第19話 薔薇ってどこでも咲いているのか?
秋葉原は20世紀末までは電気街で、21世紀初頭からはアニメ街になった。店頭に並んでいる訳のわからん無線やら測定器が姿を消して代わりにポップなサブカルチャーの受け皿へ変遷する。
合わせて訪れる人の質も生物の代謝のように入れ替わっていく。
古い人間は嘆くし、新しい人間は喜ぶ。
だが浪漫の欠片もない爆弾が全てを吹っ飛ばし、ただの平地に変えてから半世紀ばかりが過ぎていた。
立て直し政策もあったらしいが軌道に乗らず、現在の秋葉原は戦前(あれは紛争だと主張する連中もいる)にも増して怪しげな店が軒を並べている。
そんな中、逞しく瓦礫の上ではじめた商売が50年以上も続いて、今日もタカツキ商店は営業している。
掃除はサボられ、店先に並んでいるのはガラクタばかりで、どれひとつとっても価値を見出すことができない。
ついでに指摘すれば値札もなく、価格は主人の気まぐれで決定される。
所謂、ジャンクショップだ。ゴミを売って生活できるのならこれほど気軽なことはない。
そもそもどうやってジャンク品を直すのか疑問を持つ人は多いことだろう。
実は簡単だ。同じ機械を2つ以上探し、互いの無事なパーツを組み合わせればいい。
ホットケーキミックスに卵と牛乳を混ぜるくらいの手間でOK。
もし、分解して余った基板の接点に金が使われているなら(俺が言ってるのはゴールドのことだ。マネージャない)、溶かして集めておけば意外な値段がつく。
手間賃の方が高いかもしれないけどな。
さて。ここの店主はどこに行ったのやら。
突然、押しかけた俺が言うのも難があるが無用心過ぎるだろう。
どうせ客がゼロだから気にしても仕方ないのか?
だがコンクリートの建物に収まっているという点で、タカツキ商店は非常に優れている。
同じような店構えが所狭しと並んでアーケード街を形成しているが、勝手に露店を開いている輩も多い。
賑わっているのか閑散としているのかの判定は棚上げにしておこう。
立っているのが辛くなり、積み重ねられた用途不明の機械類の上に腰を下ろした。
尖ったカドが尻に刺さる。商談用に椅子くらい買え。買えったら買え。
『時間の無駄ではないでしょうか?』
「珍しく建設的な意見だな、エル」
『この店と商取引があることはログから確認できました。しかし非常時に頼るべき場所だとは思えません』
「仕方ないだろ。人脈に乏しんだから」
『それは友達がいないという意味でしょうか?』
「友情にプライスタグを貼ったことがないだけさ」
『リリィさんの再起動は?』
「あんな半壊したヤクザハウスじゃ無理だ。
『
「知見が得られない。ここの店主……タカツキの爺さんに話を聞く」
『それこそ電話でよいのでは』
「なかなか出ないんだよ。俺からの電話だと分かると着信拒否するし」
エルとの真っ当な会話は久しぶりな気がする。
こんなところでノンビリと待っていたら、次は黒薔薇の女が襲ってくるかもしれない。
けれどカタギリファウンデーションが混乱していて連絡に取り合ってくれない今は他に動きようが無かった。
ちなみにリリィは裏通りのラブホテルの一室に運んで、そこで寝かせてある。
脱力した女の子をお姫様抱っこしたまま入れる休憩所があっただけでもありがたい。
目を覚ます気配は無いが死んでいないと直感した。
散々、アンドロイドの体をいじってきた俺が言うんだから間違いない。
「追跡されているかな」
『ネガティブ。その気配は察知できません』
「あいつら、いちいちネットワーク遮断してくるからな。ある意味じゃ仕掛けてくるタイミングが分かりやすい」
エルに指示して可能な限り広範囲のネットワーク稼働状況を監視してもらっている。
動きが無いのが幸いだ。
あの謎ドローン戦車を撃破したから体制を立て直しているのか、それとも他のことにかまけているのか。
もう3回も襲撃を受けているというのに未だに相手の実態が掴めない。
トウドウの情報によれば、
いずれもリリィが狙われたと見て間違いなさそうだ。
だが、いくら懸賞金が高いからといっても赤字にならないか?
組織の規模は不明でも、一応程度に社会人だったからコスト感覚は分かる。
敵は大企業の社長を巻き込み(ヒバナのことだ)、関係性が確定したわけではないがバーティカルジェットを使ったテロまで起こしていた。
「15億円以上の価値があるってことか、リリィの駆体には」
蘇生する体とセーフティのないソフト。
さらには謎の粒子武装。
BLACKの規格品とはまるで違う性能は確かに魅力的で、リバースエンジニアリングすれば商売になるかもしれない。
なんとも頭の痛くなる想像だ。
あの子がバラバラに分解されるなど考えたくもない。
いや、俺も散々似たようなことやってきたけど。
「あれ? ナツメおじさん?」
この街に似つかわしくない、愛らしい声が俺を呼ぶ。
目をやると通りには小学生くらいの女児の姿。
褐色の肌に黒髪はパッと見で日本人でないと分かる。
ぶかぶかの灰色パーカーが膝近くまで伸びて、素足にスニーカーを履いていた。
「なんだ、モモか。爺さんはどうした?」
「失礼ね。おじいちゃんなら朝から仕入れに出かけているよ」
タカツキ・モモは口を尖らせ、半眼になる。
極めて精巧にチューニングされているから気付きにくいが、この子も実はアンドロイドだ。
表現レベルを徹底的に子供に設定することで、自然に振舞うように仕向けたタカツキ・オリジナル・カスタムである。
実際は介護用だそうだ。
それを頑なに認めないからこんななのだろう。
「商品の上に座らないでください」
「悪い」
立ち上がると、身長差で見下ろす形になる。
モモは不満そうだ。勿論、回路のど真ん中から逆らおうとしているわけではない。
どこぞのポンコツAIと違って。
「何時頃に戻るか分かるか?」
「ん〜、いつもならお昼には戻ってくるんだけど」
「もう夕暮れだな」
「急ぎの用事?」
「そうだ。できればすぐに話したい」
「じゃあ連絡とってみるね」
モモは片手を耳に当てて空を仰ぐ。
内蔵された通信機を使うのにポーズなんて必要ないが、こういうディテールもタカツキの爺さんの拘りなのだろう。
アニメの見過ぎだ。
「……連絡がつかないなぁ」
「爺さん、すぐに電話でないから」
「あたしからの電話ならすぐに出るよ?」
「孫が可愛いんだろ」
「そうよ、可愛いもの」
いい性格している。
問題なのは、このキャラ付けをしたのが70歳過ぎの老人という点だろう。
アンドロイドを家族同然に扱う人も少なくないが、10年という設定寿命は変更不可能だ。
実はモモも4代目だという。
「仕入れって、ここから近い場所なのか?」
「シティコミュターで20分くらいかな。お台場方面だから」
微妙な距離だ。
俺だけなら行っても構わなかったが、リリィを置いていくのは心配である。
迷っているとモモが首を傾げた。
「ところで、そのお姉さんはナツメおじさんの知り合い?」
俺が背後を振り返ると、そこには……強化外骨格スーツを着ていない普段着の
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