第43話 ストーキングは犯罪だぞ?

「ヒバナさん、車椅子がなくても大丈夫なのですか?」

「えぇ。おかげさまでね」

「回復なさってよかったです」


『リリィさん、お久しぶりです』

「エルも元気そうでよかったです」

『AIですから健康状態に問題はありません』


 前を歩く仲良い2人(+AI)を、まるっきり不審者のような格好で追う。ボストンバックは入り口前のロッカーに預けてきた。

 東京ハッピーランドの入場ゲートを潜った俺たち3人は、メインストリートを歩く。

 ここだけ切り取れば日本ではなく海外にいる気分になる。


 右にも左にも煉瓦造り(と見せかけた)の建物がぎっしり並び、ガス灯そっくりのレーザー光に照らされてアーケード街を形成していた。

 そこを抜けると大きな噴水のある広場で、さらに奥は侵入者を想定していない高さの城壁がある。

 ここはテーマパークだからリアルでなくてOKってこと。


 アトラクションが備えられた各エリアは円周上に配置されていてその中心に城があるのだ。

 全部制覇しようとしたら脚が折れるかもしれない。それほど広い敷地である。

 まぁ、楽しそうなあの子とヒバナに水を差したくないから大人しくついていく。


 あちこちでバケツ入りのポップコーンが売っていて、キャラクターに扮したロボットが手を振り(昔は中に人間が入っていたそうだ)、絶え間なく音楽が流れている。

 気のせいでもなんでもなくリリィとは距離があった。

 たまに俺をのことを振り返っては、すぐに前に視線を戻している。


 一方でヒバナの方は笑顔で会話しているものの、俺の方を向いては厳しい視線を向けて「さっさと話してあげなさい」と訴えていた。

 そんなことは分かっている。揺れる三つ編みを前になかなか決意ができない。

 どんな風に切り出せばいいのやら。俺の人生経験の浅さが露呈していた。


「これに乗ってみたいです」


 立ち止まって指差した先には、切り立った人工の岩山を何重にも重ねたジェットコースターがある。

 ゴールドラッシュに沸くアメリカをモチーフに造られたものだろう。

 ここでようやく会話のキッカケを得る。


「あのな、ヒバナは絶叫マシンがダメなんだ」


 青褪めた表情でトロッコ型の乗り物を見上げているヒバナ。

 油を刺し忘れたロボットみたいにギギギと俺の方に首を向けて睨みつけてくる。

 おっと、弱点をうっかり言ってしまった。


「あとお化け屋敷もダメだ。反対側のエリアにあるネクロマンシー・タウンも避けた方がいい」

「……知りませんでした。ごめんなさい」

「おかしな話だよな。ミサイルに追いかけられたクルマから飛び降りるのは平気なのに」


「あ、あれはナツキ君がいたから!」

「左側に乗れば手くらい握ってやれるかもな。右は無理だけど」

「抱き締めたのですか?」


 湾岸線でのあれこれは知らないらしい。

 歩きがてら話してやると、今日初めて肩が並んだ。

 けれど顔は悲しそうになる。眉が数ミリ垂れ下がっていた。


「わたしがしっかりしていれば、手と目を失うような大怪我をさせずに済んだ筈です」

「そういう風に考えるな。失敗だと思ったら、分析すればいい。次はどうすれば同じことを起こさずに済むのか……を」

「はい」


 結局、ジェットコースターは見送った。ヒバナの尊厳に関わる。

 代わりに敷地内を運行する遊覧船に乗ることにした。これまたクラシカルな外見をしていて、サイドに大きな外輪を持った蒸気船である。

 アトラクションと効率は別物らしい。それならばノスタルジィを無我に楽しむのが正解だろう。


 デッキからはジェットコースターの走る山や、人工の密林やらが見える。

 水音が風よりも大きく、赤く冷え切った耳を包み込んできた。

 やはり気の利いた言葉は出てこないが、少しでも会話を広げておこう。


「楽しめているか?」

「はい。とても楽しいです」

「向こうでの生活も楽しかったか?」


「はい。でも東京とは全然違っていました。静かで穏やかです」

「抱いている東京のイメージがズレているかもな。普通はあんなドンパチなんかやらない」

「それがここでのわたしの日常だったのです。『祈りの家』では彫刻を作ったり、絵を描いたりしていました」


 知性的で芸術的だ。

 俺にはできそうにない。ただ本を読ませるだけだったからな。

 数学や物理なら教えられたかもしれないけど。


 並ぶと背が伸びているような気がする。

 アンドロイドだからそんなことはないか……きっとブーツのせいだ。

 冬物だから靴底が厚い。


「ナツメ博士、わたしも聞いてよろしいでしょうか」

「俺に答えられることなら」

「何故、アンドロイドを生き返らせる研究をなさったのですか? わたしは理由を知りたいのです」


「……あまり気持ちのいい話じゃないぞ。それでも聞くか?」

「はい」

「俺は両親に育児放棄ネグレトされた」


 目を伏せたヒバナはわざと離れてくれた。

 気を遣わせてしまって申し訳ないな。

 デッキには俺と、この子だけしかいない。


「で、施設に預けられてアンドロイドに育てられたんだ。その人はとても優しくて献身的だったよ。本を読めって口煩かったけどな。親の顔は覚えちゃいないが、彼女のことは一生忘れない」

「……」

「けどさ、法律で決められているんだ。アンドロイドの稼働時間は10年まで。俺が14歳のときに停止したよ。その後は溶解処分になった。俺は泣いたし、役所やメーカーに手紙を書いた。どうして10年なんだ、と。彼女は素晴らしい人だった、と。たくさん読んだ本がこのとき役立った。でも返事はなかった」


「だから、アンドロイドを蘇らさせようとしたのですね」

「受験で忙しくなってすっかり忘れていたさ。でも大学で付き合ってた同じ学部の女との間に子供ができて思い知った。親って何をすればいいのか、俺は全然知らなかったんだ」


 苦々しいし、若くてアホ臭くなる。

 単に家庭を持つことに対する覚悟が足りなかっただけだ。


「生活費はちゃんと稼いだし、家も建てた。けど他は全然ダメ。家族とコミュニケーションが取れない。そこへちょうどいい逃げ込み先があった。それがアンドロイドの蘇生研究だ。後は知っての通りだよ」

「そうでしたか」


 暗い顔させてしまったな……

 自分のダメさ加減を白状するのは辛かったが、別の感情も芽生えている。

 これで隠し事は無くなった。どういった評価が下されるかは相手次第である。


「ヒバナさんと結婚しようとは思わなかったのですか?」

「……中学生くらいまでは考えていたな。高校は別々で疎遠になっていた。成人式でバッタリ再会して、俺じゃ釣り合いそうにないと諦めた」

「好きではないのですか?」


「そりゃ好きだし、愛している。家族みたいなものだとずっと思ってきた。こんな俺に愛想を尽かさず付き合ってくれる奴なんて他にいない。あぁ見えて気も効くし、料理だって上手だ。おまけに頭もいい。でも外へ出たなら分かるだろ。ヒバナよりも素敵な人はいたか?」

「いませんでした」

「そういうことだ。釣り合わない。それにあいつも結婚で痛い目を見ている」


「ナツメ博士と同じく離婚なされたのでしょうか?」

「夫婦としてはうまくいってなくて、5年ほど前に旦那と子供が事故で亡くなったんだ。それで今は独り身だよ」

「わたしは、千葉で家族のフリをして暮らしているときがとても楽しかったです。そこに帰属意識アイデンティティを持ちそうでした」


「俺も楽しかったよ」

「でも、不浄の薔薇ダーティローズとの戦いで一般人を巻き込んでいます。自分の親の遺体に泣き付く子を見て、混乱しました。その子はわたしに意地悪をしたのですが、まったく違う人間に思えました。わたしはあんな風になれません。淡々と肉親が殺された事実を受け入れるでしょう」

「悲しみ方は人それぞれだ」


 ここで蒸気船が止まり、下船を促すアナウンスが入る。

 岸へ渡された橋に急ぐと2人とも黙り込んでしまった。

 先に降りたヒバナは腕組みをして待っている。


 あいつの前にたどり着くよりも先に、そっと背後から声をかけた。

 このまま巡っていてもただ遊んだだけで終わってしまうから。


「戻ってきて欲しいんだ」

「わたしに……ですか?」

「そうだ。伝えたいことがあるんだ」


 リリィは振り返らない。おさげを揺らして歩く。

 ちょっとだけペースが遅くなり、ヒバナの前に着く手前で足が止まる。

 しばらくすると左足を軸にクルリと回り、身長差のある俺に上目遣いする。


「お母さんが一緒じゃないと嫌です」

「そりゃ難問だ」

『ネガティブ。極めてイージーだと思われます』


「ポンコツめ。いいところで割り込んでくるな」

『だいたい何年も放ったらかしにしておくのが悪いのよ。女のアプローチを袖にして』

「エル?」


 いや、違う。電子音声と同時に肉声も聞こえた。

 驚いて固まる俺のもとにヒバナが歩み寄ってくる。

 リリィもそちらを向いた。


『好きでいてくれてありがとう。愛してもらえて嬉しいわ』


 ヒバナとエルの声がピタリと重なっている。

 嵌められた。もしかしたらリリィも向こうに加担しているのか?

 疑念に駆られてリリィに目を向けると、口角が僅かに持ち上がっている。


「いつからだ?」

『あんたに墳墓の設備一式を貸した日からね。私の人格をベースにエルを組んでくれたのはドクター・タカツキよ』

「つまり、エルの正体はお前だったんだな?」


『厳密にはメモリーを共有できる分身AIね。エルはエルとしてちゃんと存在するわ。私とエルがこっそり入れ替わってナツキ君と会話していたもあるけどね』

「ドン引きするレベルのストーキングだぞ。情報のリークにはなんとなくは気付いていたけど」

『入れ替わりはせいぜい月に1回か2回だったわ。仕事が暇だったり、退屈だったりしたときに通信チップを介してやりとりをしていたの。薬物治療を終えたとはいえ、放って置いたら自殺しちゃいそうだったからね。監視兼話し相手として特別な仕様のAIだったわけ』


「悪用しまくってる。裏切られた気分だぞ」

「ネガティブ。正しい運用だと確信しています。それに殆どはナツキ君のバイタルに関する情報です。こっそり入れ替わっていたときくらいですよ、プライベートな内容を聞いたのは」

「訂正する。お前なんか好きじゃないし、全く愛していない。これでいいか?」


「ナツメ博士、手遅れだと思います」

「勝手にヒバナのとこに電話回線繋いだり、リリィを甘やかしたり、コントロール奪われてるのを察知したり、注意していればもっと早く見抜けていたわな。主人を危険に曝すAIなんて本当なら存在しちゃいけない」

「酷いことをしたわ。どんな罰でも受ける。望みがあれば言ってみて」


 もう呆れ返って頭痛がしてくるレベルだ。過保護にもほどがある。

 リリィにだけ本音を話したつもりが筒抜けだとか酷すぎるぞ。

 そんな俺が逡巡して出した結論……


「これまでの貸し借りは全部チャラ。しかも今から、くたびれたおっさんと並んで歩いてもらう。せっかくの美人が台無しになるぞ」

「そういう変な引け目を感じないでほしいわね」

「おまけに疲れたら一緒に休んでもらう。これでいいか?」


「もちろん。大歓迎よ」

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