第24話 乙女の眠る水晶のもとで

「弁解を聞かせてもらおうか」


 立てられた無数のアクリルの棺を前に、その男は高圧的に言い放った。

 彼が依頼主クライアントでなければ首を270度くらい回転させてやったと思う。

 もし愛しい人ダーリンの眠る棺に手を触れたら、神様が相手でも脳天をブチ抜く。


 いっそのこと大仰な無礼を働いてくれれば目先の面倒が減るのに、嘲るかのようにギリギリのラインを攻めてくる。


【ミスター、報告の通りです。それ以上でもそれ以下でもありません】


 首のチョーカーを押さえて人工声帯を震わせる。

 会話さえ出来ればいいという安物なので質は悪くノイズ混じりだ。

 男には聞き取りにくかっただろう。


「なぁ、不浄の薔薇ダーティローズよ。の情報に不足があったことは認めよう」


 頬や顎にピタリと添ったフルフェイスの髑髏どくろ型ヘルメットをした男だ。詰襟で裾が長い服は軍装かと思いきや、勲章や階級章の類は一切付けていなかい。

 仮面で素顔は隠されていても伸びのある声質から、それなりに若いと推測できる。喋り方の荒さからにもそれが滲み出ていた。


 流石にソファに体をもたげているのは失礼なので、あたしも立っている。

 来客があるなんて考えていなかったためラフな薄着だ。

 だが目の前の男は気にかけた様子もない。


はターゲットの名前と居場所と時間しか教えなかった。顔写真を添付しなかった無能な現場担当者は今頃、フェアバンクスの支社でオーロラを眺めている頃だろう」

【栄転ですわね】

「あの場には2人と1体しかいなかった。全員始末するくらいのサービスがあってもよかったのではないかな?」


【申し訳ございません。1人殺す分の前金しか受け取っていなかったのです。ガード用アンドロイドの破壊はオプション料金でした。特急の割り込み依頼としては破格でお受けしたつもりですよ】

「そうだったな。だがね、不浄の薔薇ダーティローズよ。君はひとりも殺さずに帰ってきたんだぞ」

【クレーム処理として、その後また出向いています】


人食いマンイーターフレッドとかいう小者の件かね。君がとして賞金をかけている『White』ホワイトが見つかった……彼からそう連絡があったそうじゃないか」

【急遽、ターゲットにフレッドを追加したのはです】

「ゾンビの存在を広めている厄介者だった。機会さえあればもっと早くに消しておきたかったよ。だが好都合だったのも事実だ」


【ご要望には添えたでしょうか?】

「確かに仕事はこなしたかもしれない。しかし、ナツメ・ナツキは取り逃している」

【お借りしている強化外骨格スーツを破壊されました。契約不履行と備品の破損については違約金をお支払いした筈です】


「勝手にフレームの一部を黒く塗っただろう。その分のクリーニング代は請求していない」

【あれは遊び心です。こういう仕事ころしやで名前を売るための】

「難儀だな」


 そろそろ会話が億劫になってきた。人工声帯は喉に力を込めなければ操作できないので、長時間の使用は苦痛になる。

 もっと高価な製品ならば負担は軽減されるらしいが、そんなものを買ってまで他人とコミュニケーションを取りたいとは思わない。


「アンドロイドを殺した金で、コレクション用のアンドロイドを買い集める。高尚なことをしているな」

【看板では専門を謳っておりますが機械相手の依頼は非常に少ないのです。代わりに人間を殺して生計を立てています】

「ふん。人形狂いドールマニアめ。バイヤーはあくまで収集目的というわけだ」


 髑髏の男が忌々しそうに眺める先には、無数のアクリル製棺が並ぶ。

 どれも透明な材質で作られて足元から薄紫色の電飾に照らされている。

 その中にはたちが閉じ込められているのだ。


 あるものは下肢がなく、背の樹脂骨格がだらりと垂れている。

 あるものは腕がなく、人工筋繊維の千切れた痕がのぞいている。


 どれもくまなく死んでいた。

 終わったまま棺の中に閉じ込められた愛しい人ダーリンたち。


 無粋な訪問者がいなければ、あたしは彼女たちを眺めて酒をあおるという極上のオフを過ごせたのに。

 わざわざアジトまで依頼人クライアントが訪ねてくるなんて滅多にないし、大した用事も無いなら細切れにしてアンダーマーケットの肉屋に売り捌いているところだ。


 ふと、男はコレクションホールの中心に頭を向けた。そこにはもっとも貞淑に弔われた裸の死体がある。

 その子は顔の中心線から右半分が失われ、右肩から胸腔まで深く抉られていた。

 人体標本のようだけど断面は荒く、加工されたのではなく壊されたのだと見て分かるだろう。

 それでも帽子だけはかぶせている。在りし日を忘れないために。


 彼がマスクの下で驚いたのは分かったが、どんな意味合いなのかまでは読み取れない。


「……これは、君が15億円の懸賞金をかけているのと同じ型式のアンドロイドだな」

【MCMAXICIX -02ですね。樹脂骨格のトポロジー解析も不十分だった時代の代物です】

「東京戦争の遺物か」


 彼女の棺の中は硬化させていない。他のがクリスタルなら、彼女のだけは水槽みたいなものだ。特別に。

 軍帽の下から伸びる亜麻色の髪が液体の中で揺らめき、外部と接続された電源ケーブルが淡く光る。

 二の腕にある分割線パーティングラインの上には「02」の刻印が施されていた。


「顔と体が半分しかないのに生きている」

【いえ、死んでいないだけです。デュアルパルスの戦闘人格バトルフェイス側のみ稼働している状態ですね】

「コレクター魂か。既に持っているものと同じものを欲しがるというのは」


 アクリル越しに彼女がちらりと、あたしを見た。

 この無粋な男を早く帰らせろと訴えている。


【ミスター、ジャンクショップを利用したことはありますか?】

「ガラクタに用は無いな」

【では、どのようにジャンク品を修理するかご存知でしょうか?】


「同じ機械を探し、そこから使える部品だけ取り出してひとつに組み合わせるのだろう。共食い整備と要領は一緒だ」

【その通りです】

「なぁ、不浄の薔薇ダーティローズよ。君はこの『White』ホワイトを修理するための部品取をするつもりなのか?」


【目的を打ち明けた方がクレーム処理もスムーズでしょう。あのリリィとかいう駆体さえ手に入れば他はどうなろうと構いません】

「なかなかに狂っている。仕事中に偶然見かけたアンドロイドに一目惚れしたということか」

【この子の同型を5年間、探していました】


「いまいち読めなかった君の胸中を知れただけでも良しとしよう。それだけなりふり構っていられないということだな」

【それはお互い様でしょう。カタギリファウンデーションに喧嘩を売ってしまいましたし、サイボーグの戦車も潜水艦も失敗したそうですね】

「黙れ。君がナツメ・ナツキを女だと勘違いしなければとっくに目的は達していた。その上であんな出来損ないの人体兵器を送りつけられた身にもなってみろ」


【平行線です。依頼は続行ということでよろしいでしょうか?】

「あぁ、そうだ。ナツメ・ナツキを殺せ」

【彼の護衛アンドロイドは好きにしても?】

「勝手にしろ。どのみち、海の向こうではすぐに動けない。君が先行して単独行動した方がいい」


 東京からみた千葉県を「海の向こう」と表現する人間は初めてだ。

 洒落てるつもりの髑髏マスクと違い、中身はジョークのセンスがある。

 その間も彼女はアクリル越しの視線を強めている。

 これ以上、不況を買うのは避けたい。


【ミスター、せっかくですからコーヒーでもいかがです? このアジトの近くに混ぜ物なしで本物のカフェインを扱っている店があります。勿論、非合法ですけどね】

「いいだろう。もののついでだ。リリィとかいうアンドロイドのことも話してもらおう」

【別料金となりますがよろしいですか?】


「あれが使う『光の帯』について知りたい。いくらで情報を売る?」

【成功報酬を2倍に】

「1.5倍までなら出す」

【ではそれでOKです。5分だけ着替える時間をください】


 誘っておいて疑問だが、髑髏マスクをしたままコーヒーを飲むのだろうか。

 それはそれで面白いものが見れそうではある。

 あたしはコレクションホールから出て、4畳ほどのスペースしかない寝室へ向かった。

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