第16話 人間の定義ってなんだっけ?

 すぐに坂口から電話があって「絶対にその家から出るな。忠告を破ったら手首の爆弾で吹っ飛ばす」と釘を刺された。

 そういや手錠型の爆弾を付けられたままだったな……もう完全にアクセサリー扱いになっていて忘れてたけど。

 坂口がスイッチを握っているとは思えないが、万が一のこともあるので従っておこう。


「とんでもないことになっているな」


 アンダーネットに出ている情報も拾ったが、ニュースと大差ない。

 せいぜいテロの現場に近かった人間が撮った(とされる)映像が流出しているくらいで他は憶測ばかりだ。


 まぁ、目撃証言から爆発物を搭載していたというバーティカルジェットの型番が分かった。

 昔はeVTOL(電動垂直離着陸機)と呼ばれて「未来の技術だ」と持てはやされていたらしいが、大衆の興味がなくなった途端に別の名で一般化している。


 ふと、トウドウは無事だろうかと心配になってきた。

 嫌いな蛇野郎だが死んでほしいわけではない。

 もしも社屋にいたなら……いや、そんなことは……


 俺は、そもそも組織ってモンが大の苦手だ。

 根回しなんて面倒臭いし、誰かの言いなりになるのもゴメンだ。やりたいと思ったことをやり、欲しいと思った結果を手に入れる。

 じゃあなんで会社員になんかなったんだよ?というツッコミを受けるだろうが……学生結婚した身で嫁と娘のために安定した収入が必要だったのだ。


 だが色々あってアマワ社をクビになり(同僚にハメられたのが原因だけど)、離婚した上で親権もとられ、とことん落ちぶれているところでヒバナと再会して拾われる。


 今は自分以外に誰もいない独立部門で好き勝手やっているものの立場上はカタギリファウンデーションの社員なのだ。

 流石にテロに遭ったなどと報道されれば気が滅入る。


「ナツメ博士、大丈夫ですか?」

「……あぁ、平気だ」


 経理処理の質問に答えてくれる(大抵は「これは経費で落ちない」とにべもなく返される)ササキノは、巻き込まれていないだろうか?

 1回だけ出社したときに挨拶してくれたスイーパーのおばちゃんは?


 ダメだ、ヤクザカンパニーのこと気にしてどうする。

 でも生死がハッキリしないというのは落ち着かない。

 相手が亡くなっていたとして悲しむかは別の問題だ。


「エル、アンダーネットに流れているテロ事件の関係情報を収集しておいてくれ」

『信用度は5段回評価とします。どのレベルまで採択しますか?』

「★3以上」


『膨大な範囲となりますが、よろしいでしょうか?』

「構わない。そういえば、犯人からの声明は出ているのか? どうやってテロと断言したんだ?」

『バーティカルジェットの通信記録からハッキングの形跡が認められます。積荷も正規のものではなく、ビルの破壊規模と目撃情報から爆発物と断定されました。これは事故ではなく意図的な攻撃です』


「まさか『不浄の薔薇』ダーティローズは関係ないよな?」


 ヒバナの別邸を襲撃したとき、あいつはバーティカルジェットを使っていた。

 音が届かぬほどの高度から落下してきたと推測されている。

 どうにも手口が似ている気がしてならない。


『ネガティブ。ナツメ博士の考え過ぎかと思われます。万が一、このテロに関連性を見出すとすればの可能性のみです』

「陽動?」


 嫌な単語が出てきた。

 最も馬鹿げていて、最もあり得なさそうだけど。


「じゃあ、陽動ならどんなシナリオなんだ?」

『大企業とはいえ、カタギリファウンデーションは軍隊ではありません。ナツメ博士とリリィさんをリソースも潤沢とはいえないでしょう。そんな折、本社がテロに遭ったとなればこの家を守る人員もそちらへ回される筈です』


 ここにいる連中はバラ狩りのために集まったのであって、本質は俺たちの警護じゃないけどな……

 汎用AIがスラスラと述べた自論は的外れなものだと感じる。


 それこそ爆弾を積んだバーティカルジェットを、この家の上に落とせばよかったのだ。

 陽動なんて意味は無い。

 黒薔薇の女が本当にアンドロイド専門の殺し屋という、滑稽な仕事をしているのならば。


 いや。そうでもないか。

 殺した相手の前でバッハだかフーガだかを鼻で歌うイカれた人間だ。

 始末方法に強いこだわりを持っていても不思議じゃない。


 その根拠として、あの女はホームセンターの『ハローツールズ』で買えるものを凶器にしていた。

 合理的でない陽動を選んでしまうほど狂っているとも考えられる。


 どの道、常識的で理性を保った俺の思考じゃ追いつけない。

 トウドウが囮としてリリィを配置したのだから、意図的に情報を漏らしていたことも考えられる。

 それこそ飽和攻撃サチレーションアタックを実行できるだけの武器を隠しているかもしれない。


 クソったれめ。やっぱ爆死してればいい。


「エル、仮にテロが陽動だったとしたら相手は次にどんな手を使うと思う?」

『それは“エル”がテロ支援のAIだという想定でしょうか?』

「有り得ない想定で気分を害するかもしれん。けど知見が欲しいんだ」


『物理的な方法でこの家を監視しておきます。戦力の低下を確認次第、強襲するでしょう。ローコストな方法としては重機などを使った……』

「どうした? 続きを喋ってくれ」

『付近のネットワークが遮断されました。ローカルモードに切り替えます』


 3度目だ。いい加減にしろと言いたくなる。

 ヒバナの別邸、フレッドの店、そして今回。


 呆れていると家の外から古臭いエンジン音が聞こえた。

 内燃機関の爆発かもしれない。

 動力としては200年以上も前に原型が生まれ、2030年くらいまで使われていた。俺が生まれる前のことである。


「敵性意志を確認しました。南側から来ます」


 続いてヤクザシャウトと発砲音が続く。

 呑気な科学者の俺でも危険が迫っていることくらい分かった。

 すぐにソファから離れて身を低くし、リリィに目配せする。


 この家にシェルターがあることはトウドウから聞かされていた。

 そこへ逃げ込むのがベターな選択だろう。


 手を引こうとするとリリィが立ち止まってしまう。

 綺麗な形の眉が数ミリ釣り上がっていた。


「ナツメ博士、次は負けません」

「いい子だから一緒に隠れてくれ。おっかないことは、おっかない連中に任せておけばいい」

「わたしを信じてください」


「あのな、リリィ。信じるって言葉はこういう時に使うものじゃない」

「これがきっと、わたしの帰属意識アイデンティティなのです。内なるわたしがそう言っています」

「それなら俺なりの見解を述べてやる。出自は不明だが、リリィが戦闘用のアンドロイドだってことは説明したよな?」


 自分なりの誠意で、この子には事実らしきものを伝えている。

 死ぬ前にフレッドの語った『White』ホワイトと呼ばれる知性機械であることや、黒薔薇の女が狙ってくる理由を。


 そのときリリィは「わかりました」としか言わなかった。

 胸の内は俺でも知らない。


「アンドロイドの運動には詳しいから断言する。リリィの強さが100なら、『不浄の薔薇』ダーティローズは300とか400だ。1対1じゃ勝てっこない」

「しかし」

「この前は運よく退けた。けど、また同じとは限らない。ここのヤクザどもはリリィごと黒薔薇の女を躊躇ためらいなく撃つ。敵は正面だけじゃなくて背中にもいるんだ」


「うまくいかなかった時は、振り返って分析するんだ。どうしてダメだったのか、何が悪かったのか……そう教えてくれたのはナツメ博士です」

「掃除の失敗と、ドンパチの失敗は違う」

「わたしは分析しました。運動プログラムを前回と変えます」


「そんなに都合よくスイッチできるものか」

「わたしにはできます」


 キッパリ言い切られてしまうと、俺も反論できない。

 リリィの駆体は神経系統を2つ持っている。

 もしかしたら日常用と戦闘用なのでは……と推測していた。


 そうこうしているうちにエンジン音が近づいている。

 この家の庭は運動場並の広さがあった。ヤクザ防衛線が突破されていることに疑う余地はない。


『ナツメ博士、リリィさんを信じてあげてはいかがでしょうか?』

「ポンコツめ、黙っていろ」

「エルも説得を手伝ってください」


「AIに助けを求めるなよ」

『ローカル接続可能なカメラで確認しました。侵入してきた敵影はひとつです。効率的な攻め方をしているとは思えません』

「お願いします」


「……エル、シェルターに引き篭もった場合はどうなる?」

『篭城作戦が成立する確率は20%以下です。テロで混乱しているカタギリファウンデーションが12時間以内にここへ増援を出す確率は8.4%です。これはヒバナさんが指示系統にいない場合の数値です』

「妥当な計算だなぁ」


 頭が痛くなってきた。

 そのうちヤクザの悲鳴も聞こえなくなってくる。全員が倒されたのだろう。

 次は俺たちの番だ。


「エル、ローカルの無線通信でコントロールできる機器をピックアップしてくれ」

『了解。庭のスプリンクラー、台所の電子レンジ、脱衣所の洗濯機、玄関ドアのロックなどがあります』

「役に立たなそうなのは分かった」


「ナツメ博士」

「……ダメそうなら迷わず逃げろ。いいな」

「わかりました」


 心なしか嬉しそうだ。

 こんな時にそんな顔しないで欲しいけどな。


 意を決した俺はリリィと一緒に北側の裏口から出て、庭木の間に身を潜めて建物を離れる。

 絵に描いたような一軒家の前にはエンジン音の主がいた。


 デカい。2階のベランダよりも上背がある。

 そもそも背と呼んで問題ないパーツなのだろうか?


 賊は『不浄の薔薇』ダーティローズではなかった。

 強いて名前を付けるとするなら醜い豚アグリーピッグがピッタリだろう。


 ブルドーザーみたいなキャタピラの上に真四角なサイコロを乗せ、正面の1の目の部分がピンク色のガラスになっていて中には太った男の顔が透けて見える。

 配色は立体感のないマットブラックだった。

 子供向けアニメの悪役でもこんなにワルそうな奴は出てこないぞ。


「ナツメ博士、あれはなんなのでしょう?」

「知性機械は人間を傷つけられない。けど体を機械化した人間はそのルールに当てまらないんだ」

「あれは人間なのですか?」


 道徳の授業ならば「人間です」と回答すべきだ。

 もしもそう答えないなら「個人的には人間だと思います」だろう。

 俺はどっちでもない。


 こんな極端なサイボーグ化事例が存在すのはアンダーネットのネタとしては定番だったが、実物を目の当たりにするのは初めてだ。


 回くどい。最悪だ。美しくない。

 どうやってここまで運んできたんだ。


「合法的に機械で人を殺すため、生身の脳味噌だけ乗せた機動兵器。人間の成れの果てだよ」

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