第40話 大事なことは口に出そうぜ?

 思わせぶりな発言だけ撒き散らしてその後はノーヒントという、ザ・糞ムーブをかまされている。

 タカツキの爺さんは間違いなく『祈りの家』とやらがどこにあるのか知っているくせに頑として教えようとはしなかった。

 カタギリファウンデーションをクビになった俺は次の仕事を探すので精一杯で、得体の知れない宗教施設っぽいものに辿り着く余裕がない。


 しかし、だ。

 慣れとは怖いものである。

 朝、安ホテルの一室で目を覚ますと自分以外に誰もいないという(エルは除外する。AIだし)状況をひどく不安に思ってしまう。


『おはようございます、ナツメ博士』

「お前じゃないんだよなぁ」

『ネガティブ。流石にそれはあんまりです』


 エルの抗議をあしらい、チェックアウトを済ませて外へ出る。

 手荷物ひとつないし、ついでに言えば右手そのものが無い。

 決意して遠出してみたが、新幹線の停車駅に近い割に閑散としている。


 まぁ、日本自体にもう活気がないから仕方ないけど。せめて観光立国として生き延びて欲しかったが西と東に分かれ戦争するようじゃお終いだ。

 そんなわけで寂れた地方都市にシティコミュターは走っておらず、未だに有人のタクシーすら見かける。

 俺が手を上げて留めたのもそんな中の1台だった。


「どちらまで?」

「えっと『祈りの家』って場所、分かる?」

「お客さんもドクター・キヅキの所へ行かれるつもりなんですね」


「キヅキ先生が亡くなっているのは知ってるよ。家そのものに用事があるんだ」

「はい、わかりました。ところでお客さんは東京から?」

「あぁ、飛行機でね」


 老齢の運転手は「そうですか」とにこやかに頷いてタクシーを発車させる。

 座席の横側にはレバーが付いていて、左手で操作する度に車体の発する音が変わった。

 おいおい、まさかマニュアルトランスミッションとかいうヤツか? 科学博物館でしか見たことないぞ?


「まさか、このタクシーってガソリンで動いているのか?」

「はい。観光客の方は喜ばれますよ」

「違法じゃないのか?」


「田舎では悪法なんか関係ありません。まぁ、桜保護法には私個人としては賛成ですけど」

「化石燃料が未だに売っていることに驚く。2077年だぞ今」

「海沿いには結構、ガソリンスタンドがありますね。やはり観光客の方が物珍しさで買って、水筒に入れて持って帰っています」


 爆発するだろ、それ。

 嘘かまことは知らないし、ツッコミを入れたら疲れそうだ。

 不毛な会話を打ち切りたくて窓の外へ目を向ける。


 水平線が見える。

 日本海は綺麗だった。東京湾と比較して……という意味で。

 タクシーは海沿いの道をずっと進んでいる。車内は微妙な空気だったが、老齢の運転手は慣れているのか気を遣う様子もない。


「実は、半年くらい前にも『祈りの家に行きたい』というお客さんを乗せましてね」

「かわいい女の子だっただろ。亜麻色の髪の」

「あら、もしかしてお知り合いでしたか?」


「俺の娘だったんだよ」

「過去形なんですねぇ」

「家出しちまった。未だにどんな顔で会えば分からなくてさ」


「そういえば妙に人間臭いアンドロイドでしたね。二の腕に線がありました。機械が逃げ出すことなんてあるんですか?」

「あるみたいだな。ガソリンエンジンのタクシーがまだ走っているんだから、それくらいあっても不思議じゃないだろ」

「左様で」


 リリィは通信端末を搭載していないから、アンダーネットを使った調べ物ができない。

 駅まではなんとか着いて、その後で土地勘のあるタクシーに頼ったのも無理はなかった。

 

 なお、料金は予想していたよりも高い。抗議しても無駄そうだったので素直に払って降りると、そこは広い敷地を持つ屋敷だった。

 いや、どちらかというと作りは病院に近いかな?


 日本の田舎町に似つかわしくない西洋風の建築で、随分と潮風に晒されたようでボロボロだった。

 しかし庭の手入れは行き届いているらしく、花壇や柵に荒れた様子は無い。

 真ん中では大きな銀杏いちょうの木が色付いていた。


「さてと」


 玄関はあったがインターホンが無い。

 息を大きく吸ってノックをしてみた。柄にもなく緊張している。

 この距離だと「敵性意志」と判断されている可能性があった。


 素直にあの子が出てくるなんて考えていない。

 しばらく待っていると、ふんわりとしたショールを羽織った老婦人が「どちら様?」と出てきた。

 雰囲気だけでなく口調も上品だった。


「はじめまして。ナツメ・ナツキと申します。あなたがキヅキさんでしょうか?」

「あら、主人に御用かしら。あの人は……」

「ドクター・キヅキが3年前にお亡くなりになられたのは存じております」


「立ち話もなんですから入ってくださいな。ちょうど午前のお茶をしようと思っていたところなの」

「お邪魔します」


 キヅキ邸はなんでも昭和に建てられた診療所だそうで、それを旦那さんが買い上げて直したそうだ。

 レトロな雰囲気は抜群で、廊下には油絵や鉄製の小さな置物が飾られている。

 婦人は床を軋ませながら応接まで通してくれた。


「主人が亡くなる前まで、ここは救貧院と似たことをしていました」

「今はあなただけで住んでいるのですか?」

「人間は私だけですね」


 腹の探り合いをするつもりはなかったが、誤解を与えてしまった。

 いつになく丁寧な口調を使っているせいで調子が狂う。

 ただでさえ遠出して疲れているのだから気を付けなければいけないな……


「ここのことはタカツキという人から聞きました。どういう場所で、どこにあるかまでは教えてもらっていません」

「あら、タカツキ先生とお知り合い? 彼はお元気かしら?」

「えぇ、とても元気です」


 憎たらしいグラサンアロハシャツ爺の顔が浮かぶ。

 あれを元気と呼ばずして何を元気と呼べばいいのか。

 俺の心中を察したのかキヅキ婦人は少し困った顔をしてみせる。


「タカツキ先生は、うちの主人に負けず劣らず変わった方ですからね。ところであなたはどんなご用事でここへ?」

「その前に少しだけよろしいですか。この『祈りの家』を探し出すまで3ヶ月以上かかりました」

「でもご覧の通り、ここには何もありません」


「いえ。そうではないんです。ドクター・キヅキのことを知ったのも同じ時期ですね。彼は比類なき天才でありながら名前は全く残っていないんです」

「変わり者でしたから」

「失礼ながら、ご主人は表に出せないような研究開発に携わっていた。どの時点からかは分かりませんが、あなたは知っている筈です」


 また困った顔をみせる。

 とても上品な人だと何度も思う。

 故にしたたかな面も見え隠れしている。


「えっと、すいません。そっちは本題じゃないんです。別にドクター・キヅキの研究資料が欲しいとか、そのことで恫喝しようとか、そういうんじゃないんです」

「では本題は?」

「あの子からは、俺のこと何て聞いてます?」


「そうですね。『最低のお父さん』とか『顔を合わせたくない人』とか、そんな感じでしょうか?」

「あぁ……そういうわけですね」

「多感な年頃なのでしょうね。いえ、再起動したのがいつかは知りませんけど」


「2077年3月22日10時4分に再起動しました。完全に停止した状態からです」

「まだ半年しか経っていないのに、あんなに情緒面が不安定になるなんて……一体、どんな教育をされたのか聞きたいところですよ」

「すいません。それに関しては弁明も何もできませんね……」


 この人、意外とネチネチ責めてくるタイプだ。

 そう直感したのでなるべく話を早く切り上げたくなってくる。

 かといって逃げ出すわけにもいかない。


はここにいたのですか?」

「そうですよ。主人が生きていた頃にですね。『人生最大の傑作』だと自慢していました。勿論、どの子を指しても同じことを口にしていましたけどね」

「この救貧院には他にもアンドロイドがいたということでしょうか」


「えぇ。世間に出すわけにもいかず、かといって意志を持たせてしまったのだから停止ころすわけにもいかない。皆が皆、複雑な立場で家族のように暮らしていました」

「書類上、ドクター・キヅキは東京の空爆で亡くなっています。その後、何十年も死んだふりをしてまでここにいた理由がわかりません」

「簡単なことですよ。ここは私の故郷。主人は気を遣ってくれたのです」


「そうなると今度は、あの子が1度は機能停止した理由がわかりません」

「細かいことを気になさるのね。それも簡単なことで、主人が亡くなってからあの子は生きる気力を失ったのです。そして自ら停止を望んで記憶を全部消した」

「アンドロイドが自殺するのですか?」


「寿命の設定されていない『White』ホワイトはほんの一握りです。仲間が次々と亡くなっていくのを、あの子は目で見て肌で感じています。主人が最後の引き金になったのでしょうね」

「あなたは、そのルーツを教えてしまった」

「勿論ですよ。あの子がそう望んだのだから」


 ここで話は区切られ、カフェインレスのお茶が出された。

 湯呑みはトラディショナルな白磁で、よく温まっている。

 あくまで「お構いなく」と告げておいたのだが。


「私にも聞かせて。あなたは何を望んでここに来たのかしら?」

を渡しに。それだけなんです」

「郵便でもEメールでも他に手はあったでしょう」


 仰る通りで、飛行機代とタクシー代とホテル代を出すまでもない。

 ただ渡すならそれでいいんだ。

 前の俺なら迷わずそうしている。


「やっぱり手渡しが1番かと思って。でも本人が出てこないみたいなので預かってもらえますか?」

「ちゃんと渡しておくわ」

「ありがとうございます」


 本当にそれだけだった。

 滞在時間は30分もなかったと思う。

 俺は東京ハッピーランドのペアチケットと、飛行機の片道チケットをキヅキ婦人に渡して早々に去った。

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