第239話 試合のあと
八王子ダンジョンは元々は丘の上の大学だった。
そしてそこがダンジョン化したという経緯がある。
その周りには元アウトレットモールの建物があって、アウトレットモールは撤退したけど、そこが魔討士協会の事務局の窓口とかの施設になっている。
今も半ば観光地化しているのと、魔討士が多いからダンジョンの周りにはレストランとかスーパー銭湯とか休憩施設とかがある。
魔討士の資格持ちはほぼ無料で使えるから、とりあえず一旦そこで休むことにした。
広々とした湯船の暖かいお湯につかったらようやく気分が収まったというか、緊張感とか高揚感とかが流れていく。
風呂上がりでこざっぱりしたあとはフードコートの隅っこの席を確保したものの……なんか周りから視線を集めている気がする。
この辺にいるのは魔塔士の関係者が多いだろうから当たり前かもしれない。
斎会君とか清里さんは珍しいだろうし。
「個室があれば便利なんになぁ。面倒やで」
清里さんがボソッとつぶやく。風呂上がりでほんのりと肌が赤くて雰囲気が違うけど、言うことはあまり変わらないな。
同感ではあるけど、ないものはないから仕方ない。
しばらくして店員さんがお茶とかポテトフライとかピザとかを並べてくれる。
早速って感じで斎会君がフォークでソーセージを刺して口に運ぶ。
ピザのチーズと少し辛いソーセージの塩味が体にしみた。
なんだかんだで体力的にも精神的にも疲れていたらしい。しばらくは無言でそれぞれが料理をつまんで、皿があっという間にからになった。
「ふう……」
斎会君が一つ息を吐いた。
一息つくとどっと疲れが出てきたな。何となく体が重い。
「ともあれ、お疲れ様」
「あれは強いですね……ただ、なんとも掴みにくい強さでした。蝶のように舞い、蜂のように刺すと言う感じですね」
周囲の視線を意識しているのか、お淑やか口調で清里さんが言うけど。
なんかいつもの口調に慣れるとこっちの方が今は違和感ある。
「それは同感だ。俺の槍をあれだけ躱されるとは思わなかった。今までやったどんな相手よりも底知れない相手だったよ。うちの爺さんも達人だと思っていたけどそれ以上だな」
「あれだけボコられるとさすがの私も心折れそうになりました」
清里さんは試合ごと距離を開けたり詰めたり、真正面から力押ししたり、衝撃波を使ったりとあの手この手で崩そうとしていたけど、どれも上手く行っていなかった。
平気な顔をしてはいたけど、頭脳派だけあってやっぱりショックだったんだろう。
「多分なんだけど……あの人、一刀斎の能力は未来を見る能力っぽいんだよね」
宗片さんがオープンにしている情報は一刀斎の鎧でも鱗でも切り裂く切れ味のことだけだ。
でも、真の能力は未来を見るほうだろう。
正確な意味でどんな能力なのかは本人にしか分からないけど。
「なるほどな……先読みが鋭いとか言うレベルじゃなかったけど、そういうことか」
「そういうのなんですか。でも、この能力、対策のしようがないのはきついわな……じゃなくてきついですね」
清里さんが言う。
確かにこの能力はこうすれば封じられるというか有利に立てるというタイプのものじゃない。
結局のところ、実力を高めて差を埋めていくしかないんだよな。
「ともあれ、いい経験させてくれてありがとう、片岡君。改めてやる気が出てきました」
「それに片岡君。君が一本取ってくれて格好ついたよ」
お茶の入ったコップを斎会君と清里さんが差し出してきて、こっちも乾杯するようにグラスを合わせた。
こういう時はお酒のほうが格好つくのかもしれないな、とかなんとなく思う。
「まあ全部負けってなるのも情けないし」
勝ったと言っても1勝だけだし、それも紙一重だった。
勝ち負けが全てだとは思わないし、まだまだ雲の上って感じではあるけど。
例え一位であっても負けっぱなしではいたくない。
「でもな……ミズキ、ショータ」
「何?」
「誰が最初に四位になっても……あたしたちはずっと友達でいような」
普段の茶化した感じじゃない、真剣な口調で清里さんが言った。
さっきの宗片さんの言っていたことを思い出していたんだろう。
「先に行かれたら追いつけばいいだけさ、そうだろ?」
斎会君が言って清里さんが嬉しそうに笑った。
「恨みっこなしやで」
「もちろん」
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