第5話 これからの時代

有一さんが戦争に行ってから、3カ月が過ぎた。

美乃さんは、毎日のように仏壇に、有一さんの無事を祈っていた。

「生きて帰ってくるといいね。」

私が古都ちゃんに言うと、彼女も寂しそうにうんと言った。

「有一さんに、自分の気持ち、話さないの?」

「話さない。」

彼女の中に、一種の強さを感じた。

「だって、話したら有一さんも、お姉ちゃんも困るもの。」

私は、古都ちゃんを抱きしめた。

「古都ちゃんには、他にいい人が現れるよ。」

「だとしても、私は一生、有一さんを想い続けると思う。」

その切ない言葉に、私は負けた。

そこまで思える恋愛を、していないからだ。


ある日。有一さんから、手紙が来た。

「早く、お姉ちゃん。手紙を開けて。」

古都ちゃんが、美乃さんにせがんだ。

「待って、古都。」

丁寧に手紙を開け、便箋を開いた。

「なんて、書いてあるの?」

「なんでも、特攻隊に選ばれたみたいで……」

「特攻隊!?」

大きな声を出した私に、美乃さんと古都ちゃんは、びっくりしていた。

「蕾ちゃん、何か知っているの?」

聞かれた時、私の体は震えていた。

「特攻隊って……自分が爆弾と共に、相手の戦艦に突っ込む事だよ。」


美乃さんは、目を大きくして驚いた。

「特攻隊に選ばれた人は、もう生きて戻ってこない。」

私が涙ながらに話すと、美乃さんは手紙の続きを読んで、涙を流した。

「お姉ちゃん……」

古都ちゃんが手紙を受け取り、最後まで読み終えたけれど、無表情だった。

きっと泣きたいけれど、美乃さんの手前、泣けなかったんだろう。

古都ちゃんは、そのまま私にも、手紙を読ませてくれた。


【今回、特攻隊に選ばれました。

 国を守ると言えば、カッコよく聞こえますが、それが本心かは私にも分からない。

 ただ言える事は、自分が行かなければ、日本はもっと敵国に攻め込まれるでしょう。

 それだけは、なんとでも避けたい。

 そうでなければ、大切なあなたを守る事はできません。

 大丈夫です。

 万が一、私が太平洋に散ったとしても、桜の木に戻って来ます。】


私は読み終えて、便箋を机の上に置いた。

何とも言えなかった。

まさか、まだ死んでもいないのに、桜の木で待ってるなんて、誰が言えるだろうか。

あの有一さんが、もう戻って来ない。

私は、胸の中で泣いた。


それから美乃さんは、暇を見ては、近くの川の土手にある桜の木を見に行くようになった。

「お姉ちゃん。あの桜の木が、有一さんだと思っているんだね。まだ死んだって連絡も来ないのに。」

古都ちゃんは、そんな美乃さんを、キツイ目で見ていた。

彼女はまだ、有一さんが生きて戻ってくると、信じているのだ。

誰よりも、強い気持ちで。


「ねえ、蕾ちゃん。蕾ちゃんは、未来からやってきたんでしょ。」

「……どうして?」

「だって、何でも知ってるんだもん。」

それでも私は、『未来から来た』とは言えなかった。

「ねえ、この後日本はどうなるの?」

古都ちゃんは、小さく丸まっていた。

「戦争が終わったら、どんな世界が待っているの?」

それは、言ってはいけない事だって、解ってる。

でも、小さく縮こまっている古都ちゃんに、これだけは知ってほしかった。

「日本は、平和な国になるよ。戦争のない平和な国に。」

古都ちゃんはそれを聞いて、涙を一筋流していた。

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