第23話 土壇場だってわかってんのか?

「潜水艦ってあんなに小さいものなの?」


 ヒバナが首を傾げて俺の方を見る。

 ごもっともな疑問だった。


「あのタイプは元々、有人機じゃない。AIが全部制御している。酸素供給も要らないし、居住スペースも無い。輸送用だが航続距離も短い」

「何に使うのよ、そんなの……」

「大阪港と東京湾を行き来できれば良かったんだよ、当時は」


 時代遅れの戦争の産物だ。

 アマワ社があれを輸送用という名目で所持している事は風の噂で知っていたが、詳細不明である。

 だがロクでもない用途である事は想像に固い。


 真下から体当たりを喰らったクルーザーは転覆し、救命胴衣を着たヤクザたちが次々と海面に落ちていく。

 こちらを目指して泳いできた。

 だが、このままでは俺たちが乗っている船も危ない。


「知性機械は人間を傷つけられないようにセーフティがかかっている」


 その例外たる『White』ホワイトのアンドロイドがモコモコのコート姿ですぐ横に立っている。それは置いておこう。


「人間の乗っている船に体当たりをかましたって事は、操縦しているのは人間だ」

「さっきはAI制御って言ってたじゃない」

「改造前の話だ。胸糞悪いユニットがあれば、そういうこともできる。トウドウの用意した家を襲ったドローン戦車もそうだったが、人間の脳と生命維持装置だけ積んで『知性機械じゃありません。ヒトです』って言い張れるんだ」


「科学とか倫理とか色々と疑うわね……」

「法律上は人類さ。お前の誘惑術テンプテーションが効く相手なら話はスムーズに終わる」

「ダメみたいね。にしか効かないもの。あの潜水艦、女の子よ」


 なんてこった。さらに胸糞悪い。

 舌打ちすると、上空で待機していたバーティカルジェットが高度を下げてきた。

 ライトで海面を照らしている。


 潜水艦の周囲にはまだ味方のヤクザたちが漂っているから迂闊に攻撃できないのだろう。

 まずは人命救助を優先するらしく、瞬時に膨らむタイプのゴムボートを降ろしている。


「ナツメ博士、あれを倒してもよいでしょうか?」

「物騒なことを言い出すなよ、リリィ。それともからの進言でもあったか?」

「進言ではなく、わたしが相談を持ちかけました。接触さえすれば撃破は可能です」


「あの光るやつを武器にするつもりか」

「はい」

「ダメだ。ここじゃ足場が無いから近づけない。のんびりボートで接近しても逃げられる。それにな、またオーバーヒートしたらどうする? 海に沈んじまったら助けてやれない」


「逃げられる前に接近し、倒れる前に倒します」

「根性論なんて論外だ。エル、もっとも生存確率の高い提案サジェストを頼む」

提案サジェスト。追撃を仕掛けてくる気配がありません。まずは相手の要求を確認するべきです』


「これまた、ごもっともな意見だ。敵との通信回路は開けるか?」

『オンラインでもローカルでも、どちらでも可能です』

「今回はネットワーク封鎖してこなかったか。とりあえずローカルで頼む」

『ローカルで通信開始します』


 俺の正面あたりで音像が結ばれ、ノイズが走る。

 どうやら顔を見せるつもりはないらしく「No Image」とだけ立体映像が表示された。


『用件のみ伝える。ナツメ・ナツキだけを残してその船を放棄しろ。5分以内に要求を呑まなければ実力行使に出る』

「ナツメ・ナツキ?」


 あっ、すごく変な顔してるぞリリィ。

 そういやフルネーム教えていなかったな……


「この野郎、勝手にフルネームで呼ぶな。ややこしくて嫌なんだよ」

「そいつ、女の子だから野郎じゃないわよ」

「この会話の相手は潜水艦あいつじゃない。ネットワーク封鎖していないから、どこかを経由して別の誰かが喋っている」


「ナツメ博士、ナツキさんというお名前だったのですね」

「呼び方を変えなくていいぞ。いいか、絶対だぞ」

「わかりました。とても可愛らしいと思います」


「コメントもいらん」

「漫才はその辺にしておきなさい。どうするのよ?」

「従ったら殺されちまうけど、この状態で暴れられても死傷者多数だ。そのつもりで向こうは来てるんだし」


「……死んだら許さないわよ」

「睨むなよ。俺だって死にたくないぞ」

「エル、相手はどんな実力行使に出てくるかしら?」


 ヒバナが勝手に俺のAIに呼びかけてしまう。ゲスト権限すら与えていない筈だからちゃんと答えるわけがない。

 わけがないのだが……


『不明です。魚雷を装備している可能性もあります』

「私の護衛で撃破できる?」

『汎用AIとしてお答えします。相打ちを含めて勝率は30%といったところでしょう』


 ちょっと裏切られた気分だがスルーしておこう。

 残り時間が4分を切ってしまったじゃないか。

 背後では雑事用に乗っている黒服サングラスたちがオタオタしてる。


 こんなところでカタギリファウンデーションの代表を死なせるわけにはいかない。

 けど肝心の本人は動じた様子もなく、流石の女王様っぷりだ。


「タイムリミットが迫ってるぞ。とりあえず、ヒバナとリリィは逃げとけ」

「わたしは残ります」

「私も」


「攻撃されるぞ」

「じゃあ、あと3分で解決策を考えて」

「お前は昔から無茶苦茶なこと言うよなぁ……」


 潜水艦が目の前に顔を出していて、海の真ん中である。

 こっちは遊覧船みたいなもので逃げ切れる足もなければ装甲もない。

 しかも味方のクルーザーは沈んでいてバーティカルジェットは必死に救助活動をしていた。


 誰だ、クルージングしようとか言い出した奴は?

 敵の勢力圏内から出る筈があっさり捕まったじゃないか。

 内情が筒抜けということはスパイがいるかもしれないぞ。


 非難の言葉を全部飲み込み、1秒1秒が1時間くらいに感じるほど脳に血流を注いで考えてみる。

 だいたい、科学ってのは再現性が重要なんだ。

 思いつきでやってみて1回だけ出来ました!なんてのは好きじゃない。


 しかし好き嫌いで選んで結果を受け入れるつもりは皆無だ。

 すぐ横に派手な銀髪の幼馴染と、愛らしい機械の同居人がいる。


「リリィが触れば壊せるんだよな?」

「はい」


 未だ原理はわからないし、1度しか見ていない粒子兵装である。

 タカツキの爺さんすら知らなかった装置を信頼すべきではない。

 しかし、他に頼れるものは見当たらなかった。


「あと2分よ」

「ヒバナ、救命胴衣でプカプカ浮いてる連中と会話できるか?」

「全員が体内通信チップ埋め込んでいるから、勤務中はオンラインでもローカルでも指示を出せるわ」


 企業戦士の鏡だな。俺にはそんなチップ入ってないぞ。

 黒スーツたちには、同じ社員として敬服しておく。

 そいつらを使って


 なんともまぁ、エレガントではない作戦を思いつく。

 敵がこちらのクルーザーを制圧せずに大雑把な手を使う理由は、あの潜水艦に小回りの効く手駒が乗っていないからだ。


 魚雷を装備しているというエルの予想は多分、当たっている。

 あいつは0か100かの攻撃しかできない。


 しかも俺だけ船に残すということは、リリィを手に入れるのを諦めていない。

 その上でヒバナとも喧嘩をしたくないのだ。

 世知辛いが吹っ飛ばすのは男ひとりで十分ということだろう。


 だったら、ボートでの接近と比較にならないほど速く、リリィが海の上を渡って強襲すれば……易々と反撃はできない状況に持っていける。

 潜水艦は対人用の機銃なんて積まないからだ。


『あと1分です』

「リリィ、海に浮いているオレンジ色の点が見えるか?」

「見えます。ヒバナさんの会社の人たちです」


「じゃあ、ヒバナ。部下に一斉通知。首にありったけの力を入れて決して動くな……ってな」

「何するつもりなのよ?」

源義経みなもとのよしつね


『あと30秒』

「デッキをめいいっぱい使って走れ、リリィ。敵に貼り付いてズドンだ。触れたらすぐ戻ってこい。お前なら絶対にできる」

「わかりました」


 眉を引き締め、リリィは下がっていく。

 次の瞬間には引き絞った弓のように駆け、クルーザーのデッキから飛び出していった。


 波よりも激しく。

 一陣の風が如く。

 百合の花が舞う。


 リリィは1人目のヤクザを足蹴に着地し、全くバランスを崩さず続けて跳躍してみせた。

 踏まれた奴は夏のボーナス額を増やしてやるようヒバナに提案しておこう、


八艘はっそう飛びね」


 2人目。

 右にかなり傾いたが、それでもリリィは海に落ちずにダンスを続ける。

 あの黒服は足場具合がイマイチだったのでボーナスの増加減は見送りかな。


「よくもまぁ、こんな方法を思いつくわね」

「お前が考えろって命令したんだろ」


 3人目。

 苦もなく成功し、さらに接近。続けて4人目もクリア。


 そこでリリィの脊椎のコネクタから光が溢れ出てくる。ヒバナからプレゼントされたモコモコのジャケットに早速、穴を開けてしまったようだ。

 闇に沈んだ海に金色の粒子が舞い、マフラーのように首の周囲に帯が形成される。


「天使が本当にいたら、あんな感じかしら?」

「さぁな」


 敵は案の定、対応できていない。ハッチを開けたようだが魚雷は撃たなかった。

 こんな中途半端な攻撃を仕掛けてくるほど余裕がなかったと予測できる。


 リリィが潜水艦の上に着地し、握った拳を真下へ叩きつけると圧力隔壁ごと船体がひしゃげた。


『5分が経過しました。敵からの通信ありません』

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