第231話 道術の力

 地響きのような氷が砕ける音が止んで、周囲からどよめきが上がった。


「あれを一撃だと?」

「何たる威力……しかもあれだけ広域に効果が及ぶなら、あの忌まわしい蟻共を一掃することも難しくはないぞ」


「それに、あの風で守られれば、あの蟲どもとてそうは近づけぬ」

「道術師など、念仏を唱える間に矢を10本は射れる……と思っていたが、あれほどなのか」

「ふん、この程度……我が斧をもってすれば同じことができるわ」


 周りからいろんな声が聞こえてきた。


「へーえ、檜村さんの魔法を見るのは初めてだけど、大した威力だね。これなら日本代表でよし」

「これが噂の乙5位と丙4位のコンビですか……うん、すばらしい。若い世代の活躍を見るのは嬉しいものです」

「風使いがこれほどとは……本気の師父には近づける気がしません」


 宗片さんと鹿渡川さん、それと胡さんの話し声も聞こえてくる。


「なんか褒められるのはいい気分だね……せっかくだからもう一発行っておこうか」


 檜村さんが楽しげな顔で言う。

 こういう反応はやっぱり嬉しいらしい。1位に言われるのは僕も悪い気はしないけど。


「いいんじゃないですか?シューフェンも文句は言わないでしょ」

「じゃあ次だ、【書架は北西・創造の2列・四拾八頁15節。私は口述する】」

 

「一刀、破矢風、天槌!」


 鎮定を振り下ろす。

 空中から風の塊が石畳の円のふちに向かって落ちた。

 

 立て続けに重い音が響いて石畳が砕けて飛び散る。

 もっと狙って落とさないとダメだよ、と宗方さんに言われたけど。以前よりはこの風も狙いが正確になってきた気がするな。


 さっきの冷気とは違って、今度は肌を刺すようなピリピリした感覚がしてきた。

 服の表面に小さく白い光が瞬く。今度は雷撃系か。


「【天空に有りて裁きを司るいと貴きものに、つつしんで奏上致す。彼の者は許されざる咎人なれば寸毫すんごうの自由も許す勿れ。雷鳴の獄に永劫に繋ぐがその罪過に相応しいと愚考するものなり。呵責かしゃくは不要。然るべく】術式解放!」


 もう一つの門に空中から青白い稲妻が飛ぶ。

 フラッシュのように輝く雷撃が門に絡みいて、内側から爆発するように門の建物が吹き飛んだ。


「おお!」

「雷だと!氷だけではないのか?」


 稲妻がすぐに消えずに青白く光る網のように崩れかけた建物を取り巻いた。

 雷鳴が立て続けに響いて白い稲光が何度も瞬く。

 15秒ほど光り続けた稲妻が、門を完全な粉々の瓦礫に変えて唐突に消えた。



 どよめきが収まって広場が静まり返った。

 ひそひそと話す声だけが聞こえるけど、何を言っているのかは聞き取れない。


「みよ、この道術の威力。これこそが后種フョンシューを一撃で屠る道術の力。我らが勝利するためにこの力は欠かすことは出来ぬ。

剣も、弓も、道術も、全ての力を束ねて蟲どもに勝利するのだ」


 シューフェンが芝居がかった口調で言う。


「そして、道術師が唱える間に守るは大風老師。道術師を守るは卑下すべき役割にあらず……むしろ気高き役割だ。

打倒した時の武功は道術師とその守りに着く剣士が隔てなく分け合うもの、そうだろう?」


 シューフェンが僕の方を見て聞いてくる。

 

「ええ、そうです」


 魔討士の討伐単位はパーティ単位で付いて基本的には山分けだ。

 止めを刺した人がポイント独り占め、なんてことにはならない。


 ていうか、もしそうだったら色々ともめ事になるだろうな。

 この辺はトラブルにならないように色々と考えられていると思う。


 自分が活躍できた時はちょっと不満を感じる時もあるけど、そうじゃない時もあるわけで。

 いつでも一人で大活躍なんて言う人は、宗片さんとかのような特殊な例外だ。


「……ところで、なんか威力上がってませんか?」

「実は私もそう思っていた……異世界だからのなのかな?」


 あの氷の魔法は何度か見たことあるけど、あんなに威力は無かった気がする。

 僕の風もだけど魔素が濃ければ威力も上がる……ということなんだろうか。

 この辺は検証のしようが無いんだけど。


「これなら……道術師を登用するのも選択に入れてよいやもしれん」

「しかしだな……所詮はそのものが優れているだけなのではないか?」

「我が国にこれほどの道術師がいなければ意味がない」


「そもそも道術に頼るなど……我らには武門の誇りがある」

「その通りだ……我らの武を貫いて敗れるならそれも致し方なし」

「そんなことを言っている場合か」


 なんか不満げな声も聞こえてくる。

 ……ソルヴェリアでは本当に道術は不遇らしいな。シューフェンが苦い顔をして何か言おうとしたけど。

 

「良いものを見せてもらったぜ。大したもんじゃねぇか。こいつがあの兎のトゥリィの師匠ってわけか」


 よく通る声が壊れていない門の方からして、大きく太鼓の音が響いた。



 声の方を全員が向く。

 

「正直ニホンとやらの祖人の道術師なんぞどの程度のものかと思ったが……これはお前が言うのも分かるぞ、シューフェン」


 門の方にいたのは、豪華な乳白色の鎧を着て、金色の旗を持った兵士が二人。

 旗には金色の房がつけられていて、ライオンの横顔が刺繍されている。


 その後ろには……大男がいた。190センチは越えていそうだ。

 金色のライオンのような長い髪と髭で何となく年が分かりにくい。

 

 金で縁どられた白の服の中央には吠える獅子と爪の紋章が刺繍されていた。

 衣装は立派なんだけど、シューフェンとかと違って襟元とかが緩んでいてだらしない感じだ。


 ただ、遠目から見ても分かるほどの威圧感がある。

 体が大きいと言うだけじゃなくて、恐らく相当強い。


 その後ろにはこれまた金色の衣装を着た男の人がいた。

 同じように金色の髪と髭だけど、こっちはきちんと冠を付けていて服装も整っている。


 この人も背は高くて体格もいいんだけど、穏やかそうな顔立ちだ。

 横にいる人があまりにもデカいせいか、なんか細く見えた。


 それともう一人女の人。

 これまた金色の長い髪の人でその大柄な男に寄り添うようにしている。なんとなく恋人っぽい。


 そして旗も全員の衣装も髪もキンキラで何とも派手だ。

 でも金ピカで豪華だけど不思議と下品な感じはしなかった。 


「皇帝陛下のお出ましである。諸兄ら、頭を垂れよ。礼を失するなかれ」


 後ろに従っていた男の人が細い体格に似合わない大きな威厳のある声で言って、その場にいる兵士たちが全員が膝をついた。




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