第229話 裁定の結末
シューフェンの一言を聞いて、胡さんが崩れるように膝をついた。
腕に刺さっていた剣を胡さんが引き抜いて投げ捨てる。
鹿渡川さんが駆け寄って肩の傷に手を当てた。
「【彼岸よ遠ざかれ。あなたはまだ死ぬには早すぎる】」
鹿渡川さんが詠唱すると、すぐに肩と腕から流れ出ていた血が止まった。
流石丁の一位だな。胡さんの表情が和らぐ。
「大丈夫でしょうか?」
「ええ、とりあえず問題はないでしょう。血をかなり失ったので無理はさせられませんが」
鹿渡川さんが言って木次谷さんが安心したようにため息をついた。
「いや、良かった……特級の誅師が日本で死んだとなれば国際問題になりかねませんでしたからね」
「此処でそういうこと心配する?」
茶化すように宗片さんが言う。
「私にも色々と心配することがあるんですよ、勝ち負けだけじゃなくてね」
「感謝いたします、片岡師父、それに皆さま」
痛みをこらえるように胡さんが言う。
治癒魔法は怪我を直すけど、ゲームのようにHP全回復で元通りってわけにもいかない。
ただ、顔色は悪いけど命に別状は無さそうだ。
「師父よ。この場を与えてくれたこと……心より感謝します。命を捨てる覚悟でしたが……」
胡さんが言う。そのつもりだったんだろうなというのは分かるけど。
「多分、奥さんがまだ来るなって言ったんですよ」
恐らくコンマ数秒の攻防で、同じ状況でもう一度同じことができるかは分からないと思う。
戦ってる中で何度か僕にもそう言うことはあった。
でも、生き残ったというのはそう言うことだと思いたい。
「へえ、なかなか詩人じゃないか、片岡君」
宗片さんが言って、胡さんが小さく笑った。
「では……生きなくてはなりませんね」
◆
「剣の裁定の意味が分かっただろう、カタオカ」
いつの間にかシューフェンが近くに立っていた。
「苦境に陥った時、自分より上の相手と相対したときに、それでも立ち向かえるか……それがそのものの歩んできた道、積み上げた修行、心の強さ、信念を示すのだ」
シューフェンが言う。
「チェンカイはまだ立てたのに心が折れた。恐れを跳ねのけられなかった。心の中で罪を認めた」
「……そういうもんかなぁ」
今一つ釈然としない感じはあるんだけど。
一撃で致命傷になれば誇りがあっても立てないだろうし、今回だってほんの紙一重の差でその展開は十分にあり得た。
そうなったら、あいつのいい分が正しかったってことになってしまったわけだし。
「無論、技は重要だ。
だが、強い思いが武運を引き寄せ、死から逃れ生を掴むと我らは信じている」
シューフェンが言う。
どこまでも精神論っぽいけど、師匠が同じことを言っていたな。
技を駆動するのは使い手の心。能力だけで勝負は決まらない。
でもコンマ一瞬の攻防で奇跡を起こすのは、案外そういうものなのかもしれない。
「それに、あの男が倒れなかったのは、倒れられない理由があったからであろう。
もしチェンカイと立場が逆ならば、あの男は立ち上がっただろう……無論勝ち負けは重要だが、その心根を測るのが剣の裁定なのだ」
シューフェンが言って胡さんを見た。
「武人殿。あなたの言の正しさは証された。我が同胞が犯した不始末を深くお詫びする。
……自ら誅殺する権利もあるが、如何に?」
シューフェンが言って胡さんが考え込むように顔を伏せた。
「この私を誅するだと……」
その時に向こうの方から憎々し気な声が上がった。
◆
「ふざけるな、祖人風情が!こんなことはあり得ん!ただの運だ!」
チェンカイが従士の肩を借りて立ち上がっていた。
「それにシューフェン!私を誰だと思っている!この私を!誅するだと!祖人に!」
チェンカイが従士を振り払って石畳に転がった剣を拾い上げる。
「チェンカイ!これ以上、名を汚されるな!」
シューフェンが叫んで剣を抜くけど、それを制するように胡さんが一歩進み出た。
何か喚きながら突っ込んでくるチェンカイに向かって、胡さんが両手を前に出すように構える。
「死ね!」
チェンカイが左手に持った剣を振り下ろすより早く、胡さんの足が跳ねるように上がった。
つま先が突進してくるチェンカイの胴に突き刺さる。
チェンカイが血を吐いてよろめいた。
やみくもに振り下ろされた剣を左拳が下から突き上げる。
ぐらりと体勢を崩れて、胴ががら空きになった。
「
胡さんが呟くのが小さく聞こえて、踏み込んだ足が石畳を叩く。
同時に、両手がチェンカイの胸、狼の刺繍を打った。
重い地響きのような音がして、剣が手から落ちる。
剣が石畳で音を立てて撥ねて、糸が切れたようにチェンカイの体が崩れ落ちた。
◆
どうでもいい話ですが、胡さんの最後の技は形意拳の虎撲連環と言うのを参考にしています。
調べるのが便利な時代になりました。
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