第6話 約束

そしてある日、ラジオから玉音放送が流れた。

テレビでは何回か聞いているけれど、生で聞くのは初めてだった。

「日本、負けたんだね。」

ふと古都ちゃんが、呟いた。

私は、日本が負けた事を、歴史の時代で教わった。

けれど、古都ちゃんや美乃さんは、リアルタイムで知るんだよね。

それこそこの瞬間が、日本の歴史を変えた一部分なのだ。

「でも、これで有一さん……帰ってくるよね。」

美乃さんに言うと、うんと大きく頷いた。


昭和20年

私は、いつになったら、令和の時代に戻れるのだろう。

そう思うと、このままこの時代に生きてもいいかなって、少しだけ思った。

だけど1カ月経っても、有一さんは帰って来なかった。

この頃から、どんどん戦死の知らせが、近所に入ってきた。

「大丈夫だよ。何年か経って帰ってきた人もいるし。」

私は、美乃さんを励ました。

「蕾ちゃんは、何でそんな事分かるの?」

「それは……」

まさか、未来から来たなんて、言えない。

「蕾ちゃんは、見えるんだよ。未来が。」

古都ちゃんが、ふとそんな事を言った。

「へえ。すごいね。」

美乃さんは、すっかり私の能力として、信じていた。

「じゃあ、蕾ちゃんの言う事を信じてみようかね。」

美乃さんの顔に、やっと明るさが戻った瞬間だった。


終戦から3か月して、古都ちゃんにお見合いの話が届いた。

「相手はね、戦争帰りの人なんだよ。歳は5つ離れているけれど、いい人だから、考えてごらん。」

近所のおばさんが、そう言ってるのが聞こえた。

「まだ15歳なのに、結婚するの?」

「そうだね。まだ若いけれど、今は戦争で亡くなった人が多いから、女も私みたいな人しか残ってないんだよ。」

古都ちゃんは、しきりにお見合いだと、言われて渡された写真を眺めていた。

「……古都ちゃん、有一さんはどうするの?」

「そうだな。」

古都ちゃんは、膝を抱えた。

「もし生きて戻って来たとしても、有一さんが結婚するのは、お姉ちゃんだよ。私じゃない。」

それは、悲しそうな表情だった。


それが現実。

どんなに好きでも、有一さんは美乃さんの結婚相手なのだ。

「その人と、結婚するの?」

「そうなるかな。有一さんが帰って来た時に、私はお姉ちゃんのお荷物になりたくないもの。」

いつの間にか私の方が、涙を流していた。

「どうして、泣いてるの?」

「だって……好きな人と結ばれないなんて。悲しすぎるよ。」

「結婚はご縁だもの。仕方ないよ。」

そう言って古都ちゃんは、微笑んだ。

「そうだ。この写真見て。」

そこには、軍服を着た精悍な人が立っていた。

「牧田さんって言うんだって。」

牧田さん?どこかで聞いた名前だと思った。

「そうか。古都ちゃんは決めたんだね。」

「うん。私、この人と幸せになる。」

私と古都ちゃんは、顔を見合わせて笑った。


「あのね。私、女の子が生まれたら、乃理って名前、付けたいんだ。」

「乃理?なんか意味あるの?」

「響きがいいの。いい名前でしょ?」

私は迷った。

「ウチのお母さんと同じ名前だからなぁ。」

「蕾ちゃんのお母さんも、乃理って言うの?」

「そうだよ。」

「じゃあ、益々付けたくなった。」

はははっ!と笑った後、古都ちゃんは真剣な顔をした。

「ねえ、蕾ちゃん。聞いて欲しい事があるの。」

「なに?」

私は、軽い気持ちで返事をした。

「蕾ちゃんは、彼と別れたって、いつか言ってたよね。」

「うん。」

「でも、また恋をして欲しいんだ。」

なぜかその言葉が、胸に響いた。

「蕾ちゃんの時代は、自由に恋ができるんでしょ?」

「……うん。」

「だから、後悔しないように、いっぱい恋をして。そして精一杯人生を楽しんで。約束だよ。」

そして私と古都ちゃんは、指切りをした。

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