第237話 競い合う事とは

 宗片さんの体が空中を飛んで床に転がった。

 目の前まで迫ってきた切っ先を思い出す。背中に冷や汗が浮かんで体が震えた。


 危なかった……完璧に裏を取ったと思ったけど、それでも本当に際どいタイミングだった。

 あともう少し突きが速ければ、風の発動が遅ければ、相打ちに持ち込まれていた。

 

 ……と思ったところで少し冷静になった。

 宗片さんは大丈夫だろうか。


 声を掛けようとしたところで、何事もなかったかのように宗片さんがひょいと立ち上がって、めまいを払うかのように頭を振った。

 怪我は無さそうだけど……体を包んでいた防壁の白い光は消えている。


 今の風の塊は多分車にぶつかられるくらいの威力はある。

 防壁の効果は一撃で消せたらしい。


 構えを解かないまま宗片さんを見る。

 何とも言えない沈黙が流れた。宗片さんが何かを促すように鹿渡川さんの方を見る。


「ああ……そうだ……勝負あり。うん、これは片岡君の勝ちですね」


 鹿渡川さんが我に返ったように言って宗片さんがやれやれって感じで肩をすくめた。

 一刀斎が溶けるように掻き消える……勝ったのか?


「やったやん!ミズキ」

「流石だ!お見事」


 清里さんが駆け寄ってきてハグされる。

 斎会君が強く肩を叩いてきて、ようやく実感がわいた。9連敗しての10本目、それもギリギリのタイミングだけど……1位に勝てた。


「ミズキならやれるって信じてたで!」

「でも、あの踏み込みは見てるこっちが怖くなったよ」


「いやー……まさか宗片君が一本取られるのを見れるとは……良いものが見れましたよ」

「飛び込んでくるのはわかったからあの一太刀はマジで殺すつもりで振ったんだけど、まさかあれを躱すなんてね……この未来は見えてなかったよ」


 宗片さんが相変わらず物騒なことを言う。

 まあ当たっても防壁が止めてくれたとは思うけど……それでも頭に向かって飛んでくる刃は怖かった。


「で、どうする?片岡君、僕の代わりに日ノ本無双を名乗るかい?」

「それは無理ですよ」


 9連敗してようやく一本取り返したわけで、これで宗片さんを超えたとかいうのは烏滸がましい。

 

「いや、でも本当に楽しかった。

三人ともありがとう……体操選手を辞めて以来、今日が一番楽しかったかもしれないな」


 宗片さんが言う。

 そういえばそういう記事を読んだことがあるな。

 この人は確か元々は体操選手で、突然引退してそのまま魔討士になったはずだ。


「昔ね、体操選手だったときもこんな風に競い合うライバルがいて、とても楽しかったよ」


 静かな中で、宗片さんが独り言のように言った。


「でもね、ある競技会で僕が勝って……彼は世界大会に進めなかった。僕が彼を突き落とした。それから彼は口を聞いてくれなくなって、そのまま引退してしまった

競技はね……一つの大会に進めるかどうかで天と地の差が出てしまうんだよ」

「そうですね……全国大会に出れるのは一人とかそういうものでしょうか」


 斎会君が言って宗片さんがうなづいた。


「なにかが……金とか地位とか、そういう関りが増えれば増えるほどと勝負は純粋じゃなくなる。ただの競い合いで済まなくなってしまう。

僕は彼のことが本当に好きで親友だった。何も考えずに、いつまでも彼と最高の舞台で競いたかった。でも壊れてしまった。それがたまらなく辛かった」


 珍しくしんみりした口調で何かを思い出すように宗像さんが言った。


「魔討士は上に上がるために誰かを蹴落とさなくてもいい。

自分が強くなれば自分の順位が上がるだけだ。僕以外にも乙の一位がいるのは知ってるだろう?」

「ええ」


 乙の一位の中の功績点一位は宗片さんだけど、他にも一位に上がってる人は何人かいる。

 確か乙の1位の中で宗片さんの次に討伐点が高いのは九州の人で、50歳くらいの古流剣術使いだ。


「彼はこんな若造が自分の上におるのは我慢ならん、突き落としちゃるって言ってたからね。僕は彼を一番上で待っていればいいのさ、日ノ本無双としてね。

追い抜かれるつもりは無いけど、もし追い抜かれたら追い抜き返せばいい。勝って、負けて、何度も戦って……飽きるまで競い合える」


 楽し気な口調で宗片さんが言うけど。

 その親友の人との間で起きたことを想像すると、他人事だけど胸が痛くなる。


 例えば一番最初に4位に上がれたとしても、それで清里さんや斎会君と縁が切れたら

 ……同じことを考えたのか、横を向いたら斎会君や清里さんと目が合った。 


「斎会君、君は少し強引すぎだね。避けとか捌きを受けると姿勢が崩れる。

清里さん、君は考えすぎだ。頭を使うのが君の良さなんだろうけどもう少し感性に任せてもいいんじゃないかな」


 宗片さんが普段の軽い口調に戻って言った。


「それと、一応言っておくと、僕は全く手抜きなんてしていない。君達は本当に強い……乙類の未来は明るいね」


 そう言って宗片さんが部屋の隅に置いていた着流しをひょいと羽織った。


「3人とも、本当にありがとう。最高に楽しい時間だったよ、また遊ぼう。

片岡君、次は一本も取らせないからね、覚悟しておいてくれ」


「……お手柔らかにお願いします」

「こちらこそ、稽古をつけていただき有難うございました!」

「次は勝ちますんで……そのまんま強いままでおってくださいな」


 清里さんと斎会君が頭を下げる。


「しかし、宗片君。君は案外いろいろと考えているんですね。正直言ってかなり意外でしたよ」

「そうだろう?少しは見直したかい?」


 微妙に棘がある事を鹿渡川さんが言うけど、気付いているのかいないのか、宗片さんが平然と受け流した。


「じゃあ、鹿渡川君。まだ少し早いけど、調布辺りで一杯やっていこう。手間を取らせたから僕が奢るよ」

「では今日は御馳走になりますかね……皆さん、上の係官に話は通しておきますから、そのまま帰って大丈夫ですよ。お疲れ様でした」


 そういって鹿渡川さんと宗片さんが部屋を出ていった。

 


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