第234話 友であるということ

 ガゼイさんが引き上げていって、それを追うようにチェンカイの部下らしき兵たちが遺体を旗に包んで門の向こうに去っていく。

 胡さんはその後ろ姿を最後まで見守っていた。 


 これで気持ちに区切りはついたんだろうか。

 でもそういうことを聞くのは、触ってはいけない場所に触れるようで何となく憚られる。


 周りにいた兵士とその上官らしき戦士たち、それと文官とかが何やら色々と話していた。

 一部はガゼイさん達を追うように出ていって、一部はばらばらに砕けた建物の周りをまわって破片を拾ったりしていた。


 さっきまで漂っていた緊張感は完全に無くなっている。

 もう決闘は終わったし、皇帝もいなくなったからあとは随時解散って感じらしい。なんとなく体育祭とかが終わった後の空気みたいだな。


「どうする?もう帰るかい?」


 難しそうな顔で考え込んでいる木次谷さんの代わりに宗片さんが言う。

 

「せっかくだから彼らのことをもっと知りたいんですが……ちょっと難しそうですね。貴重な機会だから色々と話をしてみたいのに」


 鹿渡川さんが残念そうに言う。

 まだとどまっている人たちがこっちを見ている。鹿渡川さんが近づこうとすると相手も一歩下がるから何となく近づきがたい。

 値踏みされてるようでもあり、恐れられているようでもあり、という感じだ。

 

「門はしばらく開いたままになっておりますので、いつお戻りになられても問題ありません。

暫くなら滞在して頂いても構いません。茶でも用意させましょうか?」


 レイフォンが言ってくれる。


「そうですね……折角だから一杯頂きたい」

「では支度させましょう」


 鹿渡川さんが言ってレイフォンが周りにいたお付きの人に何かを指示する。

 僕もお茶でも貰おうかと思ったけど。


「カタオカ様」


 不意に声が掛かってそっちの方を向くと、いつの間にかフェンウェイが立っていた。 



「ご無沙汰しております、カタオカ様。

その後も武功をいくつも立てられたとのこと……私も誇らしいですわ」


 そう言ってフェンウェイが頭を下げてくれた。髪からふんわりした甘い香りが漂う。

 決闘の場は男の場って感じだから来てるとは思わなかった。


 今日は綺麗な髪を後ろで結って短か目に見えるから、獣耳が目立つ。

 髪型に合わせたのか、前に見たゆったりした長いローブのような衣装じゃなくて、薄緑色のチャイナ服のようなタイトな服で、華やかだけど活動的な雰囲気だ。

 

 涼やかな目つきと白い肌に薄桃色の頬と赤い唇……相変わらず一部の隙も無い美少女って感じだな。

 檜村さんが横でため息をついた。


「ああ……久しぶり」

 

 と言ってはみたものの何となく気まずい。

 気まずさを察してくれたようにフェンウェイがほほ笑んだ。


「カタオカ様にお目にかかりたかったのもありますが……今日はヒノキムラ様にお会いしたく、兄に無理を言ってこちらに参りました」

「私かい?君とは初対面だと思うが」


 檜村さんが首をかしげるけど。


「お初にお目にかかります、フェンウェイと申します。貴方様の事は兄から伺っています。ヒノキムラ様。

女性ながらあのおぞましい后種フョンシューに相対し、それを一撃で打倒する素晴らしく勇敢な道術師であると」


 フェンウェイが言って檜村さんの手を取った。


「ああ……そう言ってもらえると嬉しいよ、うん」

「お会いできて光栄ですわ」


「こちらこそ、始めまして。私は檜村玄絵。よろしく」

「異界、ニホンの女の方とお話しするのは初めてなので……色々お聞かせ願いたいです」


 なにやら檜村さんとフェンウェイさんが親しげに話し始める


「カタオカよ。礼を言うぞ。見事な剣舞だった。大風老子の名に相応しいな」


 フェンウェイと入れ替わるようにシューフェンが声を掛けてきた。

 ……個人的にはその呼び名は止めて欲しいところではある。


「あれで少しは皆の心も変わると良いのだが……」

「こっちこそ、色々とありがとう」


 色々と自分自身の思惑もあったんだろうけど、シューフェンが今回のために便宜を図ってくれたんだろうなというのは分かる。

 ガゼイさんの言ってたことやチェンカイの口調からすると、もし胡さんが負けたら色々と問題があったのも。


 今から思うとこっちに来たときのレイフォンの緊張した雰囲気はそれもあったんだろうな。

 お茶の支度とか色々と世話を焼いてくれているレイフォンはさっきとは打って変わって安心したような穏やかな感じだ。


「私はお前を友だと思っている。ならお前のために行動するのは当然だ」


 シューフェンがはっきり言う。


「その結果、仮に私に何か不利益があっても、それは友を信じた結果で悔いはない。そこで損得で判断を変えるなら、それは友とは言えん。そうではないか?」


 シューフェンが言うけど……そこまで硬く考えられるとこっちもなんかプレッシャーがかかるな

 


 話が終わったのか、フェンウェイがこっちの方に来るのが見えた。

 入れ替わるようにシューフェンが檜村さんの方に歩いて行って、宗片さん達も交えて何か話し始める。


「本当に檜村さんに会いに来たの?」

「はい。いずれはともにカタオカ様のお傍にいる方なのですから、ご挨拶したかったのです。

素敵な方でとても嬉しく思いました」


 フェンウェイが平然と言う。

 色々と文化の違いを感じるけど……


「カタオカ様のお国の流儀は兄から伺っております。我が国と異なり一人の殿方に妻は一人であると。

ですからカタオカ様のお気持ちは分かります」


 フェンウェイが言う。

 シューフェンから色々と聞いているらしい。


「とはいえ……カタオカ様のような素敵な殿方を独り占めは良くないと思います。

ですからヒノキムラ様とも仲良くさせていただきたいと思っております。ヒノキムラ様にも私のことを受け入れていただかなくては」


 フェンウェイが言って檜村さんの方をちらりと見た。


「頂きに至る山路険しくば、裾野回るが即ち早し。戦も恋も、戦果を得るには機を待つことも大事であることも分かっておりますわ。

ご迷惑と思われるかもしれませんが……どうか私がカタオカ様を想うことはお許しください」


 可愛い顔だけどこっちも押しが強い。

 ……というか口を挟みにくい圧がある。


 シューフェンの妹さんらしいといえばらしいけど……できれば誰かソルヴェリアでいい人を見つけてほしい気もする。

 フェンウェイが檜村さんの方を見て一礼した。


「ヒノキムラ様。次は我が家にお越しください、歓迎いたしますわ」


 明るい口調で言ってフェンウェイがシューフェンの方に歩き去っていった。

 檜村さんがもう一度ため息をついて、後姿を見る。


「気さくないい子だね。それに信じがたいほどに綺麗だ。

シューフェンもだが狼士族というのは美男美女ばかりなのかな」


 これに関しては同感ではある。

 フォルレアさんもレイフォンも美男子だし。


「何の話をしてたんですか?」

「取り留めもないというか世間話と挨拶くらいだよ。なんでも湖の傍に別邸というか別荘を持っているらしくてね、一度来て欲しいんだそうだ

……とはいえ、なんせ異世界だしね。もっと手軽に行き来できるようになればいいね」


 檜村さんが周りを見回しながら言う。

 確かに旅行先と言う意味ではとても面白そうではあるんだよな。


 



 


 

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