第219話 檜村さんの頼み事・上
シューフェン達と会った日の晩御飯は檜村さんが探してくれた新宿の東口にある小さなスペイン料理屋さんだった。
クリーム色の壁紙と煉瓦で飾られた壁と、赤いカウンター。
ビルの一角にある低い天井からはランプのようなものが吊るされていて赤っぽい光で狭い店内を照らしている。
薄暗めでちんまりした店だったけど、料理はどれも美味しい。
特にパエリアのおこげの部分と味の染みた兎肉がとても良かった。
兎肉なんて初めて食べたけど鶏肉っぽい。黄色のコメとパプリカの赤色もカラフルで見た目もきれいだ。
「こういうところ、良く知ってますね」
「ネットも便利なんだけどね……自分でこういう店を探すのが好きなんだよ」
狭い店内だから肩が触れるのがちょっと照れ臭い。
「そういえば、片岡君、一つ頼みを聞いてほしんだが」
「なんでしょう?」
グラスのワインの一口飲みながら檜村さんが言って来た。
ワインを飲んだせいか、少し檜村さんの頬が赤い。
「私の大学の友人のランク上げを手伝ってほしいんだよ。今は乙の8位だが7位に上がりたいらしい」
「ええ、それは構いませんけど」
師匠も言っていたけど、上位帯は下位のサポートをするのが普通だ。
上の人が下の人のサポートをしつつ経験を積ませる。それは魔討士だけではなくて、どの分野でも当たり前ってことらしい。
ただ、普通は友達同士とかでパーティ組んで定着ダンジョンで戦ったりするもんで、面識のない僕にわざわざ頼むのも何か変ではある
「聞いた話なんだが、かなり特殊な能力なんだ。
君と同じく名前のある武器なんだが、なかなか癖のある武器のようだよ」
檜村さんが言う。
名前を持つタイプの武器なのか。ただ、珍しい能力ってどんなのなんだろう。
◆
ということで翌週の土曜日に八王子ダンジョンに来た。
新宿の方が行きやすいんだけど、低階層でも出てくる魔獣が強いし、新宿系の魔獣はキューブとか球状とかで攻撃パターンが分かりにくいから結構危ない
ランク上げのための功績点稼ぎをするなら八王子が一番いい。
人が多い分、万が一が起きても助けが来る可能性もあるし。
八王子は宗片さんがミノタウロスを倒して以降、10階層までは魔素が消えてしまって魔獣は出なくなった。
今はさらに深層にいるダンジョンマスターであるアークデーモンを討伐するためにルートを構築中のはずだ。
10階のミノタウロスの間は今は待機場所になっていて魔討士たちでにぎわっている。
あの時の宗片さんとのガチの一騎打ちを思い出すと何とも長閑な光景だ。
以前と同じく東京都所属の魔討士の人の姿もある。一角にはパーテーションで区切られたエリアがあって、パソコンとかも置かれていた。
それと相変わらずダンジョン観光ツアーをしている魔討士たちやそのお客さん。
「これは片岡5位。今日はどのような御用件で?」
公務員の魔討士の一人の30歳くらいの男の人がこっちに気付いて敬礼してくれた。
名札によると伊藤さん。甲の7位らしい。
「今日は友達のサポートに」
「そうですか……片岡5位なら間違いはないと思いますが、13階より下は魔獣の現れ方が不規則で時折強力なものが現れるようです。お友達と行かれるならお気をつけて」
「ありがとうございます」
◆
しばらく待っていると、上の階の階段から檜村さんが降りてきた。
後ろにはもう一人男の人がいる。この人が友達かな。僕に気づいた檜村さんが手を振って、こっちに歩いてきた。
「おはよう、片岡君。今日はありがとう」
「初めまして。片岡さん。
「初めまして。片岡です」
短く切ったツーブロック風の髪とジャケットに白いシャツのさわやかな感じだ。
身長は僕と同じくらいだけど、やっぱり大学生は年以上に大人に感じるな。
「じゃあ、斌君。頑張ってくれ」
「ああ、ありがとう。感謝するよ」
斌さんが言うけど。
「檜村さんはいかないんですか?」
「私は同行できないんだよ。だから今日はパーティからは外しておいてくれ」
「どういうことです?」
とりあえずアプリを操作して斌さんをパーティ登録と檜村さんを外しておいた
斌さんは確かに8位らしい。そして檜村さんを外すのは会ってから初めてだ。
「……百聞は一見に如かずですよ、片岡さん。見てもらえれば分かります」
◆
11階に降りた。
11階は何度か来たことがある。トゥリイさんのトレーニングの時とか、あとは三田ケ谷達とも来たな。
僕とこの人二人だとあまり無理は出来ない……というかどういう能力なんだろうか。
とりあえず11階で少し戦う方がいいだろう。
周りに人影は無くいけど、遠くの方から戦闘音が残響のように聞こえてきた。
「来い、鎮定」
空中からいつも通り鎮定が浮かび上がった。
手に取っていつも通り握りを確かめる。
「とりあえず、11階層で暫く戦って、お互いの能力を知るって感じでいいですか?」
「それでお願いします。君の方が経験が上だから従います。御指導、よろしく頼みます」
斌さんが頷く。
「ところで、乙類ですよね。どんな武器なんですか?」
「ああ……すぐに出てきますよ」
そう言ったところで、空中に浮かび上がるように人影が浮かんだ。
◆
何かと思ったけど、羽根飾りがついた金色の兜と金の肩当てを付けて、白いドレスを着た女の人だ。
腰くらいまである大きめの丸い楯と短めの槍を持っている。盾には蛇のようなモチーフのが描かれていた。
金色の長い髪が兜から見えている。見た目はカタリーナより年上っぽい、冷たい感じの美人さんだ。
見ていると、眠っていたよう閉じていた目が開いた。
「やあ、ヴェレニケ」
「私の愛しい人……なぜこんなに待たせたの?」
ちょっと不満を感じさせる口調でその女の人が言う。
「いや、俺も色々と忙しいんだ。学業とか。今の時代は戦ってばかりじゃ失格なんだよ」
「いえ、戦士たるもの教養も必要よ、そんなところもあなたが誇らしいわ」
なんか斌さんの口調が変わってるな。その女の人がこっちを見た。
薄く向こうが透けていて幽霊のようだ。
「今日のお連れは……殿方ね。なら良いわ。でも私とユウに釣り合う強さをお持ちなのかしら?」
「彼は5位だ。高校生……18歳の中では国内でも最強の一人だよ」
斌さんが言うとその女の人が首をかしげて頷いた
「そう……それなら良いでしょう」
そう言って女の人が槍を捧げるようにして両手で持って斌さんに差し出した。
「ユウ、今日もあなたと共に戦えてうれしいわ。さあ私の戦士よ、この槍を」
そういって女の人が槍を斌さんに渡す
身長より少し短いくらいの取り回しの良さそうな槍だ。斎会君や如月の槍よりはだいぶ短い。
木の葉のような穂先で柄には長い紐が絡みついていた。
何となく見た目が洋風の槍でそこも斎会君とかとは違うな。斌さんが手ごたえを確かめるように槍を振る。
そして消えるのか思ったけど、その女の人が盾を持ったまま斌さんに並んだ。
「……まさかこの人が?」
「そう、俺の武器だよ」
「武器とは心外だわ、ユウ」
その女の人が不満げに言う。
なんか同じことを鎮定にも言われた気がするぞ。
「ああ、すまない。彼女はヴェレニケ。俺の相棒だ」
「私はあなたに……戦士に仕える巫女よ、ユウ。間違えないで」
その女の人……と言っていいのかよくないのか。ヴェレニケが言った。
「もしかして、この人も……戦うんですか?」
「まあそういうことだ」
なるほど……確かにこれはかなり変わった能力っぽいな。
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