第237話 最終戦の攻防
「そこまで!」
鹿渡川さんさんの声が広間に響いて、同時に跳ね上げられた清里さんの戦槌が地面に落ちて大きな音を立てた。
「さて……次は片岡君の番かな」
身長より長い一刀斎を一振りして宗片さんが言う。
「ああもう!なんやねん、ク……」
悔しそうに足で地面を蹴った清里さんが、戦槌を拾って何か言いかけて戻ってきた。
多分今のは悪態を付こうとしてこらえたんだろうな、などとしょうもない事を考えてしまう。
試合を始めてから多分2時間くらい。
3人で30回以上挑んで一度も一本を取れない。それどころかまともに触ることもできない。
こっちは僕と清里さんは飛び道具があるし、斎会君の槍は宗像さんより間合いが長い。
だからあわよくば何本かは取れるかと思ったけど……甘い考えだった。
今回は鹿渡川さんの防壁が掛かってるから、いつもより本気度が高いんだろう。
でも、強いのは知っていたけどこれほどとは。
「頼むで、ミズキ。なんとか一発カマしてーな」
「じゃあ行ってくる」
初めはお淑やか口調で戦っていた清里さんだけど途中から完全に素が出ている。
といっても宗片さんも鹿渡川さんも全然気にしてなさそうだけど、
さすがに一位の壁はあまりにも高い。悠然と一刀斎を担いでいる宗片さんをみる。
ただ、なんというか少し嬉しくも感じた。
1位はこんなにも強い。超えるべき壁はこれほどに高い。
登山家は高い山だからこそ上る、挑む。安全な低い山にあえて挑むやつはいない、とか言ってたのは誰だっただろうか。
鎮定を持って進み出ると、鹿渡川さんが詠唱してまた白い光が体を包んだ。
檜村さんも同じような防御系の魔法は使えるから何度か掛けてもらったことはあるけど、この人の防壁はそれよりもかなり硬い。
さすがは一位だな。
少なくとも宗片さんに斬られても痛みはない。
おかげで遠慮なく切り込めるのはいいんだけど、今のところは全部返り討ちにされている。
色々と工夫はしているんだけど、全く崩れる隙が無い。
今回はどうしようかと思ったけど……不意に鹿渡川さんが両手を上げた。
「申し訳ないんですが、これでラストにしてください」
「えー、何言ってんのさ、まだまだこれからがお楽しみでしょ」
「私の魔力が限界なんですよ」
不満げな宗片さんに鹿渡川さんが言う。
言われてみれば宗片さんへの掛けなおしも含めて40回以上は防壁を使ってくれている。
そりゃ疲れるよな。
「なんだよそれ、丁の一位のくせに根性が足りない……」
宗片さんが言いかけたけど、鹿渡川さんに睨まれて首を振った。
「はいはい、わかりましたよ、もう」
宗片さんが首を振った。
これがラストか。
ラスト一戦、どうやって戦うか。
今まで戦ったのと清里さん達の試合を見ていた感じ、戦いが長引くとまず勝ち目はない。
詰将棋のように追い詰められる。
あと半端に距離を開けるのもダメだ。ゆっくり構えられると先を読まれる。
色々と考えてはみたけど、結局は速攻で乱戦に持ち込むしか勝ち筋はない気がするな。
とはいえ、ほぼ休みなしで30戦近く戦っていたんだから、宗片さんの顔にも疲れは見える。
こっちも疲れてるけど……付け入るスキはあるはず。
「今日は勝てへんか……でもいずれは勝つで。覚えときや!」
「片岡君!一矢報いてくれ」
清里さんと斎会君が声援と言うかそう言うのを送ってくれる。
宗片さんが斜めに一刀斎を構えて小さく笑った。
「これがラストだ。片岡君。もっとやりたかったから残念だけど……悔いが無いように掛かって来なよ」
「ええ、勿論」
鎮定の柄を握って考えを巡らせる。
ラスト一戦なら余力を残すのは意味が無いし、やり残しがあるのももったいない。
「では、はじめ!」
鹿渡川さんの声が響いた。
◆
「一刀!破矢風!七葉!」
試合開始と同時に鎮定を振り下ろした。
風が渦を巻いて斬撃が5メートルほど離れた開始位置に立っている宗片さんに向かって飛ぶ。
先手必勝……というか間を取らせると不利になるのは今までの試合で分かった。
とにかく手数で押して主導権を握らないと確実に負ける。
「まだまだ、こんなんじゃあたらないよ」
連続して飛んだ風の刃を着弾位置が見えているように宗片さんが躱す。
やっぱりこれじゃ当たらないか。
「見えへんのになんで躱せるや、意味わからんわ」
清里さんの声が聞こえた。
どういう風なのかは分からないけど……この人には恐らく未来が見えている。
だから飛び道具でも躱されてしまう。
でも胡さんの戦いのときに言っていた。
この人も全ての未来を見られるわけじゃないし、未来は変えられる。
読まれている以上の動きをすれば付け入る余地はあるはず。
今まで以上に大胆に……頭の中でどう動くかイメージする。
「いくぞ!一刀!破矢風!七葉!」
もう一度、風切り音がして斬撃が飛んだ。
それを追うように前に踏み出す。
下がりながら風を躱した宗片さんが、一刀斎を下段から払う様に振り上げた。
姿勢を低くした踏み込みに合わせるように、銀に輝く刀身がまっすぐ頭に向かって近づいてくる。
足が竦みそうになるのを押し殺してそのまま地面を蹴った。
「ミズキ!」
「危ない!」
清里さんと鹿渡川さんの声。一刀斎が空気を切り裂く音。白い軌跡を描く刀身がスローモーションのように見えた。
読まれているのは分かっている。勝負は此処から。
「風よ!」
姿勢を低くすると同時に風が吹くのをイメージした。
風が背中を押して、下から跳ね上げられた一刀斎の刀身が一気に近づく。
勢いそのままに体を斜めにして地面を転がった。頭スレスレを刀が掠めていく。
ごつごつした床の突起がトレーニングウェア越しに刺さってきた。
一刀斎の刃がすぐ上をすり抜けたのが見なくても感じる。
そのまま地面を転がって膝立ちになった。
3歩向こうに一刀斎を振りぬいた宗片さんの背中が見える。ここまではほぼイメージ通り。
後ろを取ったと思ったけど、まるで何もかも分かっていたかのように、宗片さんが姿勢を半身に変えた。
いくら何でも対応が早すぎるだろ。
「一刀!破矢風!」
長い刀身が流れるように動いて、担ぐように構えられた一刀斎の切っ先がこっちを向いた。
肩越しに後ろを突いてくる……間に合え。
「鼓打!」
横凪ぎにした鎮定の刀身から唸りを上げて風の塊が飛ぶ。
一刀斎の切っ先が目の前に来た瞬間に鈍い音が響いて、宗片さんの体が吹っ飛んだ。
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