第14話 仕事熱心が過ぎないか?

 曇天だ。天気予報では1時間後には雨が降るとのこと。湿度も上がってきた。

 俺が敢えて中庭のベンチに陣取っている理由は、病室に嫌気が差したからである。


 こんなに短期間に、それも同じ病院に2度も入院した経験なんてない!


 ただでさえ好きではないが充満し、看護用のアンドロイドは30分おきに回ってきやがる。

 容態が急変するような患者じゃないんだぞ。


 俺は疲労でぶっ倒れて丸1日寝て、その後は2日ほど体が動かなかっただけの健康人だ。

 医者も「念のため2、3日は休んで」としか言ってこない。


 ヒバナの方は一命を取り留め、昨日の朝には意識が戻ったらしい。

 だが面会謝絶なので未だ顔を見ていなかった。

 中庭でボーッとするよりは、あいつと話していた方が楽しいのにな。


「ナツメ博士、灰色の雲がだんだんと色濃くなってきました。こういう時は『雨』が降るのですか?」

「そうさ。雨は初めてだったな」

「はい。本で読んだことはありますが、雨に打たれるのは初めてです」


 立ったまま物珍しそうに空を見上げているリリィは、このまま滝行するつもりらしい。

 防水機能はあるだろうし、体温が下がったところで風邪をひくこともない筈だ。

 困るとすれば、ビショ濡れの制服のまま俺の病室に戻ることくらいだろう。

 墳墓の廊下にバケツの水をぶち撒けたときのことを思い出す。そういうところに無頓着である可能性は否定できない。


「ナツメ博士、雨に濡れると風邪をひきます。病室に戻りましょう」

「おっ、的確な判断だな。本からの知識か?」

「はい。風邪をこじらせて肺炎になり、そのまま亡くなった人が出てくる話がありました」


 意外とあり得る死因で笑えない。

 完調でない俺を心配してくれるのは素直に嬉しいけどな。


「……っと、建物に入る前にお客さんだ」


 ふと気付けば植え込みの間にスーツ姿の男が立っていた。

 七色の艶が出る整髪料でオールバックに整えた、ビジネスマンとしては少し自己主張の強い野郎である。


 そのくせ慇懃無礼で腹が立つ。

 あぁ、これは完全に個人的な感想だな。


 カタギリファウンデーションの副社長、トウドウだ。

 わざわざ俺の見舞いに来るタイプじゃない。

 こんな中庭で捕まえてくるということは室内で話したくない用事でもあるのだろう。


「元気そうですね」

「あぁ、おかげさんでな。人食いマンイーターフレッド殺害の件じゃ世話になった。危うく俺に濡れ衣が着せられるところだったよ」

「我が社のスタッフのあらぬ疑惑を晴らすのも、重要な役目ですから」


 あの時は現場が現場だけに、敵が逃げた後に残された俺に容疑がかかったのである。

 トウドウが気を回して助け舟を出してくれたというのは、見舞いに来た坂口から聞いていた。


 近寄ってくるトウドウに対し、リリィは体の向きを変えて警戒を強めたのか目を細める。

 黒薔薇の女と戦ったときと同じ瞳だ。


 俺がチラッとアイコンタクトをとると、セーラー服の女の子は殺意を引っ込めて外見相応の空気へスイッチする。

 リリィがハードウェア的なリミッターもソフトウェア的なセーフティも持っていないことは既に分かっていた。


 トウドウの態度次第では平手打ちくらいかましてもおかしくない(首の骨が折れると思う)。


「役員なんてなったことないから知らんが、忙しいんじゃないのか?」

「忙しいですよ。しかし、情報共有する価値があると判断してここに来ました」

「連絡役なんて下っ端の仕事だろう。いや、電話で十分だ」


「人伝に外部に漏れる可能性も、盗聴される可能性もゼロじゃありません。この中庭がクリアであることは部下に確認させました。周囲が建物に囲まれているから指向性マイクも使えません」

「フレッドを殺した奴については教えた。ヒバナを襲ったのと同一犯だよ」


「その犯人の素性がようやく分かりました」

「わざわざ俺に伝えるのか?」

「はい。是非とも聞いていただきたい」


 蛇野郎め、何を企んでいる?

 こいつは仕事熱心で優秀だ。俺は生理的に無理ってだけで。


「あれはなんだよ」


 いいだろう、乗った。

 美味しそうな餌をぶら下げたのだから食い付いてやる。

 俺だって黒薔薇の女が何者なのか知りたい。


「彼女は『不浄の薔薇』ダーティローズと呼ばれる、アンドロイド専門の殺し屋だそうです」

「中学生がゲームで自分のキャラに付けそうな名前だな。それに死体を洗うよりずっと奇妙な仕事だ。殺すのか? 機械を?」

「そのようなニーズがあるらしい……としか言えませんね」


 ヤクザでも知らないシマのようだ。

 いや、アンドロイド専門の殺し屋だと知っているのならば気付いてしまっただろう。

 

「狙われていたのは社長ではなく、そのアンドロイドです」


 トウドウに顎で指され、リリィはピクリと頬を動かす。

 順調に(?)育っている感情が無遠慮な仕草で逆撫でされたようだ。


「ヒバナも撃たれた」

「目撃者の口を封じるつもりだったのでしょうね。社長の別邸が現場になったことがそもそもの不幸です」


 俺のせいだと言いたそうな顔だな、トウドウ。

 もしもヒバナに「連れて来い」と念押しされていなければリリィには留守番させていたぞ。

 こんな「もしも」には意味がないし、反論したところで流されるのは目に見えているから黙っておくけど。


「博士は気付いていましたか? ターゲットが社長でないことに」

「2回目の襲撃でおかしいとは思ったよ。カタギリファウンデーションに喧嘩売るなら、病院で治療を受けているヒバナを再襲撃するだろ」

「そういえば、病院から抜け出して人食いマンイーターフレッドの元へ行った理由を聞いていませんね」


「頭のおかしな黒薔薇の女がまた襲ってくるかもしれない。そう思うと怖くなってな。ヒバナにゃ悪いが俺は軽症だから動けたし、身を隠してくれそうなフレッドを頼ったんだよ」

「なるほど」


 本当は、俺を嫌っている幹部連中に都合よく消されるんじゃないかと考えたからだけどな。

 それらしい言い訳はできたと思う。


「社長の幼馴染だとは聞いていますけど、随分と薄情ですね。社内での待遇にかなりの便宜を図ってもらっている筈ですが、恩は感じないのですか? あのときは未だ社長は生死の境を彷徨さまよっていた」


 妙に語気を強めやがって。

 変温動物みたいなツラした奴に言われたくないぞ。

 ヤクザ特有の仲間意識みたいなモンか。


「病院の中や周囲をウロウロしている黒服サングラスと違って、俺の雇用契約には命をかけるなんて項目が無いからな」


 あれだけ厳つくてに徘徊されているこの病院には同情する。入院患者や医師にも。

 奴らはヒバナの警護という名目でやりたい放題している。

 黒いスーツにサングラスというテンプレのヤクザスタイルが唯一の笑いどころだ。


「坂口から聞いて驚きましたが、社長の誘惑術テンプテーションは博士に通用しない……というのは真実のようですね。他の社員は皆、命をかけている」

「クチが軽いな、あいつ」

「彼は社長以外では1番詳しいですからね。博士のことに」


 少し間が空いた。トウドウは珍しく言葉選びに迷っている。

 またリリィにアイコンタクトしておく。

 目と目を合わせて首を横に振る。


「社長が撃たれた後で、博士は姿を消しました。そのせいで『不浄の薔薇』ダーティローズとグルだと疑われていたのです」

「病院にいても俺を疑っただろ」

「そうでしょうね。客観的な意見が必要でした。だから坂口にヒアリングしたのです。そのときに白状したのですよ」


「じゃあどうする? 女王蜂に従わない働き蜂だ。いじめ殺すか?」

「知っての通り社長の意識は戻っています。判断を仰ぐことは可能です」


 だから殺さなかった、と暗に告げている。

 ヒバナが意識を取り戻していなければ……


「我々は内輪揉めをしたいのではありません」

「あの女にしたいんだろ?」

「その通り。ですが向こうの組織も相当なバックグラウンドを持っているようで、容易くありませんね。尻尾以外は掴ませるつもりがないようです」


「実行犯しか特定できていないのかよ……」

『不浄の薔薇』ダーティローズは個性的です。例えば、これまで彼女が使った武器の共通点には気付きましたか?」

「安っぽいオートマチックの拳銃とナイフ。格闘術。メット無しの強化外骨格スーツ」


「銃とナイフは購入先が判明しています。渋谷にある『ハローツールズ』ですね。最初の襲撃の前日に、同じ内容の買い物をした客がいました」

「マジでホームセンターで買ってたのかよ……」

「本人ではなく使いっ走りのチンピラです。


 拷問でもしたのだろう。

 リリィがいるので深くは聞かないでおく。


「すると新宿の『ハローツールズ』には特売品の強化外骨格スーツがあって、夏のボーナス一括払いでお買い上げってワケだな」

「それ以降の足取りも掴めていますが囮と考えられます。あまりにも露骨だ」


 俺のジョークは無視してトウドウが続ける。

 蛇野郎特有の、ねちっこく巻きついてくるオーラが滲み出ていた。


「ナツメ博士、降ってきました」


 それまで黙っていたリリィが急に口を開く。

 小さな雨粒が俺の頬を濡らす。


 遠雷が聞こえた。春の嵐である。

 風が少女の亜麻色の髪の毛を立体的に浮かび上がらせた。


「戻ろう。情報ありがとうな、トウドウさん」

「肝心の部分を話していませんよ?」

「肺炎で死にたいなら突っ立ったまま勝手に喋ってくれ」


 早足で去ろうとしたそのとき、トウドウは俺の前に回り込んできた。

 心臓が飛び出るかと思っただろ。

 もっとゆっくり動けよ!


「あのアンドロイドを囮に使います」

「は?」


 細くて節くれた指をリリィに向けている。

 表情はお面でも貼り付けたかのように変化しない。


「これは決定事項です。カタギリファウンデーションは総力を持って、『不浄の薔薇』ダーティローズとその背後組織を潰します」


 こいつは何を言っているのだろう?

 リリィを囮に使うだって?

 いくつも反論が浮かんできたので、どれを武器にやっつけてやろうかと思案する。


 だが、今度はトウドウに両方を掴まれた。身長は俺とほぼ同じで、視線の高さも一緒である。

 そのせいで爬虫類に似た瞳をジックリと見る羽目になった。


「仕返しは徹底的に」


 あぁ、蛇に睨まれて固まって……俺はカエルかよ。

 これだからヤクザは嫌なんだ。

 権力もなければ武力もない、貧弱なオッサン科学者が頼れるものは他にない。


 また借りを作ることになる。

 今度は天然のエビを揚げた天ぷらでも振舞われるのだろうか?


 俺は入院着のポケットからピルケースを取り出し、薬を舌の上で転がしてから呑み込む。

 これでヤク漬けカエルの出来上がりだ。


「ヒバナと話させろ。全てはそれからだ」

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