第230話 勝利するために

 チェンカイの体が石畳に倒れた。

 地面に血が広がっていく……あれはもう助からないな。


 胡さんがその遺体を見下ろして何かつぶやいた。

 何を思っているのか……僕には計り知れない。


「チェンカイ様!」

「貴様!!よくも!」


 狼の紋章が入った水色の服を着た兵士たちが怒りの声を上げて何人かが剣を抜くけど。 


「控えろ!これは古き礼節にのっとった剣の裁定なり。

これ以上の異議を述べることはチェンカイの名を汚すものと心得よ!」


 シューフェンが一喝すると、兵士達が剣を下ろして項垂れた。

 兵士達の何人かがチェンカイの体を丁寧に抱え上げて引き下がっていく……あんなのでも主人は主人ってことだろうか。 


 それを見てため息をついたシューフェンが、こっちに歩いてきた。

 何の用だろうか。


「剣の裁定はこれで終わりだ……次は此方の頼みを聞いてもらいたい、カタオカ」

「頼み?」


「というより、道士殿、あなたに頼みがあるのだがよいか?」

「なんだい?」


 檜村さんが怪訝そうな顔で言う。


「この剣の裁定には皇帝陛下の側近が来ておられる。この場であなたの道術を見せていただきたいのだ」

「なぜ?」


 そう言うとシューフェンが俯いて周りを伺うように視線を巡らした。


「認めたくはない、そして大きな声では言えんが……このまま蟲どもと今のままで戦い続ければ、敗れるのは我らの方だ。蟲どもの方が増える速度が速い」


 シューフェンが静かに言う。


「だが、いまだにそれを認めぬものがいる。そのようなことを考えもせず、ただ戦い続けるだけというものがな。呆れたことに、蟲どもに贄を差し出して和平を結ぶべきだという者さえいる」

「それは……無理でしょ」


 どう見てもまともに和平を結べるような相手じゃないと思う。というか、和平条約を守るとは思えない。

 檜村さんが頷いた。


「……剣術の稽古なら敗れても次がある。だがあの蟲どもとの戦いに敗北は許されない。

勝利のためには道術の力がどうしても必要だ。そしてそのためには力を示すことが必要なのだ」


 シューフェンが言う。

 プライドの高そうなシューフェンが言うくらいなんだから、かなり深刻な状態なんだろうということは感じられた。


「それに、我らは死を恐れはしないが……それでもその死がより良き明日のため、妻と子のためになると信じたいのだ。自分の死が犬死にではないと信じられねば士気は保てぬ」


 シューフェンが深々と頭を下げた。


「どうか、お願いする」


 檜村さんを連れてきてほしいというのがなぜなのか分らなかったけど、こういうことか。


「……どうします?」

「構わないよ……それにトゥリィもそうだが、少しは関わってしまったからね。他人事ではいられない」


 檜村さんが言う。


「いいですか?」

「さすがに断れる雰囲気ではありませんからね……仕方ないでしょう」


 木次谷さんに聞くと、木次谷さんが複雑な表情を浮かべつつ言った。

 僕は戦えばいいだけだけど、この人は色々と考えることがあって苦労が多そうだな。


「あの建物は壊して構わないかい?」


 檜村さんが四方を囲む門の一つを指さして聞く。


「むしろ壊すくらいにやってもらいたい。

カタオカ、お前も風の力を見せてくれ。道術師を護るものとはどういうものか、それも示してほしい」


「へえ、じゃあ僕も……」

「貴方はいい、ムナカタ殿」


 宗片さんが言うけど、シューフェンがそれを制した。


「なんでだよー、折角来たんだから僕も混ぜてほしいんだけどね」

「貴方の強さは武術……剣術の強さだ。だが、いま見せる必要があるのは道術の強さなのだ」


 シューフェンが言って宗片さんが肩を竦めた。


「そういうことなら仕方ないなぁ。片岡君、檜村さん、日本代表として一発ガツンとやっちゃいな」

「聞け、諸兄ら!今より門の向こう、異界の国、ニホンの道術師が道術の力を示す。その力、とくと見よ」


 シューフェンが言って、手で石畳の円の中央に行くように促してきた。

 中央まで行くと、周囲の全員の視線がこっちに集まるのが分かる。

 檜村さんがメガネの位置を直して空を仰いだ


「いきなり日本代表なんてプレッシャーだね……傍に居てくれるかな?」

「ええ、もちろん。いつもそうしてるでしょ」


 そういうと檜村さんが拳を突き出してきた。

 軽くグータッチをする。


「じゃあ、やろうか。【書架は南東・理性の5列・22頁6節。私は口述する】」

「一刀!破矢風!蛇颪!」


 鎮定を横凪ぎに振ると風が渦を巻いた。

 竜巻のように風が吹きあがって、周りの旗が風に巻かれてはためく。


 派手にやっていいというならなら遠慮なくいこう。今はこの後の戦いの事とかは心配しなくていいし。

 頭の中でイメージして、風の渦の範囲を石畳の円のギリギリまで伸ばす。

 風の斬撃が旗竿や兵士の持っていた槍を切り飛ばした。


「もっと下がれ!危ない!」

「こんなところまで届くとは」

「これは道術……なのか?」

「これがシューフェン卿のいう異国の道術だというなら期待外れだぞ」


「いや、これが大風老師の力であろう」

「あの祖人が持っているのは刀だ……これはどうやらサンマレア・ヴェルージャの魔道武器と同種のもののようだな」

「しかし……やはり詠唱が長すぎる。これなら我が弓の方が……」


 風の向こうから声が聞こえてくる。

 しばらくして白い雪の結晶が僕らの周りをまわり始めた。

 

「『ここは最果て北端の城郭、此の地にて炎の燃ゆるは禁じられし行い。全ては凍てつき永久に眠るべし、其は王命なり』術式解放!」


 檜村さんが詠唱を終えて門のうちの一つを指す。急激に気温が下がって肌に冷たい空気が触れた。

 真っ白い塊のような吹雪が巻き起こって、頑丈そうな赤い建物を真白く染め上げる。 

 吹雪が止んだときには建物は氷漬けになっていた。


「これは?」

「これが道術の力なのか?」

「しかも……単独の道術師でこの威力とは」


 周りからざわめき声が上がる。

 一瞬の間の後に氷にヒビが入って、建物ごと氷がバラバラに崩れ落ちた。


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