第235話 日ノ本無双からの誘い
折角だから時間いっぱいまでお茶でも、と宗方さんと鹿渡川さんは主張したけど。
一刻も早く帰って今後の話をしたいという木次谷さんの主張が通って、結局はすぐに帰ることになった。
「では、カタオカ様、またお会いできる日を楽しみにしております」
「ヒノキムラ様。来訪をお待ちしておりますわ」
レイフォンとフェンウェイ、それとシューフェンの部下らしい狼の紋章入りの服を着た一団が恭しく頭を下げて見送ってくれた。
折角だからもう少し居たかった気もする。
なんか誰かが言っていた、海外旅行で空港にだけ滞在した、みたいな感じだったな。
◆
門を抜けると、もとの魔討士協会の広い部屋に戻ってきていた。
暖房の少し暖かい空気と殺風景な倉庫のような部屋。さっき見た全部が夢のように感じられる。
木次谷さんが待っていてくれた職員さんに何か話すと、職員のひとが慌てて部屋を飛び出して行った。
それを見つつ木次谷さんがため息をつく。
こんな風になるのは想定外で、なんか巻き込んだ感があって申し訳ない気もするけど……
「いいんだよ、片岡君。僕らの仕事は戦うことさ。敵を切った後に事後処理で悩むのはお偉いさんの仕事」
宗片さんが察してくれたように言うけど……さすがにそこまで気楽には思えないぞ。外からなにやら話し声と慌ただしい足音が聞こえてくる。
木次谷さんが苦笑いして宗片さんを一睨みした。
「言い方というものが有るでしょう、と言いたいところですが、そうですね……片岡君、気にしないでください。
シューフェンからすでに同盟の話は出ていました。いずれ来るものが今来たというだけです」
木次谷さんが言う。
「いやー、しかし実に素晴らしい経験でした。誰かに自慢して回れないのだけが残念です。本当に」
鹿渡川さんが少し重くなった空気を換えるかのように興奮気味に言う。写真を撮ってきたらしく、スマホの画面を見ていた。
この人は実際のソルヴェリアの獣人たちに会うのは初めてだろうし、そりゃ色々と驚くよな。
「一応言っておきますが、他言無用ですし、写真の流出なんてことが無いようにしてくださいね」
「ええ、勿論大丈夫ですよ」
鹿渡川さんが少し浮かれた感じで頷く。
また行く機会があるんだろうか、興味はあるけど、海外旅行とは全く違うわけで少し怖くもある。
◆
胡さんは黙って部屋の中央に浮かんでいるノイズのような門の方を見ていた。
しばらくして門が薄れて消えていく。
これで思いを遂げることができたんだろうか。
あいつを倒せても亡くなった奥さんたちが戻っては来ない。
「大丈夫ですか?」
「はい。まずは墓前に花を供えて報告をしなくては」
胡さんが言う。
淡々とした口調はあまり変わらないけど、なんというか張りつめた雰囲気を漂わせていた感じではなくなった気がする。
「その後は日本に戻って師父のために戦いたい。如何でしょうか」
「ありがたいですけど……それはいいです。其処までしてもらうのも悪いし……特級って強いんでしょ」
木次谷さんが頷いた。
「日本だと1位か2位クラスですね。正直言いますと……魔討士協会としてはそれは遠慮して頂きたいというか」
「なんでです?」
「そのレベルの実力者は国としては定着ダンジョン討伐で重要な戦力です。
それが他国に移籍なんてことになれば、あらぬ憶測を呼ぶんですよ」
木次谷さんが教えてくれた。
強力な戦力の引き抜きみたいにみられるってことかな。
「そういうことらしいので……ダンジョンが出なくなったら恩返ししに来てください」
「では、師父よ。台湾にお越しの際はぜひともお声がけください」
胡さんが言って深々と一礼してくれた。
「とはいえ……特級と言われても、今まで私は人のためには戦っていなかった。
あいつに再び会うことだけを目的にしてきました。特級になれたのは敵を殺し続けただけで、ただの結果です」
「そうなんですか?」
「此処だけの話ですが誅師公社の者からは、我儘で自分の事しか考えず、公社の統率に従わない厄介者と思われているでしょう」
胡さんが気まずそうに言う。
「全然そう言うイメージないんですけど」
僕が接した感じだと硬派な武人という感じしかない。
「さすがにお願いをいたす時くらいは礼儀をわきまえますとも。
ですが、恥ずかしながら、それが実態です……なので今後は特級に相応しい自分であろうと思います。さぞかし彼らは驚くでしょうね」
小さく笑いながら胡さんが言う。
復讐が終わって呆けたりしてないかと思ったけど、そう言うことは無さそうだ。
「一応念を押しますが……」
「無論、ソルヴェリア皇国なる国のことについては決して明かしません。忘恩の徒になるつもりはありませんので」
胡さんが言って、木次谷さんが頷いた。
「師父よ……帰国の前にもう一度ご挨拶をさせていただきたいと思います。
この度は本当にありがとうございました。この後の生は妻と子に恥じぬようにします」
◆
とりあえずこれで解散ということになった。
木次谷さんと胡さんはもう少し話があるらしくて部屋から出て行く。
色々と冷や冷やした場面もあったけど、異世界も見れたし胡さんも目的を果たせたし、良かったな。
「ところで片岡君」
この後どうしますか、と檜村さんに言おうとしたところで宗片さんが声を掛けてきた。
「なんですか?」
「今度マジで一遍ガチ勝負したいんだけど、どう?」
宗片さんが唐突に言う……檜村さんが顔をこわばらせた。
八王子でのあれを思い出したんだろうけど、宗片さんが笑顔で首を振った。
「ああ、檜村さん。違うよ。
この間の時のようななし崩しのじゃなくて、準備をきちんと整えての真剣勝負だ」
宗片さんが言う。
「具体的にはどうするんですか?」
「鹿渡川君に防壁を掛けてもらって、万が一の治癒要員として待機してもらう。彼の防御の魔法をかけてればお互い一撃で死ぬことは絶対にない。
防御が解けるような一撃を受けたら一本でそこまで。これでどうかな?」
「堂々と話してますけど、魔討士同士の戦いは規約違反ですよ。勝手に私を立会人にしないでいただきたいんですが」
鹿渡川さんが呆れたように言う。
「まあまあ、そんな硬いこと言いっこ無しさ。双方が合意してれば問題ないよ。それに僕と片岡君のガチンコ一騎打ち、特等席で見てみたいとは思わない?」
「まあ……それは少しね」
鹿渡川さんが微妙に申し訳なさそうな目で僕を見つつ言う。
個人的には勝てる気がしないけど……少なくとも興味深いというレベルではあるらしい。
「君、本当に強くなったよ。だからマジで戦ってみたいんだ。風使いの本気と。だって普段は僕に怪我をさせないように加減してるでしょ?
ガチの僕に勝てたら日ノ本無双だよ。どうだい?日本一に挑んでみないかい?」
そう言って何か怪しげな勧誘でもするように宗片さんが大きく手を広げた。
「と言っても一回勝てば日本一ってのも変ですよね」
「君はよく分かってるね、流石だ。
勿論一度の戦いで分かるのはその時の勝ち負けだけで、優劣までは決まらない。何度戦って分かるもんだけど……逆に一度の立ち合いで分かる時もある」
いつになく真剣な口調で宗片さんが言った。
「まあ考えておいてよ、今回は結構本気だからね」
そう言って宗片さんが着流しを翻して部屋を出ていった。
檜村さんが不安そうに僕を見るけど……日本一か。
◆
本章はここまで。
なんか主人公の影が薄いエピソードになってしまった感がありますね。
もう少し早く書けると思ったんですが、意外に時間がかかってしまった。
設定公開を投稿し忘れてたので、とりあえず二回分設定回を投稿します。
次章はしばらくお待ちください(ネタ出し中
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