第33話 アクアラインは老朽化してるぜ?

 蜥蜴から尻尾を切り離すことには成功した。

 問題なのは切り離された尻尾が今だに俺の命を狙っているかどうか……という点だ。

 何せなんてクレイジーな名前である。


 おまけにクソッタレのサクラギ・タイガが首謀者ときたもんだ。

 あの野郎は刺されても文句を言えないほどやらかしている。

 俺が人格者でなければさっさと敵の本陣に乗り込んでライトセイバーで無双してやっていたところだ。


 それになんだあのコスプレ染みた格好は?

 髑髏のマスクに学ランだって?

 コミケまであと3ヶ月以上あるぞ。


「少し落ち着いたら?」

「冷静でいるのが難しい」

「あんたの仇敵だもんね」


「なんかもう私怨で命を狙われている気がしてきた」

「アマワは復讐を補助してくれる福利厚生制度でもあるの?」

「あったら俺の方から不浄の薔薇ダーティローズを送ってやったよ。つーか俺も奴もクビになってるから社員じゃない」


 ダックスフンドみたいに胴長の高級車に、俺とヒバナは向き合って乗り込んでいる。

 自動運転用のAIが組み込まれていて、行き先を告げるだけで済む。

 なお坂口が運転していないのは、俺を殴ったせいでヒバナにこっ酷く叱られたからである。


「不遇な人間ってのはどこにでもいるもんだな」

「それ自分のことじゃないでしょ」

「エスパーかよ。このレベルの機微まで読み取られると引く」


 車内は全てがハイエンドな造りでワインセラーまで完備されている。

 アルコール禁止の世の中だが、その中に本物が入っているのは疑う余地もない。


 座席だけで家が買えそうな座り心地で、しかも皮張りだ。動物愛護団体が見たら卒倒するだろう。

 パネルは木目調では無く、本物の木を削り出していた。植物愛護団体が見たら吐血するだろう。

 世間を冒涜しまくった乗り物で素晴らしい。


 そんなわけで千葉県を脱出してアクアラインを絶賛走行中である。

 ジャスコの襲撃以後、アマワ本体から見放された(ヒバナを誤って撃ったことが決定打だった)は補給を受けた形跡も無いそうだ。

 どこで情報が漏れているかも特定できており、それならばカタギリファウンデーションの警護が厚い東京の方が安全だという判断が下される。


 エルの管理者権限は未だに不浄の薔薇ダーティローズが持っているし、リリィの行方も分かってはいない。

 この状況で悪くない点を無理矢理挙げるとすれば……


「何? 私の顔に何か付いている?」

「いや、なんでもない」

「また失礼なこと考えてるでしょ」


 向かい側にはクルマのグレードに見合うビシッとしたスーツ姿のヒバナがいる。

 船橋の家でラフな格好をしていた時とはオーラが違って見えた。

 一方の俺は仕事着……つまりは白衣を着ている。悲しいけどこれが落ち着くのだ。

 

「勝利の女神様が味方でいてくれて感謝しかない。そんなことを考えていたよ」


 いけない。うっかり褒めてしまった。

 途端にヒバナの口元が緩む。

 残念ながら高潔な天使ではなく、狡猾な悪魔の笑みだ。


「殊勝な態度ね。そうやって素直でいれば万事うまくいくわよ」

「そうだな。リリィとエルが抜けたせいでチームの平均年齢が30を超えてるから、さっさと助けたい」

「どんなチームよ。それにリリィちゃんの製造年月日はかなり昔でしょ。エルだって相当な旧式だし。アベレージの計算が間違っているわ」


 ちょっとマイナス発言してバランスをとっておこう。

 調子に乗ったヒバナは本当に強いが、勢いがつきすぎてつまずくケースも多々ある。

 指摘はごもっともだが、俺は窓の外へ目を遣って誤魔化した。


 東京ハッピーランド方面の高速道路は『ハッピーランド渋滞』と呼ばれる慢性的な混雑が起こるし、その先のシュトコーは破断して通れない。

 巻き込まれればチョコクランチで武装した親子連れ相手に3日は足止めを食らう。


 AIの迂回ルートの選択は正しかった。

 この辺りの海は浄化装置とカーテンが無いからひどく濁っていたが、飛び込むわけじゃないから特に気にはならない。

 多少の景色の悪さに目を瞑ればドライブ日和と言える。


 こんなセレブ移動する機会は今後ないだろうが、やはり心の奥底の焦りは拭えていない。

 ヒバナと話すことで多少は和らいでいたもののサクラギのツラを思い出してしまい、気分が悪くなってきた。


「もうそろそろ海ホタルだけど休憩する?」

「いや、いい。さっさと東京に戻ろう」

「我慢できなくなったらちゃんと言いなさい」


「確かに俺じゃあ、こんな高そうな内装のクリーニング代なんて払えないさ」

「ひねくれている上に心外ね。そんなにセコくないわよ」

「……気遣いばかりさせて悪いな」


「やっと理解したわね」

「やっとだよ」

「ま、今のうちに休んでおきなさい。あんたが直接、殴り合いの場に出ていくわけじゃないけど」


「やっぱりライトセーバー借りよう」

「うちの会社には無いわよ、そんなもの」

「純真なオッサンに淡い期待させやがって」


「あんたらしく戦いなさい。頭脳戦が本分よ」

「いつもより多く血液を脳に送っている。けど閃きは浮かんでこないな」

「例の髑髏のマスクって、あんたの後輩だったんでしょ? 行動パターンとか無いわけ?」


「頭の切れる奴だ。金銭に鼻が効いて損切りも上手い。株で儲けてたらしいからな」

「損切りで裏切られたわけね」

「そうだよ。風の噂じゃ、アマワをクビになった後で別の会社に就職したって話だ。そこからとかいう下位組織に流れていったんだろ」


「実績を積んで復帰するつもりだったのかしら」

「多分な。当時も出世に執着していて、手早くのし上がりたいからと俺に闇研の話を持ってきた」

「そんな人間が本社から切られた……どんな行動に出るのか読めないわね」


 そこは同意する。

 サクラギはバックボーンを失って、カタギリファウンデーションに追い詰められつつあった。

 奴らしいアクションを想像してみるが、逃げるというのが妥当なところか。


 俺の暗殺を諦めているかは不明のまま。リリィもエルも戻ってこない。

 それでは負けに等しい。

 ヒバナもそのことは分かっていたようだ。


不浄の薔薇ダーティローズは、リリィちゃんの駆体を人質に取られている。変な表現だけど、協力関係は崩れていないでしょうね」

「サクラギなら当然そうするだろうな。何はともあれ奴の潜伏場所を割り出さないと」

「集めた目撃証言によると、例のバーティカルジェットは東京湾方面に飛んで行ったらしいわ。向こうの連中にしても地元ホームの方が動き易いんでしょうね」


「広いし、どこなのかサッパリだ。場合によっては不浄の薔薇ダーティローズのアジトを利用している可能性だってある」

「地道にやるしかなさそう」

「だな」


 今度はこちらのターンで、攻撃に回る。

 居場所の分からない相手は本当に厄介だ。逃げ回っていた俺が言うのも差し障りがあるけどな。

 思わず敵の気持ちを理解してしまうが慈悲はない。


 いっそのこと、こちら側にも内通者がいればいいのだが……

 そんな具にも付かない考えをしていたら、俺とヒバナのちょうど中間に立体映像が流れた。

 どこかの倉庫らしく、薄暗くてコンテナが積んである。特にメッセージも何も無かった上にすぐ途絶してしまった。


「なんだ、今の?」

「……エルからの通信ね。私の連絡先を知っているから」

「管理者権限は敵に奪われたままだ。俺は端末捨てちまったし」


「エルに撮影を命じてメールできる人物が近くにいたってことよ」

「リリィか!」

「おそらく」


 そうか、そうだった。

 リリィは青空文庫の本をダウンロードするため、エルのゲスト権限を持っている。

 もしもリリィとエルが近い位置にいるならば、おそらくは数が少ないであろう敵の隙を見てメールを送れる。


 ……というのが楽観的な意見だ。

 もう片方はシビアで、これは明らかな罠である。

 ハードコアな歓迎をされるかもしれない。


「あるいは逃走用の時間稼ぎかもな」

「送信場所を特定して行ってみたら誰もいなかった……ってのはありそうね」

「ヒバナはどっちだと思う?」


「SOSに1票」

「俺は罠だと思う」

「悲観的ね」


「楽観的ならこんな面倒臭いオッサンになってないさ」

「でも行くしかないのが現状よ」

「それには賛成だ」


 長いトンネルに入り、オレンジ色の光に包まれる。

 アクアラインはもう少しで終わりだ。

 カタギリファウンデーションのスタッフは優秀で、発信場所はすぐに割れた。ここから近く、お台場の辺りだという。


 本当に心休まる時間がない。

 リリィとエルを取り返したら休暇をもらおう。

 墳墓で引き篭もって本でも読みたい気分だ。

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