第36話 カーアクションは懲り懲りだぜ?

 社長襲撃にもテロにも屈しなかったカタギリファウンデーションは賞賛を浴びていた。

 これこそ東京のウォーターフロントを復興するに相応しい企業の姿だ、と。

 民衆ってのはいつの時代も呑気なもので本質的な問題はスルーしてつまらない議論ばかりを好む。


 あるいはヒロイックサーガに酔って物事に対して評価を下せなくなる。

 俺はそんな世間に嫌気が差しているし、組織という枠組みも好きじゃなかった。

 けど今この瞬間くらいは感謝してもいい。


 エルから通信があったという東京ビッグサイト跡地には、既に何台もクルマが到着していた。

 ノコギリみたいなオブジェの下にはコミケ参加のコスプレイヤーも真っ青な強化外骨格スーツ姿の連中がズラリと並んでいる。大手サークルの列形成かよ。

 なお、東京ビッグサイトはもう一般的な展示に使われていないし、今のコミケは晴海客船ターミナルで行われていた。


「よくこれだけ短時間で集めたものだな」

「やられっぱなしってわけにはいかないもの。千葉にいるときには準備しておいたわ」

殺し過ぎオーバーキルじゃないか?」


 殺し屋と私設兵のどっちが強いのかに興味はないものの、数では圧倒しているだろう。

 が余剰戦力を有しているとも思えず、向こうにとって有利に働く材料はリリィを人質にしていることくらいだ。

 サクラギは腰抜けだから既に逃げ出しているだろうが、不浄の薔薇ダーティローズは内部にいると思う。


 俺とヒバナはクルマに乗ったまま、ドローンのカメラでビックサイト前の様子をうかがっている。

 周囲には警護のグラサン黒スーツが『休め』のポーズで直立している。本当に気休めにしかならないのがポイントだろう。


「あの映像ってビックサイトの中なのかホントに? コンテナあったけど」

「廃材入れでしょうね。来年には取り壊される予定だもの」

「仮にリリィがいたとしてどこだろうな? 西館か、東館か、北館か、南館か。そもそもどのフロアなのか」


「その辺りのことは偵察用のドローンに任せましょう。私たちは意思決定すればいいの」

「問題は敵がどの段階からこの構図を描いていたか……ってことだ」

「入念な準備をしているってこと?」


殺し過ぎオーバーキルは向こうだな。オッサンひとり殺すのにこんなに手をかけるなんて」

「……防御は手薄にならないようにしておくわ。心配しないで」

「そうだな」


 到着から1時間ほど偵察が続き、リリィは西館の4階に囚われていることが分かった。

 例の突撃アサルトタイプの強化外骨格スーツも一緒だが操縦する人間はいない。

 私設兵たちは西館のスロープを登っていく先発隊と、時間差で正面から突入する別働隊に分けられた。


 本陣(つまり俺とヒバナの乗るクルマ)への奇襲も想定して人員は残してある。

 リリィは傷付けず確保することが徹底的に周知され、いよいよ作戦開始となった。

 なお、サクラギも不浄の薔薇ダーティローズも姿を見せていない。


「動きがないわね。この場所は放棄したのかしら?」

「俺なら逃走時間を稼ぐための囮に使っただろう。サクラギも同じことを考えたかもしれないな」

「リリィちゃんが無事に戻ってくるならそれでいいわ」


「……何もされていなければな」

「不吉なこと言わないでよ」

「奴だってアマワにいた科学者だ。アンドロイドの中身を弄るくらいわけもない。それが旧式なら尚更だ」


「相手に余計な時間は与えていないわ」

「俺だってそんなこと想定したくないさ。けど、あれだけリリィに執着していた不浄の薔薇ダーティローズが傍にいた。サクラギが俺よりもリリィの駆体に詳しい可能性もある」

「例えば、どんな?」


「あの子は人間に対するセーフティを持たない。だから潜在意識を書き換えて、攻撃目標を設定することができるかもな」

「そういう機能を持ったアンドロイドって存在するのかしら。専門家として答えて」

「これまでは確認されていないし、BLACKは絶対にそんなもの作らない。セーフティを積むキッカケになった、しょーもない兵器があったんだ。戦闘人格バトルフェイスっていう自動爆撃機だったかな?」


 座席の前に投影される立体映像が灰色の通路を進んでいく。ガラスが砕かれた廊下は潮風に吹き曝されて荒れていた。

 私設兵たちは強化外骨格スーツのスクリーンヘルメットの奥で深い息を吐いている。

 緊張が俺にも伝わってきた。通信では「クリア」という言葉が繰り返される。


 スムーズに行き過ぎていて怖い。

 本当に何も障害はないのだろうか?

 全部、俺の杞憂ならそれでいい。


 口元を押さえて、これまで起こったことを遡っていく。

 アクアライン。ジャスコ。コロッケ。クルーザー。スケーリングが全く違う事象が脳を駆け巡り、バラバラのパーツになった。


 その中でふと思い出す。


「ヒバナ、潜入した連中に伝えられるか? 西館4階で鎮座している敵の強化外骨格スーツだが、背面のミサイルが残っている可能性がある。わざわざ外したとも思えない」

「天井のある空間で撃ったら自爆になるわ」

「館内にはもう爆発しても構わないものしか残っていない。撃つとしたらココだろう」


「スーツを使う人間はいない。あの位置からこのクルマを狙えるの?」

「着弾点を目視観測して、火器管制システムを遠隔操作リモートすればできると思う」

「どこからか観察されているってこと?」


「その可能性もある」

「すぐにクルマを出して! ここから離れればどこへ向かってもいいわ! 本陣周辺の人員は高所を警戒!」


 周りにいた『休め』のポーズをしたヤクザたちが慌てて駆け出していく。

 俺たちを乗せたクルマはホイールスピンしながら発進した。

 同時に報告が上がってくる。


『いました! 観覧車の上です!』


 ぶっ壊れて半月みたいに欠けた大観覧車。

 その天辺で光が反射した。

 人影がそこからジャンプし、旧ゆりかもめの線路へと着地する。


 生身の身体能力ではない。正体は確認できなかったが不浄の薔薇ダーティローズに違いなかった。

 加速Gでシートに押し付けられ、反射的にルーフ近くのアシストグリップを握る。

 ヒバナは体勢を崩して俺の上に倒れ込んできた。


 仕方ないので支えてやると、すぐに立って隣に座る。

 髪が乱れて顔が赤い。どこかにぶつかったわけでもないのに。


「どさくさに紛れて胸触ったでしょ?」

「はぁ? こんなときに何言ってんだ。生娘じゃあるまいし」

「せ、せめて不可抗力って言いなさいよ!」


 通話中に入浴シーンを披露する女のセリフじゃない。

 こいつの感性はイマイチわからないんだよなぁ……

 ヒバナはすぐにシリアスな顔に戻ってコメカミに指を当て、部下に指示を飛ばした。

 

「逃しちゃダメよ!」


 強化外骨格スーツを着た男たちが推進剤を吹かし、線路の上へ降り立つ。

 こちらも別のモニタで映像中継された。

 内部の方は動き無し。ミサイルの件があるので躊躇したようだ。


 黒薔薇の女は、相変わらずだった。

 胸のフレームだけ黒く塗装してある。よほど拘りがあるのだろう。

 私設兵たちの姿を確認しても怯まず接近してくる。


 続けてビックサイトの方でも動きがあった。もう一方のディスプレイは、裸のままワイヤーに絡められたリリィを映している。

 その背後で人形師のように立ち尽くす突撃アサルトタイプの強化外骨格スーツはハッチを開き、白煙と共にミサイルを吐き出していた。


「このクルマって電波欺瞞紙チャフは積んでいないのか?」

「無い物ねだりはしないほうがいいわ。VIP用だから防爆性能はそれなりね」

「流石にミサイルは想定外だろ。完全にロックオンされたみたいだ」


 最悪……じゃなくてエブリディハッピーと叫んでやりたい。

 西4ホールの天井を突き破った飛来物が遠くに見える。クルマは片側4車線の高速道路……湾岸線に入った。

 千葉方面へ進めば世にも恐ろしいハッピーランド渋滞が待っている。


 他に車両はいないものの、このまま追尾されればいずれは爆発四散してしまう。しかも罪のないファミリーも道連れだ。


「自動運転の進行方向を都内に向けてくれ」

「そっち方面の首都高は途切れてるわよ。ジャンプでもするつもり?」

「このクルマ高そうだな。弁償できそうにない」


「……そんなにケチじゃないわよ、私」

「ついでに度胸もあるよな」

「それはあんたの方よ。ビックリするほど冷静ね」


「ピンチになる程、アタマがスーッと冴えてくるタイプらしい」

「都内へ向かってちょうだい。あとドアロックを外して。緊急事態よ」


 車載AIは「本当によろしいですか?」と念押ししてくるが、ヒバナは語気を強めてOKを伝えた。

 着弾まで何秒あるだろうか。

 電子光彩の赤い瞳がジッと俺を見る。1度だけ頷いて、クルマのドアを開けた。


 時速100キロ以上でアスファルトが後方へと流れていく。

 冷たい風が車内に流れ込んできて銀色の髪がなびいた。

 実は平静を失いかけていたがカッコつけてなんでもないフリをしている。


「後続車がいないのがせめてもの救いだ。お台場なんて廃墟同然だし」

「私の会社が再建するから心配しないで」

「そうだな。いくぞ」


 ヒバナの頭を強く腕で抱き締め、打撲とか骨折とか色々と考えたくないことを呑み込んでクルマから飛び降りる。

 どこが痛むのか、どっちが地面か、何も分からなかった。

 何十回も叩きつけられた体の回転がようやく止まる。


 走り去る車両をミサイルが追っていく。湾岸線から都内へ逸れてゆき、しばらく経ってから爆圧と轟音がした。あっちの方も廃墟だから問題はないだろう。


「あんた、生きてる……?」

「腰を思い切り打った。立てないかも」


 先に体を起こしたヒバナは、空を仰いで倒れた俺の顔を覗き込んでくる。

 えらい心配顔だ。今にも泣きそうである。


「頭は打ってない。柔らかいクッションがあったからな」


 ニヤケながらヒバナのデカい胸を指してやると、手首ごと捻り上げられた。

 怪我が増えたじゃねぇか……ちくしょう。

 手を引かれて立ち上がり、フラつくヒバナと互いに支え合って道路の脇まで退避する。


 ビックサイト方面を確認するが他にクルマはいない。

 いないが、代わりに歌声が聞こえてきた。

 バッハだかフーガだかそんな名前である。反射的にエルに質問しようとしたけど、あいつはハッキングされたままだ。


「……音痴ね」

「本人に教えてやれ」

「こんな短時間で突破されるなんて、お金出して雇った連中は今ごろ何しているのかしら」


 血でベッタリと濡れた金髪と片目を閉じた碧眼。

 右腕が折れているらしくダランと下げ、肩で息をしている。

 白亜の強化外骨格スーツは胸元だけが黒く塗られて薔薇の花が咲いているみたいだった。


【逃しませんよ、ナツメ・ナツキ】

 

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