷。

 背中から襲って、獲物をほっとく魔物なんて知らんから教えてくれ」


「仲間。

 いえ、仲間と思っていた奴らにです」


 男は、俺を真面目な顔で見返している。


「イッツで知り合った冒険者と、ハバルに行って一旗あげようと向かっていたんです。

 それがいきなり襲われて」


「そいつらとは、どのくらい組んでたんだ」


「まだパーティも組んでいませんでした。

 9日前に会って、俺が冒険者になると言ったら、組まないかと誘われたんです」


「なんだそりゃ。

 嫌なら、別れりゃいい。

 殺そうだなんて、普通しねえ。

 お前がよっぽど悪いやつならありえるかもしれんが、あんちゃんはそうは見えねえしな」


「二ヶ月前に家を出て。

 冒険者にでもなろうかと考えてたところに、声をかけてもらったからつい乗ったんです。


 もっと疑えばよかった」

 うなだれてる。


 始めっから、俺を殺す目的で近づいてきたのか。

 1人、思いあたりがある。

 もうそっちには関わらないから、いいかげん、ほうっておいてくれよ。


「お前、冒険者か」


「いいえ。

 でもハバルについたら、ギルドに登録しよう思っていました。

 なにも出来ないので、冒険者にでもなろうかと」


「冒険者を馬鹿にするな」


 いきなり、女の子の怒鳴り声で遮られた。


「何も出来ない奴が、冒険者として生きていける訳がない」


 そこに11才か12才くらいの女の子がいた。


「まぁリーシェ落ち着け」


 リーシェちゃんと言うのか。


「剣はまともなものを持っていた。

 冒険者になろうってんだ、剣ぐらい使えるだろう」


「えぇ、少しは」


 家にいた頃は、兵に混じって魔物討伐をしてた。

 領地に、そんなに魔物は出なかったが。


 男は目を閉じて少し考え込んだ。

 しばらくして。


「まだ名乗っていなかったな。

 俺はタルク、こいつはリーシェって言う」


 俺も慌てて続ける。


「アトロフと言います。

 御恩は必ずお返しします」


「返すといってもお前、無一文だろう。

 何をしてくれる」


 腰につけていた袋を探す、あるわけがない。

 あぁ全財産が。


「ついでに言うと、冒険者になるにも金がいる」


 つんでるじゃないか。


「盗賊になるってんなら、このまま街の守備隊に突き出して、報奨金をもらう。

 その金で恩を返してくれてもいいぞ」


 それはいやだ。


「俺が金を貸そうか。

 ただし、リーシェとパーティを組むのが条件だ」


「リーシェちゃんと」


「『ちゃん』じゃない。

 エルフまじりだ。

 これでも29だ」


 さっきより、大きな声で怒られた。


 エルフまじりは、エルフの血が入っていると言うことだ。

 彼女には、それらしい特徴がある。

 短い銀髪から、先の尖った耳が見える。


 たしかエルフは10代前半までは普通に成長して、その後成長が遅くなる。

 寿命も長くて500年くらいだと聞いている。

 どんなに年をとっても30代くらいにしか見えないらしい。

 まあ、純粋なエルフなんてみたことないけど。


 エルフの血が入っている人たちならたまに見かける。

 普通の人よりは長寿らしい、エルフほどじゃないが老けなくなる。


 困ったのが成長速度、どこで成長がゆるくなるかいい加減だ。

 彼女が言っているのは本当だろう。


 そしてエルフ混じりは全員、美男、美女だ。

 リーシェさんは、美人と言うよりまだ可愛いになるかな。


 しかし、何で俺と彼女を組ませるんだ。


「タルクさんも一緒にですよね」


「いいや、俺は16年も前に足を洗っている。

 10年以上たっての復帰は認められない」


「今は、ハバルで『タルクの宿』をやっている。


 元々リーシェは、そこを手伝ってくれてたんだ。

 訳あって冒険者をやらなきゃならなくなったのさ」


 どんな訳だよ。

「宿の従業員がいきなり、冒険者ですか?」

 無理だろう。


「こいつは一応、精霊魔法が使える」


 エルフは精霊魔法が得意だ、逆に神聖魔法はまるで適正がない。

 その血が流れているなら、使えても不思議がないか。


 でも何で冒険者に?


 俺の顔に出ていたんだろう


「こっちも訳ありさ」


 説明してくれるようだ。


「ここら付近は魔境と接しているんで、この国では誰も領地にしたがらない。


 ハバルは王直轄の街で、御貴族様が順番で領主代行をしている。

 普通は配下の人間に任せっきりだが、たまに物好きな貴族が魔境を見に来るのさ。


 そして、今の物好きな侯爵が、リーシェを見つけて『愛妾』に出せと言ってきた」


 うわぁ。


「普通そんな顔になるよな。


 だが、俺もリーシェも領民なんでな、勝手に出ていく事が出来ない。

 今はなんとかなってるが、このまま何事もなくとはならないだろう」


 そりゃ普通は、領民を無理やりつれて行くなんて出来ないだろうけど。

 直轄地を任されるなんて、かなり力を持っている、自分が管理している間なら、多少の無茶はできるかも。


「領民は許可なく他の街には行けない。


 普通はそんなに厳しくないが、今のリーシェには許可されない。

 街を出るのも一苦労だ」


「それで、ですか」


 冒険者は自由だ。

 国に縛られず、自由に移動できる。


「リーシェは冒険者ギルドに登録している。

 それを理由に、侯爵の誘いを断ってるのさ」


「なるほど」


 冒険者のリーシェさんを無理やり愛妾なんかにしたら、そいつの領地には冒険者が来なくなってしまう。

 下級魔物の討伐など、自分の兵を使っても手が回らなくなる。


「だが、冒険者ギルドで登録しても正式な冒険者じゃねえ。

 半年以内にノルマを達成して、冒険者にならなきゃならない。


 じゃなきゃ半年後には、リーシェは元の領民にもっどてしまう」


「エロ爺に慰みものにされてしまうなんて、冗談じゃない」


「リーシェさんが冒険者になるのは、解かったんですが、どうして俺と組まなきゃならないんです」


「こいつ1人じゃむりだ、どうしても前衛がいる」


「タルクさんなら、俺よりもっといい冒険者知ってるでしょ」


「俺の知り合いはランクが高い。

 一緒に魔物を倒しても、新人にはまずポイントが入らない」


 依頼や魔物討伐にはギルドがポイントを設定していて、条件を達成すればそのポイントが与えられる仕組だ。

 上のランクに上がるにはそのポイントを、集めなければならない。

 ただポイントは、同じパーティにいるランクの高い冒険者に、優先して割り振られる。

 上位の冒険者に連れられていっただけでは、ポイントが貰えないようにしてある。


「ランクの低い冒険者は、領主様には睨まれたくないので、誰もリーシェとは組んではくれない」


「それで俺ですか」


「お前は、ハバルになんの関係もなさそうだからな」


「半年以内にポイントをためて、リーシェさんを正式な冒険者にする。

 それが助けてもらったお礼なんですね」


「そうだ」


「冒険者になったら、ハバルにはいれなそうですね」


「3年で、領主が変わるから生きてたら戻れるよ」


「ハバルは初級冒険者に、ちょうどいいと聞いてたんですけど」


「死にそうになってた、お前が悪い」


 冒険者ギルドには、明日行くことになった。


 今日はそのまま部屋を貸してもらい、そのまま寝た。


 ーーーーー


 その夜


[聞こえますか]


 いきなり女性の声が聞こえた。

 驚いて起き上がろうとしたが、体が動かない。

 夢か。


[対象 個体名称アトロフ。

 聞こえますか、返事をしてください]


 返事をしろと言われても、声が出せない。


[声を出さなくとも、考えるだけで問題ありません。

 聴覚のリンク、確認しました]


 なんだこれは。

 体が動かない。

 声だけが聞こえる。


 意識はハッキリしている、これは夢じゃない。


[夢ではありません。

 委員会からの助言により、昼間の承認を再度確認すべきと進言されました。


 対象者の認識を再度確認します。

 体は騒がれると面倒なので、運動神経を遮断させていただいています。

 終われば、元に戻しますのでご安心ください]


 俺の慌てっぷりに対して、女性の声は落ち着いている。


[私はアレス連邦 宇宙軍 第401艦隊 18艦 ビチュレイリワ]


[と言ってもわからないでしょうから、わかるようにご説明します。

 この大陸ではない国の戦艦の、艦長代理です]


 暗黒大陸の魔法軍か?


[違います]


 じゃ、ブヨード大陸かツグワーサ諸島か。

 どっちも戦艦を持てる国なんかなはず。


[貴方が知らない大陸です]


 俺の知らない大陸。


[そうです]


 見つかっていない大陸が、まだあるという事か。


 侵略に来たのか。


[最終的には、この大陸全土を我が国に組み込むかもしれませんが、今すぐではありません。

 また、その場合でも武力侵攻を行う事はありません。

 安心してください]


 え。

 武力を使わない。

 軍なのに。


[この大陸はたまたま見つけたので、できれば私達の味方にしようと考えました。

 なので行う場合でも武力は使いません、交渉を前提とします]


 今すぐじゃないと言ったな。


[はい。

 百年ほどは、様子を見させていただきます。

 というのも、この大陸を領地にするか意見が分かれています]


 百年、それにどうするか決まってない。

 お前たちは、エルフか?

 エルフは長く生きていても、国家に関心がない。

 百年ほおって置くなんて、エルフでもなければ思いつかない。


[違います]


 だが、それが俺に何の関係がある。


[昼間、死にかけていた事は覚えていますか]


 そうだ!

 あの時の声だ、思い出した。


[その時契約をした内容を理解していますか]


 なんだっけ?


[助ける代わりに、私に協力するという内容です]


 なんだか、助けると言われて、助けてくれと言ったかも。

 あの状態なら、誰でもそう言うだろう。


[委員会の助言にしたがってよかった。

 これだと、後から問題にされ、私は解体されかねない]


[具体的には、貴方の行動を詳細に観察させていただきます]


 どうやって?


[貴方にはすでにナノマシンという、監視装置がインストールされています。

 ナノマシンとは非常に小さなもので、それが貴方の体中に散らばって観察しています。

 そして貴方が経験したすべてを私に知らせてくれます]


 すべて?

 トイレに入っている時もか。


[トイレも風呂も異性との交尾中もです]


 女とのそんなのもか!


[譲歩します。

 その3つのうち、1つだけ外れるとしたらどれになります]


 そんなの、女とのだろ。

 決まっている。


[わかりました、異性との交尾中は観察から外します]


 よかった。

 何をほっとしている。


 断る。

 俺はずっと見られるのは嫌だ。


[今さら]


 今さらでも何でもだ。


[残念ですが仕方ありません]


 あっさりだな。


[貴方を元の状態に戻し、ナノマシンを回収します]


 元の状態。


[そうです。

 両腕が切断され、腹から背中にかけての刺し傷があり、ほぼ致死量の出血をした状態です]


 死ぬだろう、それ。


[はい。

 すぐに死亡されるかと思います]


 まて、まて、まて。


 傷を治してくれたのはこいつか。


[はい]


 断ったら死ぬなんて、断れないじゃないか。


[貴方が、大怪我をした原因に私は関係していません。

 元々が死にそうだったのです、それで責められましても]


 そうだが、そうなんだが。

 卑怯だぞ!


[交渉は、できるだけこちらの条件を断れない人に頼むのが定石です]


 なんで、俺を覗こうだなんてする。


[この大陸の人々の暮らしは、外から観察していました。

 ですが中で暮らしている、人々の詳細まではわかりませんでした。

 ですので中で生活をしている人に、装置をつけ観察することにしてみました]


 俺以外にもいるのか、その対象っていうのは。


[今回はテストケースです。

 うまく行きそうなら、増やす予定ですが今は貴方一人です]


 どんどん増やしたりして。


[増やしません]


 独り言も出来ないのかよ!


[申し訳ありません。

 今後独り言の場合には反応しないようにします]


 そうしてくれ。


 ん。

 どうやって区別するんだ。


[そうですね、今後私に話しかける場合は()と念じてください]


(こうか)


[そうです]


 で独り言の場合は()を外せばいいのか。

 まあ、聞いてはいるんだろう。

 命と引き換えだしかたがない。


(わかった、引き受けてやる)


[ありがとう御座います]


[無論、他言無用お願いします]


(誰にも言わないよ。

 言っても、誰も信じてくれそうはないし)

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