第22話 電気ネズミはアンドロイドの夢を見るのか?

 金持ちはどうしてクルーザーを所持したがるのか、その心理を本にすれば売れるかもしれない。

 生憎と「である」口調の淡々とした文章しか書けない俺は、企画を立てて出版社かライターに持ち込むしかないだろう。

 アイデア料として印税の半分を貰いたいが、誰か話に乗ってくれないだろうか。


 阿呆なことを考えているうちに、どんどんと岸が遠ざかる。

 晴海客船ターミナルから出発したカタギリファウンデーション所有の船は、まばらな光を横目に真っ黒い海を行く。

 上空にはバーティカルジェットが控えていて、前方には別のクルーザーがいた。


 警護に力を入れる気持ちは理解しておこう。

 ヒバナのワガママが発端なのだから、それを受け止める側はありとあらゆる努力が求められるのだ。


 ヤクザカンパニーの諸君には同情する。

 俺も一応は社員だけど。


「またロクでもないこと考えてるわね?」

「エスパーかよ。勝手に心の中を読むな」

「あんたは顔に出易いのよ」


 デッキの上で若作りいじわるおばさ……いや、車椅子に乗ったカタギリ・ヒバナは呆れ顔をしている。

 すぐ隣で白波をボーッと眺めていただけなのに俺ときたら酷い言われようだ。


 海風の寒さを凌ぐためかヒバナはセーターの上にコートを羽織っている。

 針金みたいな銀髪は車椅子の車輪に巻き込まないために編み上げしており、ヘアスタイル補正のせいで上品な貴婦人に見えてしまう。

 コスト度外視で美容整形した顔は少しやつれていた。


 しかし、電子光彩の赤い瞳はいつもと変わらぬ輝きを保っている。

 車椅子の方はというとモータとバッテリーとAIを内蔵した高級ハイエンドモデルで、ホイールまで豪奢な装飾が施されていた。


 そのまんま女王様と玉座である。


「こんなクソ寒い海の上に出て何が楽しいんだか……」

「いいじゃない、別に。入院生活って死ぬほど退屈なのよ。退院祝いにクルージングしたってバチは当たらないわ」

「一週間も経ってないだろ。堪え性のない奴だな」


 船に揺られたら傷が痛むんじゃないのか?

 大人しく寝ていた方がいいだろうに。

 そんな当たり前の心配を口にしたら、きっと揶揄からかわれる。


 ヒバナは最先端のそのまた最先端の治療を受けた筈だ。

 もしかしたら個人的に臓器のスペアを培養していて、それをすぐに移植したかもしれない。


 治療費はバカにならないが合法的な措置ではある。

 けれど体力までは戻らないので車椅子を使っている……といったところかな。


「お前を祝ってくれる人間なんかたくさんいるだろ。わざわざ俺とリリィを呼びつけなくても」

「リリィちゃんのお祝いを邪魔されたでしょ。その続きがしたかったの」

「ありがとうございます、ヒバナさん」


 あらかじめヒバナが用意していたモコモコのジャケットを着たリリィが、小さく頭を下げる。

 スカートからのぞく脚が寒そうだけど、アンドロイドなら特に問題ない。


 というか、機械なんだから暑さ・寒さはどうとでもなる。わざわざ防寒着をプレゼントするなんて金持ちの考えることは分からない。

 見ていて寒そうだからというのが理由だろうか。


 それなら俺にも何かくれ。

 薄っぺらい白衣が東京湾の風に吹かれてノーダメージだと思うな。


「出歩いて安全なのか?」

「私は安全よ。だって、狙われているのはあんたでしょ?」

「なんで知ってるんだよ。誰にも話してないぞ」


 タカツキの家で不浄の薔薇ダーティローズと話した内容は、まだ誰にも伝えていない。

 リリィは勿論、坂口にもトウドウにも話していないのだ。


「まさか……エル、お前か?」

『ナツメ博士の安全上、お伝えするべきだと判断しました。事後報告となったことをお詫びします』

「ポンコツめ」


 オンラインにいる限り、エルは通信を介して俺の側にピッタリ付いている。オフラインになればペン型の端末にローカルモードで残る。

 当然、あの時の会話も聞いていた筈だ。

 ウェイトの軽い判断であれば勝手にやってもいいと設定しているが、この場合は俺に許可を得てから動くべきだろう。

 勝手に情報を漏らすなんて欠陥品もいいところだ。


「どういうことですか、ナツメ博士? 狙われているのはわたしでは?」

「敵の最初のターゲットは俺で、次にリリィへ標的が移った。ヒバナが撃たれたのは人違いだったのさ」

「最悪の巻き添えだったわね」


「治療費と慰謝料の請求はやめてくれ、首を吊る以外に選択肢がなくなる」

「じゃあ、私の車椅子を押す仕事をあげるわ。フレッドが殺されてしまったから、あんたの顧客はゼロでしょ。部署解体ね」

「おいおい、高度で専門的な知識を有する科学者に単純労働させるつもりかよ?」


社長わたしの出した辞令が不満?」

「人事部門も真っ青だ。モータの仕事を人間に回すなんてな」

「あんたになら背後に立たれても怖くないんだもの」


「カケラほどの威圧感もなくて悪かったな。そもそもの話、俺とリリィが狙われているのを知っているなら呑気にクルージングなんかしてる場合じゃないだろ」

「それなりに考えての行動よ」

「じゃあどうするんだよ」


「このままクルーザーに乗って3人で東京ハッピーランドにでも行こうかしら?」

「サンダーフェスティバルならそろそろ終わる時間だぞ」


 ド派手な電飾の神輿に乗ったハッピーマウスが園内を練り歩くナイトイベントだ。

 冷静に考えればかなり狂気の入った催し物で、ピンク色のフラッシュがマスコットロボット(これも外見はモコモコだ。子供の人気を取るために)たちを照らし、週末を告げるラッパをアレンジした曲が立体サウンドで奏でられる。


 そういえば中学のときヒバナと一緒に見た。

 あの1度だけでお腹いっぱい。既に一生分のサンダーフェスティバルを味わったと言えよう。


「ナツメ博士、気になります。東京ハッピーランドとは楽しい場所なのでしょうか?」

「楽しめるかどうかは一緒に行く人間次第だ」

「何よその顔? 私と一緒に行ったときは楽しくなかったの?」


「あんなにテンション高いヒバナは2度とお目にかかれないだろうな」

「し、仕方ないでしょ! 初めてだったんだから!」

「天使のキャラいたよな。あれなんだっけ? ヒバナがやたらと気に入って、ぬいぐるみも買ってたやつ」


 珍しく顔を赤くしたな。

 たまにはこういう攻めのターンがあってもいい。


「ヒバナさん、天使がお好きなのですか?」

「好きというか、あれはキューピッドのキャラで……その……」

「ナツメ博士はヒバナさんのことを天使のようだと褒めていました」


「私が天使ぃ? 普段から『死は、無だ』とか真顔で言ってる無神論者のクセして可笑しな揶揄やゆしないでよね」

「うるさい。言葉の綾だよ」

「だいたいあんた、デートの時ですら面倒臭いのよ。缶コーヒーはブラックしか飲まないくせに、カフェに入ると絶対に角砂糖2個入れなきゃ気が済まないんだもの」

「そういうもんなんだよ、男のこだわりってのは」


 病み上がりであまり興奮させると体に障る。

 俺がサンドバックになるのは構わないが、構うのはほどほどにしておかないと。


「いい加減、話を戻そう。心当たりはまるでないが、俺は殺し屋に狙われているらしい。リリィは『White』ホワイトと呼ばれるアンドロイドだから狙われている」

「そこまでは私も把握している。だからこうして海に出たんじゃない」

「お祝いじゃなかったのかよ」


 モータ音を立てて、ヒバナがクルリと背を向けた。

 焦らすように間を置いてくれるせいで俺はポケットの中のピルケースに手を伸ばしてしまう。

 中身は空だ。コンビニに寄って買っておくべきだったな……


「ちょっとした船上パーティができるくらいの準備はしてあるから安心して」

「身の安全はどうなんだよ……」

「洋上なら船か飛行機を使わないと近づけないでしょ? 接近されたら警告は出すけど、無視したらに出て止めさせてもらうわ」


 それなりという部分に力が篭っている。

 傍目にはちょっと弱っているようだが、根っこの部分は全然変わらない。

 我を通そうとするいつものヒバナだ。


「行き先はどうするんだよ?」

「東京ハッピーランド」

「ジョークの質が低いな」


「本気よ。というか、敵の勢力圏内から出る必要があるの」

「それは東京にいては危ないということでしょうか?」

「リリィちゃんは賢いわね。自称科学者と違って」


「千葉方面なら安全なのか?」

「カタギリファウンデーションだって寝こけていたわけじゃない。これまでの経緯から敵勢力の位置や規模は目処がついている。本当は殺し屋単体で動かして済む予定が、私を撃ったせいで計算が狂ったようね」

「ヤクザカンパニーに喧嘩売っちまったんだから仕方ない」


「そんなわけで敵は東京にリソースを集中しているの。ついでに私の会社の商売敵と手を組んでね。フレッドを殺した後は内部分裂が起こって2つに割れたみたいだけど」

「……最初の雇用主を不浄の薔薇ダーティローズが裏切った」

「正解。ビル爆破のテロも彼女の差し金だと推測されているわ」


 あの女、やっぱり狂ってるのか。

 今更ながらティータイムをしてしまったのが恐ろしくなってくる。


「なぁ、ヒバナ。その敵勢力の正体ってなんなんだ? だいたいは分かっているんだろ?」

「あんた、意外と鈍いわね。殺し屋を雇う程度に金があって、自分の手を汚したくない組織よ。しかも殺し屋は武器供与を受けている。その武器は……」


 胸の部分だけフレームを黒く塗装した強化外骨格スーツが頭に浮かぶ。

 軍事偵察用の装備で民間には出回らない。

 あれの出所を俺はよく知っている。なんたって俺のいた会社が造っていたのだから!


「まさか、アマワ社が関わっているのか!?」

「私のところに入ってきた情報によるとね。100%じゃないわ」


 古巣が俺を殺そうとしている?

 いや、確かに損害は出したが……その後は法で裁かれてお勤めを果たしている。

 こんな小粒相手に今更、何を考えている?


「おい、待てヒバナ。アマワが関わっているならここも危ない」

「どういうこと?」

「社内の重要機密なんだが話ちまうぞ。あいつら、輸送用にも持っている。関西海軍の払下げ品だ」


「そういう大事なこと、どうしてもっと早く言わないの?」

「教える機会なんてなかっただろ」


 突如、穏やかだった海面に真っ黒い山がそびえ立つ。

 月に照らされた姿を鯨と見間違えそうだ。

 前方を行く味方のクルーザーが下から跳ね飛ばされ、影が水平に倒れ込んでようやく無機物だと確認する。


「最悪だ」

「……あんた、よほど恨まれているようね」


 細長く丸い胴体にイルカに似た船主。流体の中を抵抗なく進むためのフォルムだ。

 空も洋上も警戒していたのにまさか腹の下から強襲されるなんて!


「ナツメ博士、敵性意志を感知しました」

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