第227話 あの時の心残り

「こういうことだ、カタオカよ」


 シューフェンが歩み寄ってきて言った。

 

「決闘して勝った方が正しいなんて無茶じゃないですか?」

「証を立てることは出来ぬ以上、裁定を剣にゆだねる。そして、それで手打ちとする……恨みを持ち続けるよりはいいだろう」

「決闘裁判という奴ですね」


 鹿渡川さんが言う。


「あの円から外に出たらどうなりますか?」

「何もない。ただし、あの円を出て逃げ回るようならそこで裁定は終わりだ」


 胡さんが聞いてシューフェンが答える。

 場外負けは無いけど、逃げるのは許さないってことか、


「足元を確かめたい。差し支えありませんか?」

「構わん」


 胡さんが円の方に独りで歩いて行った。

 周りの兵士とかから露骨に視線とかが集まるけど全く動ずる様子は見えない。


 胡さんの体を白い魔素が包んで、魔素がオーラのように波打った。

 多分鏑木さんやカタリーナのように、魔素を体に纏わせて打撃とか防御を強化する能力なんだろう。

 

「正々堂々の戦いには人の全てが出る。技も心も、その強さを得るために歩んできた道の全てが」


 胡さんの背中を見ながらシューフェンが言う。


「だからこそ……」

「まったく相変わらず堅苦しいですね。あなたは。うんざりしますよ」



 石畳の円の中央にチェンカイが立っていた。

 牙をむく狼の刺繍が入った水色の服に、茶色の肩くらいに切りそろえた髪。灰色の獣耳はシューフェンより大きい。

 

 細い眼に薄笑いを浮かべたような顔立ちで、年齢はシューフェンよりは上に見える。

 見た目は20歳半ばって感じだけど、ソルヴェリアの獣人の年は見た目より上なことが多いから実年齢はもっと上かもな。 


「まったく弱い者は涙ぐましい工夫をしますね。足元など確かめてどうするというのですか」


 胡さんを一瞥してチェンカイが言う。

 胡さんはまったく動ぜずにただ石畳をつま先で確かめていた。チェンカイがつまらなそうにこっちを見た。


「それで、仮に私がその男の妻子を切ったとしてなんの問題が有りますか。

我が国の子や女は守りますが、関係ない国のものなど殺そうがどうしようがどうでもいいでしょう。法にも触れてはいませんよ」


「貴方ほどの剣士、高貴なる家柄の者が……他国のものとは言えなぜ徒に弱き者を手にかけるのです……戦士の誇りは無いのですか?」

「無論花は愛でますよ。雑草は刈るというだけです」


「はあ?」


 不機嫌そうに宗片さんが声を出した。


「いいですか?この私は異国の祖人とは格がちがうのですよ。それをこんなふうに大げさなことにして、私のような優れた武人の名を汚すとは」


 チェンカイが言ってこっちを見た。


「ところでそこにいる冴えない祖人が、お前の入れ込んでる大風老子とやらですか。ウサギどもにすり寄って道術師団を作るだけでなく、祖人の肩まで持つとは……お前に白狼士族の誇りは無いのですか」


 チェンカイが言ってシューフェンがうんざりするように顔をしかめた。


「この戦いが終わったら、あなた。私の相手をしなさい。

あなたを切り刻んでこの堅苦しい愚か者の目を覚まさせてやりましょう」


 チェンカイがレイピアのような細長い剣をみせびかすように振って、切っ先をこっちに向けた。


「なんかさぁ腹立って来たんだけど……このコスプレマン、僕が切っていいかい?」 

「来い、鎮定」


 呼びかけると、空中に風が渦を巻いて鎮定が現れた。

 異世界のここでも使えるというのはちょっと不思議だな。


「おや、抜きましたね……あなたから先に切ってほしいんですか?」 

「一刀、薪風、抓曳つまびき


 頭の中でイメージを描いて鎮定を軽く振る。

 風がそいつの剣に絡みついた。縄を引く感じで鎮定を後ろに振る。剣が空中を飛んで石畳に転がって音を立てた。


「一応言っておくけど……僕はこの距離でもお前を切れる」


 転がった剣を見て周りからどよめきが上がる。

 何が起きたか分からないって表情を浮かべていたチェンカイの顔が真っ赤に染まった。


「ついでに言うけど、今のは外してやっただけだぞ。お前を倒すのは僕の役目じゃない」

「なんて無礼な!このようなことが許されると思っているのですか……武芸に劣る祖人風情が!私を誰だと思っているのですか」


「お前の事なんか知るか。それにお前の今まで言ってたことの方が100倍無礼だろ」

「いいじゃないか、君。剣を落とす程度で済んでさあ。もう少し下らないこと言ってたら、その可愛いお耳に僕が穴をあけていたよ」


 宗片さんが言って、チェンカイがこっちを憎々しげに睨む。

 そのまま切りかかってきそうな雰囲気だったけど、チェンカイが合図すると従士っぽい人が剣を拾ってチェンカイに差し出した。


「ちょっとはやるようですね。さっさとこの1人目を殺して、次はお前らを切りますよ」


 チェンカイが言って、シューフェンの方を見た。


「言っておきますが、シューフェン。私が勝ったら……もちろん祖人ごときに後れを取る私ではありませんが、そうなったらおまえにもこの茶番の責任を取らせますよ。わかっていますね」

「無論です」


 シューフェンが静かに応じる。チェンカイが薄笑いを浮かべて石畳から降りた。


「……何かあるんですか?」

「お前が気にすることではない。

そんなことよりも、だ。念のために聞いておく、カタオカ。本当にやるのか?」

「というと?」


 シューフェンがチェンカイの方を一瞥した。


「あいつは高慢で好かん……しかし腕は立つ。あの、胡とか言ったか……あの男は恐らく敗れるぞ」

「シューフェンと比べると?」

「劣らぬと考えていい。地位は同じ旅帥だ」



 胡さんが石畳の具合を確かめるようにスペースを一回りして戻ってきた。

 来て早々に命がけの決闘だっていうのに、表情にまったく乱れはない。

 さっきまで浮かんでいた怒りとかそういう表情も消えていた。

 

 シューフェンが言ったことを伝えるべきか、余計なことを言うべきじゃないのかとも思ったけど。

 ……言わないわけにもいかないか。


「……あいつは強いですよ」

「そうでしょうね……そのくらいは私でも感じます」


 チェンカイは石畳の向こう側に立っていて、付き人らしき奴と何か話していた。

 時々こっちを見て笑っているのが何ともイラつく。


 ただ、シューフェン並みだとしたら相当なもんだ。

 風を使えるならともかく接近戦の武器だけで戦ったら勝てるかは分からない。


 そして胡さんは武術家だ。飛び道具とかそういうのは無い。

 この人の強さはもちろん知っている。だけど、それでもどう転ぶかは分からない。

 僕の言いたいことを察したように胡さんが静かに笑った。


「お心遣いに感謝します。片岡師父。

しかし私は今は死人なのです。あの時……妻と子を守れなかったとき私は死んだ。

死人が死を恐れましょうか。死を恐れる死人が居たらそれは滑稽なことです」

「でもあなたは生きている」


 禅問答とか精神論は関係ない。事実としてこの人は生きている。


「聞いていただきたい、片岡師父

私はあの時……こう思ったかもしれないのです。自分は死なずにすんで良かった、と。

安堵した気持ちが本当に無かったと言えるのか。ほんの僅かでも自分が生き延びたことを喜ばなかったと言えるのか」


 胡さんが言う。


「もしかしたら、私は立てたのではないのか。切られて倒されたとき、立てなかったのではなく、立たなかったのではないか……と。

死を恐れたのではないか……我が妻と子を助けることよりも」


 淡々とした口調で胡さんが言うけど、体を覆う魔素の光が僅かに揺らいだ。


「だから、そうではなかったという証を今立てねばなりませぬ。

たとえ相手が何であろうともここで戦わぬという選択はない。この戦いは望むところなのです」


 胡さんがゆるぎない口調で言った。


「この場を与えてくれたことを感謝します。

いかなる結果になろうとも、悔いはなく……師父よ、貴方が気を止むこともない」


 今更だけど当たり前か。

 ここで止めるようなら初めからこんなところには来ないだろう。余計なことを言っただけだったかもしれない。


「一つ願いを聞いて頂けますか」

「なんですか?」


「今より武人が戦の場に挑みます。相応しく送り出していただきたい、片岡師父」


 中国映画でみたような合掌のように拳を手の平に当てて胡さんが言う

 辛気臭いこと言うなってことか。


 鎮定の柄を差し出すと、察してくれたように胡さんが柄と拳を触れ合わせた。

 魔素を纏った拳がオーラのように薄く白い光を放つ。

 こうなったら勝ってくれることを祈るしかないか。


「御武運を」

衷心感谢心より感謝します




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