幕間 京都右京区渡月橋……その8年後
今月はキャラ設定はお休み(ネタが尽きた)で幕間SSを公開します。
仙台編の最後に書いた幕間、京都右京区渡月橋にて(129話あたり)、で助けられた一人のその後のエピソードです。
◆
あの日のことを忘れることは無いだろう。
京都の渡月橋。12月29日。寒い冬の日の夕方。目の前で僕や父さんたちを守るために三人の人が死んだ。
あの時、どう生きるか決めた。
あの人たちのように生きるんだ。
◆
小さいころから運動は大得意だった。
何をやってもうまくできたけど、サッカーが一番感覚に合った。
才能というものがあるなら自分には有ったんだと思う。
周りが苦労して練習してうまくなることをその数倍の速さで出来た。
ボールは友達、なんていうセリフが昔の漫画にあったらしいけどそんな感じだった。
体をイメージ通りに動かせた。ボールの動きも自分で操作しているように分かった。
試合でも活躍できて世代別の日本代表にも選ばれた。
「将来の夢は何ですか?」
「魔討士になることです」
雑誌の取材を受けたときにそう答えたけど、インタビューしてくれた記者の人は冗談だと思ったらしく笑っていた。
◆
15歳くらいになれば魔討士協会で素質の診断をしてもらえる。
素質の有無が確定するのは15歳ころらしい。特殊な例外を除いてそれより前では測定は出来ない。
どういう仕組みかは知らないけど。
魔討士協会関西本部の無機質な白い壁の四角い小さな小部屋で診断を受けたその瞬間。
人生で一番緊張した。
サッカークラブの入団試験を受けた時とは訳が違う。あの時は自分の力でどうにかなった。
でもこれは単に測定をされるだけだったから自分ではどうにもできない。
目をつぶって籤を引くようなものだから。
診断が終わった後の結果が出るまでの時間はとても長く感じた。
「あなたには素質があります。恐らく乙類の能力。槍か薙刀か……長柄の武器を作り出す能力です。詳細はもう少し検証しないと分かりませんが」
診断が終わった後、魔討士協会の係員の人が言った。
「……どうするんですか?」
その人が言わんとしていることは分かった。
サッカー選手として積んできたキャリアも、周囲の期待も……勿論分かっている。
今まで、サッカーにはすべてをささげてきたと思う。素質が無ければその道を歩むことに迷いはなかった。
でも素質があるなら道は一つしかない
◆
その足で京都洛北FCのクラブハウスに行った。まっさきにクラブチームの監督に伝えた。
赤い夕陽が差し込む毎日のように使ったロッカールームで、監督は丸くて皺の寄った顔に苦しげな表情を浮かべて俯いた。
自分で選ぶ道だけど……それでも心苦しい。
「サッカーは……やめるのか?」
「二足の草鞋で成功できる世界じゃないと思いますから」
年代別日本代表として国際試合にも出た。
自分の才能を疑ったことはないけど……それでもとてつもない人は世界にも居たし、日本代表にもいた。
サッカーは好きだ。
でもどっちつかずで成功はできないし、中途半端は失礼だと思う
「正直言って、殴ってでも止めたいよ。お前は俺が指導した中でも最高の才能だからな」
長い沈黙の後に、監督が言った
「だが、お前の生い立ちは知っている……だからそうなるのもわかるよ」
また監督が黙り込んで遠くからグラウンドを走る人の掛け声が聞こえてきた。
「だが、もし……戦ってて思うところがあったら、いつでも戻ってこい。
魔討士の話を聞いたことはあるが、魔獣との殺し合いってのは覚悟を決めていてもしんどいもんらしいからな」
一言一言を噛みしめるように監督が言った。
「お前がサッカーに対して真剣じゃなかったとか、腰掛けだとかとは思ってない。
もう無理だと思ったら……いいか、意地を張らずに戻ってこい。お前が向いてないことで苦しむのを、お前のために戦った人も望んじゃいないはずだ。
お前を助けた人に報いる方法は魔討士として戦うことだけじゃないと思う。お前が何かを成すことだろ」
◆
サッカーを止めて魔討士になると正式に監督から告知があって数日後、グラウンドにサッカー雑誌やスポーツ紙の記者の人が集まってくれた。
思っていたより大袈裟で、分かっていたつもりだったけど自分に掛けられていた期待の大きさを知った。
「日本サッカー界の希望の星と言われるストライカーである君が魔討士になる理由は?」
「ずっとそれが夢でしたから」
自分の意思を再確認するために答える。
最前列にいた記者の人が悲しそうに顔を伏せた。
何度も取材であったことがある人だ。何を考えているかなんて聞く間でもない
「目指す人はいますか?あなたなら黄金世代ともいわれた高校生魔討士である片岡、清里、斎会の三人を超えれると思いますが」
その三人のことはもちろん知っている。今も現役で戦う乙類の上位だ。
でも僕が憧れる三人は違う
「吉川孝之さん、戸田啓二さん、宮川嘉子さんです」
あの時に助けてくれた人達の名を言ったけど……周囲が静まり返って、とまどうような誰だ?という反応が伝わってきた。
なんなんだ、覚えていないのか。あの日戦って僕を守ってくれた彼らを。
あんなに勇敢に戦って30人以上を救った人たちが忘れられているのか
思わず声が出そうになったけど。
「覚えていますよ。彼らの勇気と献身を」
記者の人の人垣の後ろから声が聞こえた。
人垣が割れる。其処に立っていたのは少し古風な感じの赤い和服をきた黒髪の女の人だった。
誰だかくらいは知っていた……というより京都の人で知らない人はいないだろう。
丙類一位、藍樺亥澄さん。
◆
記者会見的なものが終わって記者の人たちが帰って行った。
赤い夕焼けが誰もいなくなったグラウンドを照らしていて、そこには藍樺さんだけが残ってくれていた。
京都の守護者、ダンジョン発生の最初期から戦い続け、今も丙類の頂点に君臨する日本最強の陰陽師。
見た目は細くて押せば倒れそうなほどで全く強そうには見えないんだけど、それでもえも言われない雰囲気がある。
「憤りは分かりますよ」
「あなたはご存じなんですか?」
そう聞くと、藍樺さんが頷いた。
「彼を看取ったのは私ですからね」
淡々とした口調で藍樺さんが言う。
あの時、あの人たちが倒されたあとに助けてくれた魔法使いが藍樺さんなのは後で知った。
ただ助けられた後の記憶はおぼろげだし、会うのもその時以来だ。
「ですが仕方ないのです。人はそれぞれ大事な人がいる。斃れた人のすべてを覚えていることはできない。
彼らには彼らの大事な人がいて、あなたにはあなたの大事な人がいる」
独り言のように藍樺さんが言った。
「彼らのことは私たちが覚えていればいい」
そう言って藍樺さんがこちらを見た。
「心しなさい。あなたが無様をさらせば彼らの名に傷がつく。貴方がよき働きを見せれば彼らの献身もより輝く」
「わかっています」
立派に戦うことがあの人たちへの恩返しになる。そして今までサッカーを通じて関わった人たちへも。
藍樺さんが微笑んで頷いた。
「よき若者よ。死んではなりませんよ」
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