第17話 指相撲じゃ負けたことないぜ?
黒スーツのヤクザたちが卍の形で手足を投げ出して事切れている。
その数は軽く10人以上。火器の類が散らばっていて応戦の形跡がうかがえる。
つぶさに観察するとあまりにグロテスクなので(関節が本来は曲がらない方向を向いてる)、直視は避けておく。
ブルドーザーの上にデカいサイコロを乗せた
1の目に埋め込まれた太った男の顔はうつろで、視線も定かではなかった。
だが、俺とリリィが飛び出した瞬間に一際大きなエンジン音がしてキャタピラが動く。
化石燃料が空気と混ざって爆発し、金属のパイプの中を鳴動する!
燃え上がった煙が吹き出して黒い
単なる見せ物であればなかなかエキサイティングだ。
しかし、殺し屋が送り込んできた人間の成れの果てだと思うと背筋が寒くなる。
「気付かれた」
愚鈍そうな外見なのだから、コッソリと去るまでこっちを見ないでほしい。
もう止めようがないリリィは視線を鋭く研ぎ澄まし、敵の周囲を一定距離で回るように駆け出していた。
俺に危害が及ばないように距離を取るつもりなのだろう。
豚戦車は追従して方向転換したかと思うと、9つに割れた。
なんて言葉での説明が難しいんだ。
1つのデカいサイコロが、寸分違わぬ等分で9つに分離したのだ!
それら1個1個がさらに9つに割れ、合計で729個の真っ黒な直方体が宙に浮かんだ。
キャタピラ付きの土台はそのまま形が変わらず、不整脈に似たエキゾーストを奏でている。
ただでさえ吐き気を催すビジュアルだというのに、今度は笑いを取ろうというのか?
直方体は幾何学模様のモールドが彫られていている。
不覚ながらカッコよく光って静止している姿は、悪い夢だとしか思えない。
「エル、あれは何だ?」
『ネガティブ。ローカルモードなので検索できません』
「聞き方を変える。エルにはあれが何に見える?」
『特異な形状のドローンに見えます』
そうだよな、ドローンだよ。
珍しくポンコツAIと意見が一致した。
その間にもリリィは太腿で自分のスカートを蹴り上げながら接近していく。
パンツが見えてしまうからそういう走り方はやめてほしい。
729個のドローンは唸りを上げ、打ち上げ花火のように弾けた。
そのうちの何個かが迫るとリリィは器用に身を捩って回避していく。
「なんて大雑把な攻撃方法なんだ……」
ドット絵が主流だった100年前のビデオゲームでも、こんな敵キャラは出てこないだろう。
頑張れば俺でも避けられそうだ。
しかし、質量だけで相当なものだろうし、あんなブロックに体当たりされたのではミンチにされる。
身を低くして庭の窪みまで這い、距離をとってリリィと
倒れているヤクザどもは立方体ドローンのぶちかましでやられたのだろう。
心底、同情する。どうか安らかに眠ってほしい。R.I.P
「敵の装甲に対してリリィに有効打は無いだろ」
『ネガティブ。リリィさんはヤクザマシンガンを拾ったようです』
「セーフティがかかっている。登録された人間じゃないとトリガーを引いても弾が出ない」
『ネガティブ。手で触れただけでロックを解除したようです』
「……どんな技術だよ」
『斉射。命中。しかし効果は認められず』
「あのサイコロ野郎も大概だな…… 火力が通らないじゃないか」
『
飛び交う立方体を足場として跳躍を繰り返すリリィだったが、実際にところは決め手がない。
ヤクザたちの武器を拾って片っ端から試しているものの、敵は傷一つ負っていないように見えた。
強烈なビジュアルのせいで実感が湧かないが、これは生身の人間が戦車を相手にするようなものではないか?
ユニークすぎる複数ドローンの体当たりもリリィを追い込むために緻密な動作をしている。
徐々に逃げ場がなくなってゆき、敵の攻撃がかすめるようになっていた。
『ナツメ博士、以前に
「お前も考えろよ、エル」
『ネガティブ。AIは計算こそ得意ですが、突飛な発想は苦手です』
最初から笑えない状況だったものの、いよいよズシリと重いものが胃にもたれかかってきた。
俺はリリィを信じてやりたいし、
その一方で、俺はあの子に何かを伝えたかった。
いまいちハッキリしないけど、そういうものが胸の中に存在している。
オッサンが説教を垂れる理由が年齢を重ねて理解できた。
でも。
未来は、分からない。
35年後でなくて、1時間先のことだって分かりやしない。
テロが起こるだとか、あんな極端なサイボーグに強襲されるだとか、考えもしなかった。
どれだけ有難い訓戒を述べても、未来なんて分からない。
「トウドウはなんで、こんな場所に敵を呼び込もうとしたんだろうな」
『迎撃の準備があったからでしょう』
「エル、その手の痕跡は確認していたのか?」
『ネガティブ。あくまで推測です。屋内に独立したローカルな端末を発見しております。おそらく、敵の
「ローカルにあるなら5秒以内に調べろ。でなきゃ即デリートだ」
『確認しました。端末は認証式の火器管制システムです。接続先は庭のスプリンクラーと太陽光発電パネルの角度制御です』
「物騒な隠語だなぁ…… ザックリでいい。どの程度の火力をコントロールできるんだ?」
『ではザックリとお答えします。この庭の地盤を鑑みた計算をしても15メートルの深さのクレーターが形成される量です』
「オーバーキルだ。最小限の破壊力で、あの戦車の土台くらいは壊せるだろ」
『ネガティブ。認証式のため“エル”のコントロール下に置けません』
「……ハッキングはできないのか? 認証方法は?」
『端末自体は映像として捉えて解析していますが、
「笑える張り紙の上に微妙なセキュリティだな。半世紀前の匂いがするぞ」
『端末形状から、東京戦争時に関東陸軍が使っていたシステムと推測されます』
「どこの倉庫に眠っていたんだか」
『入手経路は不明ですが、戦後の東京には放置された軍事機器が数多く眠っています。安価に破壊力を求めるには最適です』
立方体のドローン同士が派手に空中衝突し、その間隙を縫うようにリリィは上下方向に移動を繰り返している。
729個の中に1個だけ、太った男の顔が張り付いたブロックがあった。
リリィはそれを本体だと睨んだらしく、執拗に追い回している。
運動量も、キレも大したものだ。
前回よりもずっと速いし洗練されている。
だが、敵に翻弄されているのは認めなければならない。
コミカルな見た目に反して嫌らしい戦法だ。ジワジワと相手を消耗させてから呑み込むつもりなのだろう。
蛇野郎のトウドウに似た思考回路をしている。
「ん? トウドウ?」
『その声は何か思いついたのですね』
「不気味なほど察しがいいな、エル」
『ネガティブ。博士との付き合いが長いだけです』
「病院でトウドウの指紋を採取しただろ。あれを室内の3Dプリンターで出力できるか?」
『セーフハウスには医療用3Dプリンターがあります。生体モールドのカートリッジに換装すれば、トウドウ副社長の指ごとアウトプットできます』
「……まぁいい。早速実行してくれ」
『管制システムのロックを解除するのですね』
「役員級の指紋だ。機械だって文句は言わないさ」
『プリンターから端末まで指を運ぶ人員は、この場にナツメ博士以外におりません。それでも実行いたしますか?』
「指を咥えていたらリリィが潰されちまう。やるしかないだろ」
『これはリリィさんへの愛でしょうか?』
いきなり妙なことを聞いてくるAIだな……
未だ印刷を実行していないから、さっさと始めさせなければならない。
「愛かどうかは客観的に判断してくれ」
『“エル”は愛だとは考えておりません。ナツメ博士はどう考えておりますか?』
「俺も愛じゃないと思う。どちらかというと贖罪だ」
『印刷を開始。4分後に完了します』
「ポンコツめ」
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