第20話 裏切りの代償は大きいぜ?
モモに案内され、ガラクタを避けながらタカツキ商店の奥へ進む。コンクリートのビルを抜けると廃墟の中、古式ゆかしい一軒家が建っていた。表札は「高月」となっている。
玄関は引き戸。靴を脱いで短い廊下を渡り、畳の居間に上がった。
店の様子とは裏腹で綺麗に片付いている。モモが遺憾無く仕事している証拠だ。
売り物の管理(と呼ぶのも気が引けるが)はタカツキの爺さんが仕切っており、モモには触らせていない。
変な意地を張らなければもっと客が来るだろうに。
「で、俺をどうするつもりだ?」
アンティークのちゃぶ台を挟んで、金髪碧眼の女……
胸にバラを咲かせたいつもの外骨格スーツは着てない。ありふれたレデイースの普段着である。
だがこいつは殺し屋だし、実際にそれをやっているところも目撃した。
なのに借りてきた猫のように大人しく座っている。
にわかには信じ難い光景だった。
「粗茶ですが」
灰色パーカーの袖をまくったモモが湯飲みを2つ差し出してきた。
巻き込まないために事情は話していない。
こちらの事情も汲んでくれているのだろうか。
【あなたがナツメ・ナツキさんですね】
2本の指で首のチョーカーを押させる仕草をすると合成音が流れる。
この間、女の唇は全く動かなかった。
腹話術……じゃない。安価な人工声帯だろう。
いや、こいつはフレッドを殺した後で歌っていた。
声が出ないわけがない。
「フルネームで呼ぶな。ややこしくて嫌いなんだよ、自分の名前が」
【ではナツメ博士と呼ばせていただきます。私は
「大層な商売やっているらしいな」
ボカした表現をしたのは、モモに配慮してのことだ。
そんなことお構いなしで暴れ出したら対応策は無い。
俺に危害を加えるつもりならとっくにやっている筈だ。
タカツキ商店にいたときチャンスはいくらでもあった。
【この時代では、ありふれた職業です】
「アンドロイド専門ってのは初めて聞いたぞ」
【その観点では珍しいかもしれませんね】
「用件は?」
【ここへ来たことを、私の雇い主は知りません。私は休養中ということになっています】
「雇用情報を漏らしていいのか?」
【契約違反ですね。既に2回失敗しているので近いうちに解雇されるのは間違いありません】
「クビになるってのは辛いもんだ。俺にも経験がある。同情するよ」
【用件を述べる前にひとつ、質問をよろしいでしょうか。私を前にしてあなたは何故落ち着いていられるのですか? 護衛のアンドロイドもいないというのに】
「BLACKっていうアンドロイドの独占5企業は知ってるだろ。その中のA……つまりアマワ社ってのは、典型的なブラック企業でな。新入社員には研修でマインドコントロールと特殊訓練を施す」
【知っています。ですがそれを根拠に冷静が保てるわけではないでしょう】
「俺のことはもういいだろ。早く用件を言え。『ここで死んでもらう』なんてのは無しだぜ?」
【カタギリ・ヒバナ社長を撃ってしまったのは私のミスです】
「はっ?」
ちょうどモモが台所の奥へ引っ込んだタイミングで切り出した。
目を伏せた
【私はナツメ・ナツキという人物を殺せと依頼を受けていました】
「はぁ〜?」
えっ、俺?
どういうこと?
待って。じゃあ今まさに最大のピンチに陥っているんじゃないか?
【スーツの力がなければ私は非力です。ご心配なさらずに】
ありがとう。エスパーかよ。信じないけど。
事情が呑み込めないので余計なツッコミを入れずに聴き入る。
大事なのは傾聴力だと、アマワのビジネス研修でも習った。
【緊急の依頼でターゲットについては名前しか聞かされていなかったのです。あのマンションがカタギリファウンデーションの社長別邸だとも知らされていません。ナツメ・ナツキという名前から女性だと勝手に思い込んでいました】
「それでヒバナを撃った……と?」
【はい。あの場には男性1人、女性1人、アンドロイド1体でしたから】
「あんた、アンドロイド専門じゃなかったのかよ」
【直前の偵察で室内にアンドロイドがいることが判明しました。場合によっては排除する必要があります。だから緊急で私に声がかかったのです】
なるほど、ガード用のアンドロイドに邪魔されないためにアンドロイドごと殺せる人材を使ったわけか。
「
【黙秘します。こうして会いに来たこと自体、殺し屋としての信用を著しく損なっています。ですが私は私なりに仕事に線を引き、何を喋るか決めます】
「頑固だな。で、その依頼人ってのは、どうして俺を殺そうとする? 引き籠り中年だぞ。何の価値もない」
【私は知りません。狙われる理由はご自身が1番知っている筈では?】
モモが台所からひょこっと顔を出す。人懐っこい笑顔で茶菓子を用意してくれた。
浅草で売っている
爪楊枝で刺して口に運んだ
【謝罪が用件ではありません】
「だろうな。反省するとは思えない」
【博士を護衛しているアンドロイドの頭部と脊椎を譲って欲しいのです】
えらくピンポイントなところを欲しがるなぁ……
けれど言わんとしていることは理解できる。
「交渉するより強奪しそうなものだが、どうしてだ? 俺の見立てじゃ、リリィよりもあんたの方が強い」
【あの駆体は特別で、特別な駆体が今は特別な状態にあるからです。可能な限り損傷させずに回収したい】
「謎の粒子兵装のことだな?」
念のため確認をしてみるも、女は首を縦にも横にも振らない。
このタイミングでコンタクトを取ってきたということは興味はそこしか考えられなかった。
【
「具体的な数字を出してくれ。あんたが財布を取り出して『これしかありません』って5万円札を見せてくる可能性もある。いや、いくらもらっても絶対にOKしないけどな」
【ボーナスとして依頼主の名前と所在も教えましょう】
「雇った人間を裏切るだけの価値があるってことかよ……」
【ナツメ博士の想像にお任せします】
「こんな呑気な取引しているってことはリリィの特別な状態とやらに俺の身柄が関係あるんだな? 俺に危害を加えると、それは変化してしまう」
【それも想像にお任せします】
図星らしい。鋭いぞ、俺の直感。
お互いの表情を伺ったまま時間だけが過ぎていく。
黒薔薇の女はチョーカーから2本の指を離し、立ち上がると一礼をして出て行ってしまった。
引き戸のガラガラという音が聞こえたので帰ったのだろう。
「あれ? ナツメおじさんだけですか?」
急須を片手にモモが居間にやってくる。お茶のおかわりを用意してくれたらしい。
首を傾げる仕草にトキメキそうになるが、こういう動作ルーチンを組んだのは70過ぎの老人だ。
忘れないでいたい。
「あぁ、せっかちだから帰っちまったよ」
「そうですか。ちょっと残念です」
2杯目のお茶は気のせいか少し濃い。
甘い羊羹は好きでないものの、出してもらったのだから食べておこう。
「ところであの方、なんというお名前なのでしょう? 綺麗な人でしたけど」
「ローズさん」
「素敵ですね。今度はゆっくりしていってほしいです」
利益さえ出れば依頼主でも平気で裏切る殺し屋なんて2度と会いたくない。
ましてや俺の命を狙っていただって?
今更になって冷や汗が出てくる。
乾いた喉を潤しているとモモが、店主が仕入れから戻ったと教えてくれた。
だがタカツキの爺さんの膨大な知識を持ってしても例の粒子兵装のことはハッキリしない。
分かったことといえば……リリィが搭載しているデュアルパルスはやはり、戦闘用と日常用での切り替えシステムだった。
それも古い。
50年前の東京戦争時、技術的に未達だった頃のものだ。
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