第220話 檜村さんの頼み事・下
11階を暫く歩くと、回廊の奥から足音が聞こえてきた。暗闇の中からオーグルが4体姿を現す。
木の棍棒を手にした2メートルを超える巨体が低い天井につかえそうだ。
オーグルは大きいけど攻撃は力押しだけで其処まで強くはない。
遠間から風で斬っていれば倒せるとは思うけど……師匠曰く、後進を導く時は出しゃばり過ぎず、黒子に徹せよ、ということだし。
「とりあえず僕が足止めします。斌さんは二体行けますか?」
「大丈夫だ」
槍を構えた斌さんを護るように盾を持った彼女が前に出る。
「来なさい、醜い巨人よ。我が戦士に触れさせはしませんよ」
「一刀、薪風!」
風の壁が前の二体と後ろの二体に立ち上がる。後ろのオーグルが風の壁にぶつかって体制を崩した。
前のオーグル2体がこっちに向かってくる。
オーグルの棍棒をヴェロニケが盾で受け止めた。白い光が飛び散って棍棒が止まる。
見た目は細くて弾き飛ばされそうだけど全然そんなことはない
「ユウ!」
「分かってる!」
斌さんが踏み込んで槍を横に薙ぎ払う。
白い軌跡を残して槍がオーグルの胴を切り裂いた。巨体が崩れてライフコアが転がる。
もう一体から背中を守るようにヴェロニケが位置を変えた。
もう一体のオーグルが叫び声をあげて棍棒を振り回す。それをかいくぐって斌さんが槍を突きだした。
穂先が胴を貫く。僕が言うのもなんだけど、結構動きがいいな。
「行け!」
斌さんが槍を逆手に持ち替えて奥にいるオーグルに向かって槍を投げつける。
白い光を放って飛んだ槍がオーグルの胸を貫いた。紐を引くような動作をすると槍が戻ってくる。
後一体。
風の壁を消すようにイメージすると最後のオーグルが何か声を上げながら突進してくるけど。
振り下ろされる棍棒をヴェロニケが止めると、光が飛び散ってオーグルが押されるようによろめいた。
体勢を崩したオーグルを斌さんの槍が貫く。
オーグルの巨体が倒れて、ライフコアが残った。
「さすがね、ユウ」
「ありがとう。助かったよ」
斌さんとヴェロニケが見つめ合って言葉を交わす。
オーグルはデカくてしぶといだけで強いというほどじゃないけど、それでも鮮やかだったな。
◆
その後も何度か戦って、しばらく斌さんがアプリを確認した。
斌さんが頷く。どうやら昇格できそうらしい。
「今日はここまでにしておくよ、ヴェレニケ」
「そう……名残惜しいわ。勇敢なあなたとともにいるのが私の喜びなのに」
斌さんがヴェレニケに槍を渡すと、ヴェレニケが槍を抱きしめるように抱えた。
「私の戦士よ……早く戻ってきてね」
「約束するよ」
ヴェレニケが斌さんに恋人のように体を寄せて、こっちを向いた。
「戦士片岡よ、ヘルメスの如くとても素晴らしい剣技でした。ユウとともに戦ってくれたこと、礼を言います」
「いえ、こちらこそ」
そういうとヴェレニケが軽く微笑んで眠るように目を閉じる。
しばらくするとヴェレニケの体が薄れて行って消えた。
◆
「やあ、おかえり。無事昇格できそうかい?」
「ああ、何とかね。さすがに5位は強かったよ。圧巻だった」
10階層に戻ると檜村さんが出迎えてくれた。
「斌さんのも結構強い能力ですよね」
見た感じだとあの女の人、ヴェレニケが盾で守ってくれているらしい。
見た目は細いけど防御力は高そうだし、なんというか高性能な自立型の盾って感じだ。
鎮定は風で防御できるけど、なんだかんだで攻撃を受けると痛いし痛ければ動きも鈍る。防御が強い能力はうらやましいな。
それにあの槍もかなり攻撃力高そうだし
「そう……能力だけなら強いんですよ」
斌さんが言ってため息をついた。
檜村さんが何となく気の毒そうな目で斌さんを見る。
「というと?」
「まあなんというか、嫉妬深いんですよ。一度女の魔討士と組んだんだけど、機嫌が悪くなって戦ってくれないし、一緒に行く相手もある程度強くないと気に入らないらしいです」
だから檜村さんが来れないわけか。
功績点稼ぎをするだけなら檜村さんと一緒にもう少し深い層に行って魔法で倒す方が速いんだけど。
「ああ……そうなんですか」
「なんでも、何かの戦いをつかさどる神様の神殿の巫女さんだったんだそうです」
見た目はギリシャ神話とかに出そうな感じだったけど、その辺に由来があるのかな
「そういう経緯もあって君に頼んですよ、片岡君。5位なら流石に文句も出ないと思ってね。
一人で戦うのは流石に不安ですし、かといって8位の俺が上位のパーティなんて入れてもらえませんし」
「なるほど」
鎮定はところどころで手を貸してくれてるって感じだけど、宗片さんは一刀斎に稽古をつけてもらってるらしいし、漆師葉さんはマリーチカとちょくちょく会うと言っていた。
名前のある武器と接触できるかとか関係性は結構人によってばらつきがあるみたいだけど、この人の武器は相当極端らしい。
ていうか他人である僕にまで見えるというのは結構すごい気がするな。
鎮定は他の人には見えない。
というか、これでは彼女さんとか作るのも大変な気がするな、などと要らぬ心配をしてしまう。
ダンジョン外では流石に姿を見せないだろうけど。
「功績点取っておけば就職でも有利だから、能力があると分かった時は嬉しかったんですけどね……ともあれ、ありがとう。何とか6位くらいまで上がれれば、俺を受け入れてくれるパーティもあると思うんですよ」
檜村さんとは別の意味でかなりパーティの編成を選ぶな。これは確かに中々難儀な能力かもしれない。
彼女に比べると鎮定は静かだ……たまには会いたいと思うときもあるけど。
◆
檜村さんは電話すると言ってどこかに行ってしまった。
「そういえば片岡君、檜村は学校ではよく君の話をしていますよ」
「そうなんですか?」
斌さんが不意に言った。
自分の知らないところで自分の話が出てるのは何か不思議な気分だ。
ていうか一体どんな話が出ているのか。
「よくデートしてるみたいですけど、誘ってあげていますか?」
「いえ……なんかちょっと気後れするんですよね」
僕の高校でも先輩と付き合ってる男子はいる。
でも同じ学校にいるのと大学生だとやっぱり感覚が少し違っていて、違う世界にいる感じはある。
僕が大学生になれば少しは気分も変わるだろうか
「あの感じだと、誘ってあげたらきっと喜ぶと思いますよ。男だからってわけじゃないけど、カップルはお互い様な方がいいです。
学校の外に出てしまえば単に二つ年上なだけじゃないですか?」
斌さんが言う。
「まあ……確かにそうかも」
◆
「じゃあここで。俺はランク上げの確認に行くから。
今日は本当にありがとうございます、片岡君。もしよかったらまた付き合ってください」
「ええ、こちらこそ。お疲れさまでした」
夕方の八王子駅の近くで斌さんが言った。まだギリギリで魔討士協会の窓口は開いてるかな。
ランクアップは窓口で正式に認定してもらわないといけない。
斌さんが手を振って八王子の役所の方に歩き去っていった。
時計を見るとまだ5時前くらいだ。
「さて、じゃあどうしようか?」
「せっかくだから晩御飯でも食べていきませんか?」
さっきの斌さんの言葉を思い出す。たまには僕から誘ってみた方がいいかな
そういうと檜村さんの顔がぱっとほころんだ。
「君から誘ってくれるのはとてもうれしいよ。腕を組んでいいかい?」
返事するより早く檜村さんが腕を絡めてきてぎゅっと引き寄せられた。
「で、どこに連れて行ってくれるのかな?」
「あんまり期待しないでくださいね」
前に連れて行ってもらったスペイン料理屋さんとかを思い出すけど、あんないい場所は知らないぞ。
「君とならどこでもいいよ」
嬉しそうに檜村さんが言う。こんなに喜んでくれるなら誘ってよかったのかな
◆
……舞台裏
その夜の檜村さんと斌さんのメッセンジャーログ
[ありがとう、おかげで片岡君が誘ってくれたよ>
<そうか、役に立てて良かった]
[やはり年上の男の人が言ってくれると効果があるね。ありがとう>
<とはいえ、彼の気持ちも分かってあげてくれ。檜村は年上のしかも大学生だからね。引け目を感じてしまうもんさ。男はね。俺には分かる]
[そういうものか……気にしないでほしいのに>
<これは臆病とかじゃなくて、男だって案外シャイなもんなんだよ]
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