第34話 神を宿した乙女の行方は
「ダメだなこりゃ。使えない部品の方が多い」
【神経回路は移植できますか?】
「やってみなけりゃなんとも言えん。記憶だけじゃなくて外装も使い回すのかい?」
【可能な限りは】
「酔狂だねぇ。壊れていないモンを使って、壊れてるモンを直すだなんて」
【そのためにあなたをお呼びしたのですよ、ドクター・タカツキ】
水晶に閉じ込められた人造乙女たちを前にして、サングラスの老人は禿げ上がった自分の頭を撫でている。
アロハシャツにサンダルという季節感を無視したスタイルだ。
半分しかない顔が不快そうにしており、申し訳なかった。
技術的な問題で彼にしか任せられないのだから仕方ない。
老人の傍らに従う褐色肌のアンドロイド少女はツールバッグを背負っている。
アシスタントとして連れてくるとは聞いていたが、BMZ2-2のカスタムモデルだ。
挙動が人間のそれに極めて近くて自然なので驚く。
ちょっとした歩行で爪先に体重をかけたり、微妙に重心が傾いていたり、はにかみ笑いしたり、全てが精緻で適度なアンバランスさで組まれていた。
これは欲しくなる。
「言っておくが、そんな目をしてもうちのモモは譲らんぞ」
【失礼。いつかはドクターにカスタムを依頼したいものです】
「ジャンクを売る商売は気楽だが、客のオーダーを受けるってのは面倒でな。ワシが完璧だと思って引き渡してもクレームが返ってくる。そこまでして金を稼ぐ価値はない」
「おじいちゃん、お客さんの悪口ばかり言ってちゃダメだよ」
「はいはい、分かってるって」
「泊まり込みのお仕事なんだからね。気合入れないとね?」
モモと呼ばれたアシスタントは咎める口調で半眼になる。人間の脳でも移植しているのではないかと疑ってしまう。
どれだけ自律AIが進化したとしてもヒトとは違う。
だがドクター・タカツキの作品はその壁を軽々と超えているように思えた。
「仕入れで台場に来ることは多いが、こんな場所があるなんて知らなんだな」
【このコレクションホールを知っている人間は片手で数えられる程度ですからね】
「作業が終わったらワシは口封じに消されるのかのう?」
【MCMAXICIXシリーズの開発に関わった方を消したりはしませんよ。敬意を払っておりますので】
「あれに関わった科学者なぞ、金に目が眩んだ人間じゃぞ。あるいは倫理観を捨てた狂人だな」
【結果を求めれば当然の選択ですよ。異端者は時代が変わらないと評価されないものです】
老人は「ふむ」と顎を撫でて、あたしに向き直った。
右腕はカタギリ・ヒバナに折られて三角巾で吊っている。
人工声帯を仕込んだチョーカーに触れるには左手を使うしかない。
奇妙なポーズで立ち尽くし、ドクター・カタギリの次の言葉を待つ。
彼は深く考えているようだった。
しばらくして天井を仰ぐ。シワの刻まれた額を撫でながら、バツが悪そうにしていた。
「実は、ちょっと前に金払いの悪い客から問い合わせがあってな。MCMAXCIXの
【その取引相手はナツメ・ナツキですか?】
「顧客情報は守秘しなくちゃいかん。だから答えられん」
間違いなくナツメ・ナツキのことだろう。
あたしはハッキングした直後のエルを追い、タカツキ商店と彼の元にたどり着いている。
あの場の話し合いで素直に5号機を譲渡してくれれば後の面倒は全部無かったのだが。
「20年来の馴染みだったが、教えなかったよ。また妙なことに首を突っ込んで火傷されてもワシの寝覚が悪くなるからなぁ」
【顧客情報を守る気が無いように感じられますが?】
「最低限って意味じゃ。それに初めてのデートで女の子をジャンク屋に連れてくるようなバカ中学生だったから構わんよ。あんな美人がどうしてあんな阿呆に惚れたのか心底不思議じゃ」
あたしとしては少しでも情報が手に入るならそれで構わないが、逆に考えればこの老人からナツメ・ナツキに所在が露見することも考えられる。
口止めはしておくべきだ。場合によっては物理的な意味も含めて。
【ここのことはご他言無用】
「分かっておるわ。殺されたくないからな」
「おじいちゃん、お客さんの悪口はダメだよ」
またもモモが諫めてくる。
ドクター・タカツキの前でなければ、彼女の頬を撫でてやりたいくらいだ。
もしもここの場所をバラしでもしたらモモと命を頂くとしよう。
「しかし、妙な話だわな。MCMAXCIX-05は『祈りの家』にいた筈じゃ。どうしてお前さんが持っている? あの家の主人とワシらには約束がある。いくら金を積んでも譲ってくれるとは考えられん」
【まだ所持しているわけではありません。この近くでロックされています】
「強奪でもしたのか?」
【その祈りの家の主人とやらから奪ったのではありません】
「ま、命が惜しいから深くは追求せんよ。
【ありがたいスタンスです】
リリィの駆体は今、コレクションホールから少し離れた場所に保管している。
髑髏マスクの男はあろうことか
従わなければ自爆機能を使って吹っ飛ばすつもりだ。
本人が姿を眩ましているのは、あたしと顔を合わせれば殺されると分かっているからだろう。
ジャスコへの襲撃では僕たちに明確な焦りが感じられた。
髑髏マスクの態度の変化から察するに、アマワ本体からの支援を打ち切られたのかもしれない。
強化外骨格スーツを借りる身とはいえ、回収は自分で用意したバーティカルジェットを使うべきだった。
そうすればわざわざナツメ・ナツキを殺す手間が省けただろう。
あの男自身は大した脅威ではないが、すぐ横にいるカタギリ・ヒバナは相当に厄介だった。
誤射のフリで痛ぶりなどせず、最初に殺してしまえばよかったと後悔する。
奇妙な
「5号機がここに届くまで待機でいいんじゃな。その分の日当は……」
【勿論、お支払いしますよ】
「助かるなぁ。サービスでMCMAXCIXの裏話でもしようか?」
「おじいちゃん、若い人に昔話を聞かせても喜ばないよ」
【それは興味がありますね。場所を変えますか? 近くで本物のカフェインを扱っているカフェがありますよ】
「ここでえぇわい。2号機の目の前で話すから意味がある」
もしかして、
時折向ける厳しい視線には憎悪が篭っているようにも思える。
目配せであたしに「さっさと摘み出せ」と訴えてきた。今回ばかりは興味が勝ってしまったので、後でフォローをしておこう。
「ワシらは30人足らずの技術集団でな、資源枯渇に危機感を持っていた石油の国の王子様に雇われていたんじゃ。地下資源に経済を依存しない国づくりをする。そのための産業としてアンドロイドが選ばれた。当時は自動車産業や航空機産業は後発が不可能と言われていてな」
【しかし、既にBLACKが存在したでしょう】
「今ほどの規模じゃなかった。そうだな、ヘンリー・フォードが登場する前のクルマ業界くらいの感覚じゃろう」
【結果として中東のアンドロイド産業は大成しませんでしたね】
「あいつらには技術に対するマインドが無かった。いや、西洋文化へのコンプレックスの中で失ってしまったと言っても過言じゃな。かつては世界の中心だったというのに」
【5機を試作しただけでMCMAXCIXのプロジェクトは終了しましたね。諦めが早かったのでしょうか】
「いや、開発の中心となる天才が抜けてしまって計画そのものが頓挫した。残りは有象無象で、ワシもその1人じゃった。日本が東と西に別れてバカな戦争を始めたせいで、そいつは帰国しちまった……」
【ここまでは複数のテキストで確認できる史実ですね。裏話というのは?】
「現存しているのは2号機と5号機だけじゃ。ツラは全く同じだが、駆体に差異があるのは気付いたかのう」
あらためて水晶の中に浮く、あたしの2号機を見る。半身を失って裸だったが軍帽だけは被せていた。
リリィこと5号機との外観上の違いは理解している。
【バストサイズです。5号機の方がかなり大きいですね】
「正解じゃ。何でだと思う?」
これが
単なる持ち主の趣味である。
しかし、あらゆる制約を取り払って
【皮脂に防弾樹脂を入れて防御力を高めるのが目的でしょうか?】
カタギリ・ヒバナもその手の整形手術をしていた。
大きな胸のせいで連想してしまい、特に考えず口に出してしまう。
老人はケラケラ笑っているので不正解なのだろう。
「番号順に駆体を作ったんだがな、例の天才が『もっとおっぱいが大きい方がいい』と言い出しよった。だから末妹だけ爆乳になったんじゃよ」
【ある意味では貴重な情報ですね】
「本人は揉みしだくこともなく死んじまったがな」
生きた証言としてメモしておくか迷う内容だ。
ドクター・タカツキの冗談という可能性もあり、とりあえず保留しておく。
あとは取り止めのない雑談をかわし、あたしは休憩を理由にコレクションホールを後にした。
ちょうど廊下に出て4畳の狭い寝室へ向かおうとしたところで新しいメッセージを受信する。
髑髏マスクの男からだった。
曰く『エルの通信を使ってナツメ・ナツキをリリィの元に誘き寄せた。殺してこい』出そうだ。
こちらに相談も無しに勝手に物事を進めないで欲しい。
焦っているのは間違いなかった。
あたしの準備を無視してくれるあたり、相当なものだろう。
残念ながら魂胆は透けている。
あたしたちをリリィの近くでぶつけて、タイミングを見計って強化外骨格スーツを自爆させて巻き込むつもりだ。
どんな道が待ち構えているとしても行くしかない。
踵を返して寝室ではなく倉庫へ向かう。
コレクションホールは船の科学館に隣接した公園の地下にあり、電子パスが無いと出入口は開かない仕組みだ。
一方で倉庫は海に面した1階部分にある。
狭くて暗い階段を登って扉のロックを通った。
倉庫は天井までが高く、トラックが2台並んでいる。
そのうちの1台の荷台には偵察用の強化外骨格スーツが積まれていた。
リリィに壊された後ですぐさま修理し、スタンバイしておいたのである。
だが胸のフレーム部分は塗装が剥がされて白に戻っていた。
あたしはその辺に転がっていた工具箱の中からマットブラックの缶スプレーを取り出し、吹き付けてやる。
重なり合った複雑なフレームは薔薇の形に見えた。黒く塗ってやると花弁が浮き出したように見える。
速乾性なので1分後には触っても大丈夫な状態になった。
あたしは三角巾の中から注射器を取り出し、左手に握って右肩に刺す。
折れていた右腕からスーッと感覚が消えていく。
これで片腕しか使えない。だが半端に痛んで足を引っ張られるより、腕がない方がマシだった。
動く左手で動かない右手を持ち上げ、強化外骨格スーツに腕を通す。
偵察用故に
『警告、スクリーンヘルメットを着用してください』
味気ないデジタル音声は無視しておく。
頭部を防護する必要は無かった。
否、閉所恐怖症だからヘルメットの中に閉じ込められたくない。
【ドクター・タカツキ。事情が変わりました。すぐに5号機を回収してきます。準備をしておいてください】
チョーカーを押さえてショートメッセージを送っておく。
倉庫の重いドアを開け、かつてはゆりかもめと呼ばれていた廃線に飛び乗る。
遠くには三角形を逆さまにした古臭い建物が見えた。
リリィはそこに保管されている。
急がなければ。
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