第228話 交錯の一瞬

 二人が中央に石畳に乗った。

 中央に立っていたシューフェンが石畳に端まで下がる。


 開始の合図は無いけど……もう始まっている。

 胡さんが前と同じように右手を前に突き出すように構えた。槍を構えているようにも見える。


 チェンカイが半身になって右手で剣を構えた。

 シューフェンとは少し違う、フェンシングっぽい構えだ。


 構えたところで空気が引き締まるのが離れていても分かった。周囲が静まり返る。

 確かに……こいつは強い。

 それぞれが少しづつ間合いを詰めて3メートルほどのところで向かい合った。

 

「うーん、そういえばあなたの顔は見おぼえがある気がありますね。そう、見たことも無い奇妙な街で戦った時に見た覚えがありますよ」


 チェンカイが言う。


「そういえばあの時も何人か切りましたね。その中にあなたの妻と子もいたのでしょうか。雑草のことなど覚えてはいませんが」


 チェンカイが煽るように言うけど、胡さんは全く動揺する様子を見せない  

 

「とはいえ、剣の裁定が始まってしまえば勝者の言が認められます。無念を抱きながら死になさい」


 威嚇するようにチェンカイが剣を突き出す。何発かが顔や肩を掠めた。

 滑るように胡さんが距離をとってまた間合いを図る。


 シューフェンと同じく突きが主体だと間合いの差はかなり大きい。

 隙……というか攻撃の間を伺うように二人が正対したまま横に回る。


「へぇー……あのコスプレマン、なかなか速いねぇ」

「どうしたのです?仇が目の前にいるのに、夜までそこにつっ立っているつもりですか?踏み込んでこなければ私は倒せませんが……それとも異界のものお得意の道術でも使うのですか?」


 チェンカイがまた挑発するように言って周りの兵士たちがはやし立てるような声を上げた。

 チェンカイの部下とかそんなんだろうか。


 ただ、踏み込まないと勝ちはないのは確かだ。

 胡さんに間合いを一瞬で詰める技術があるのは身をもって知っている。でも今回は模擬刀じゃなく真剣が相手だ。

 

 煽ってはいるけど、チェンカイの方も迂闊には踏み込めないでいるのも感じる。

 向かい合って感じるものがあったんだろう。


 ピリピリした空気がこっちまで伝わってくる。

 この膠着は続かない……抑えていても感じる。胡さんの闘志と怒り。

 そしてどちらが勝つとしても、恐らく一発でケリがつく。

 

 緊張感が伝わったのか、次第にはやし立てる声は小さくなっていって、ささやき声さえしなくなった。

 鳥の鳴く声と、風が旗を揺らす音が小さく聞こえる。


 二人の靴が石畳を擦る音と、時々突き出される剣の風切り音。

 隣にいた檜村さんが僕の手を強く握った。木次谷さん達が息を詰めて胡さんを見る。

 

「ちっ」


 チェンカイが焦れたように小さく舌打ちした瞬間、前触れなく胡さんが踏み込んだ。

 金属がぶつかり合う甲高い音と車の衝突するような衝撃音がする。

 

 土ぼこりと何かを引き摺るような音を立てて、何かが石畳の部分の向こうの芝生まで吹き飛んだ。

 何かと思ったけど……巻きあがった土ぼこりの向こうにチェンカイの水色の服が見える。

 体を起こそうとしたチェンカイが血を吐いた。 



 血を吐いたチェンカイが地面にまた倒れる。

 勝った、と思ったけど……胡さんの左手を貫いて肩口に剣が突き刺さっていた。

 白い道着に血が広がっていって、僅かによろめいた胡さんが姿勢を保つ。


「すごいね……」


 宗片さんが呟いた。

 良く見ると、さっきまで胡さんが立っていた場所の石畳が砕けていた。踏み込みの時の衝撃で割れたっぽい。


「見えました?」

「私には全然見えませんでした」

 

 鹿渡川さんが言う。

 恐らく突きに合わせて踏み込んで、左手で受けたところまでは辛うじて見えたけど、交錯した瞬間は分からなかった。

 

「魔素を足に集めて踏み込みを強めて、一瞬で攻撃のために魔素を右拳に集中させた。左腕は敢えて貫かせて、切っ先を急所から逸らしたんだよ。

そのまま突かれてたら心臓を貫かれてよくて相打ち、左手の魔素を強くして剣を弾いたら右拳は届かなかった」


 宗片さんが言う。

 あの一瞬でそんな攻防があったのか。


「まあ……刺す攻撃は急所を抜かれない限り死にはしないんだけどね、凄い度胸だ」


 宗片さんがこともなげに言うけど

 理屈としてはそうであっても、刀とか尖ったものの先端は恐ろしい。普通は出来ないと思う。


「度胸じゃないですよね」

「うん……そうだね。確かにそうだ」


 宗片さんが頷いた。


「彼がやられる未来の方が多かったんだけどね……未来を変えた」


 宗片さんが言ったところで、胡さんがよろめいた。

 傷口からあふれた血が白い胴着を足元まで赤く染めている……このままじゃ危ない。


 チェンカイは倒れたままだけど……胡さんも流石に追い打ちをかけるのはあの状態じゃ無理か。

 というか、あんな風に倒れたままでいれば、もう終わりじゃないのか。


「手当を!」


 木次谷さんが言って鹿渡川さんが立ち上がるけど。


「待て!いまだ裁定は終わりに非ず」



 シューフェンが強い口調で言った。木次谷さんが立ち止まる。

 シューフェンが倒れたチェンカイの方を見た。


「チェンカイよ、立たねば咎を認めるとみなされる。名に誇りあるならば立て。己の言を証明せよ」

「えー、ちょっとズルくなーい?立つまで待ってあげるのかい?」


 宗片さんが不満げに言う……これは割と同感だ。

 普通ならKO負けだろと思う。


 胡さんを改めて見る。

 肩の傷口からの血で白い拳法着の左半分が赤く色分けされるようになっていた。左手にも剣が刺さったままだ。


 表情に全く乱れはないけど……これ以上戦えるのか。

 チェンカイが身じろぎして、膝を立てて体を起こした。


 さっきの交錯は良く見えなかったけど、拳は右胸に当たったらしい。

 右の胸のあたりに黒い血の痕が残っていた。

 チェンカイが剣を探すように周りを見回して、胡さんに刺さったままの剣を見る。


「この剣は?」

「戦場で得物を落とした時に、拾うまで敵が待つことはあり得ん。そのままでもよし。返したくば返しても構わぬ」

「ならばこのままで」


 胡さんが言ってシューフェンが応じた。

 剣に貫かれたままで胡さんがチェンカイを見下ろす。


 チェンカイが立とうとしてしてもう一度血を吐いた。

 水色の服の狼の刺繍をどす黒い血のシミが広がっていく。助けを求めるように周りを見回すけど……周りは誰も動かなかった。


 さっき見た従士っぽい奴だけがわずかに足を踏み出しかけたけど、シューフェンに睨まれて固まる。

 一対一の決闘で武器を貸すなんてことはさすがにルール違反だろう。


 チェンカイが握る剣の無い右手を見て、膝をついたまま項垂れた。


「裁定は下ったとみなす」


 シューフェンが言って、ため息とも歓声ともいえない声が周りから漏れる。

 同時に木次谷さんと鹿渡川さんが胡さんに駆け寄った。


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