第218話 異世界からの久々の来客・下
神経を使う注文が終わってしばらくして、アイスクリームやコーヒー、それとサンドイッチとかが運ばれてきた。
運んできてくれたのはさっきレジにいた人だ。
軽くウインクしてその人が戻っていく。さりげなく隣の机に予約席の札をおいてくれた。これはありがたい。
コーヒーを飲んだら少し気持ちが落ち着いた。
フォルレアさんとトゥリイさんが何か食前の祈りの言葉のような者を呟いて一礼する。
「この塩漬け肉の旨さもさることながら、火を通さずに葉野菜を食べれるとは……近くに農場でもあるのでしょうか?」
早速レタスとトマトとハムのサンドイッチにかぶりついたフォルレアさんが言う。
「この世界にはね、フォルレア。野菜や肉、乳を蓄える氷室があるのよ。だからこういう物も食べれるの」
「それは素晴らしいですね……なんとかソルヴェリアとニホンで正式な形で交易をできぬものでしょうか」
フォルレアさんが言う。
「我が家は白狼門の中でも勘定なども司っておりまして、弟は官吏として勤めておりますので」
フォルレアさんが言う。
言われてみればそういう人がいても不思議じゃないよな。男性全員が戦士なんて言う国は成立しないだろうし。
「大風老師様、聞いたところでは西方連合とこのニホンはすでに交流を始めているとか。
我々ももう少し交流を深めたいと思うのですが、いかがでしょう」
「兎士族の皆も老子に鍛えていただきたいと思うんです。兎士族の名を上げる機会ですし……それに」
トゥリイさんが口ごもる。
「それに?」
「あの……道士が増えれば、私は戦に出ずに済むかな、と……家で裁縫や料理をしながらフォルレアのために家を守りたいです」
「しかし、トゥリイ。君の働きが兎氏族の名声を高めているのだよ。間違いなく都で最強の道術師は君だ」
「何というか……たしかに兎士族の役には立っているのですが……私としてはもう戦うのは」
「我が妻よ……私が守ると言っているだろう?」
「それは信じてるわ、フォルレア……でもやっぱり怖いものは怖いの」
トゥリィさんがフォルレアに言う。
……これは真剣な話なのか、それとものろけ話なのか。
「戦うのが嫌というわけではないですし、武功を上げて皆を助けられるのは誇らしいんですけど……言葉にしにくいです」
説明をしにくいというか、まあ気持ちは分かる。
戦うのが怖いという気持ちと誰かのために力になれる気持ちは、相反しつつ同居する感覚だ。
魔討士の人たちでも怖さを全く感じないなんて人は多分いないだろう。
トゥリイさんも能力はともかくとして、性格的にはやはり戦闘向けではないよな。
「我が国の道士をトゥリイのように鍛えてはもらえないでしょうか。シューフェン様もきっと今その話をしているはずです。
代わりにこちらから白狼左衛の精鋭をニホンに派遣いたします。きっとお力になれるかと」
アイスクリームをスプーンで口に運んでフォルレアさんが言って、表情が変わった。
「このアイスクリームというのも甘いが……決して品がないわけでもなく、しかも冷たい。信じがたい味ですね。都のどこに行ってもこんなものを食べることはできますまい」
思わず口に出たって感じでフォルレアさんが言う。
トゥリイさんがそうでしょって感じでフォルレアさんを見上げた。
「あ、失礼しました……我が国には少ないですが祖人はおりますし、ソルヴェリアから西方連合に移住した者もおります。
今はニホンに我が国のようなものがおらずとも、まずはそのような形で交流を深めることは可能ではないかと思うのですが」
「あー……それは多分無理じゃないですかね、申し訳ないんですけど」
彼らの世界の事は詳しく知らないけど。
そもそも、ダンジョンの向こうに他の国があるということは全く知られてないわけで。
彼らの世界では獣人とかは外国人みたいな感じかもしれないけど、こっちでは外国の人が来るのとはわけが違う。
「そうですか、ならば時節を待ちますが……よろしければ是非口利きなどして助力願えると幸いです」
諦めてなさそうな口調でフォルレアさんが言う。
「ああ、まあ、その時が来たら」
と答えてみたけど。
シューフェンやエルマル達とのファーストコンタクトは何となく隠せてたけど、いずれ隠しようがない状態での接触は起きてしまうかもしれないな。
◆
その後はトゥリイさん達としばらく話をしてお開きになった。
昼時で混んできたから、長々と席を占拠し続けるのも悪いし。
店を出る時とかにもまた思い切り注目を集めたけど……魔討士協会の人がその辺は対処してくれると思いたい。
と言うか僕にはどうしようも出来ない。
名残惜しそうな二人を促しつつ、来た道を戻って旧都庁のビルが見えてきた。
何度か冷や冷やしたけどこのまま終わるかな、と思ったところでポケットの中のスマホが警告音を鳴らした。
◆
『近隣でダンジョンが発生しました!』
『資格保持者は援護に向かって下さい』
ワンテンポ遅れて檜村さんのスマホからも同じように警報が流れる。
「老子!これはあの蟲どもが現れた時に鳴った音ではないでしょうか!」
「なんと!それは……援護に行かなくてはなりませぬぞ!」
トゥリイさんが言ってフォルレアさんが周りを見回す。
腰に手をやった……けどそこには武器は無いわけで。
一瞬ヤバいと思ったけど
……これは割と遠くでダンジョンが発生して援護に行くことを求めるタイプの警報だ。
スマホに表示された地図を見るけど近くにはダンジョンの表示はない……地図をスライドさせていくとダンジョンは代々木のあたりだ。
此処からどんなに急いでも歩きだと30分くらいはかかる。
チャットに援護に行く旨のメッセージが流れていった。
それにダンジョンの敵の強さを示すアイコンもそんなに大きくない。多分僕等が行くころには戦いは終わってるだろう。
「大丈夫です。此処からはかなり距離がありますし、他の魔討士達がなんとかしてくれますよ」
「距離がある……そんなことが分かるのですか?」
「ええ、これで」
怪訝そうなフォルレアさんにスマホの地図を見せてあげるけど……さすがになんだかは分からなかったらしい。
不思議そうにスマホの画面を触ったり裏面を見たりして返してくれた。
「これで蟲どもがどこにいるのか分かるのですか。これは選ばれし剣士にのみ与えられる護符のようなものですか?」
「いえ、誰でも持ってますよ」
「民草の一人一人もですか?」
「ええ」
スマホを持ってない人は今や少数派だし、ごくわずかに売られているガラケーにもダンジョン感知アプリはプレインストールされている。
携帯そのものを持ってないという人以外は皆持っているだろう。
「皆がこのようなものをお持ちとは……なんとも素晴らしい」
フォルレアさんが感心したように言う。
言われてみると、当たり前のようにあるけど結構便利な代物なんだよな。
◆
案の定というか、魔投資協会の入り口についたあたりでもう一度アプリを確認したら、ダンジョンは討伐されていた。
ビルに入るとなんというか安全地帯に戻ったようで気持ちが落ち着く。
受付の人が奥に通してくれて、木次谷さんとシューフェンたちが最初に会った広い部屋で待っていてくれた。
「おふたりとも、お疲れさまでした」
「本当に疲れました」
これは偽らざる本音だ。
「良く戻った。どうであった?」
「本当に素晴らしい体験でありました」
感慨深いって感じでフォルレアさんが言う。
「よし、では両名とも今後も務めを果たすように」
「はい、シューフェン様」
フォルレアさんとトゥリイさんがシューフェンに深く頭を下げてこっちを向いた。
「正直言いますと、大風老師様の剣舞を見れなかったのは誠に残念ですが……とても素晴らしい体験でした。いかなる異国、知の果てにある桃源郷とてこの素晴らしさには及ばないでしょう。我が言葉では言い尽くせませぬ」
「老子、次は是非老師に成長の証をお見せしたいと思います」
トゥリイさんが言う。
「今日は本当にお疲れ様でした。お二人とも。感謝します。お疲れでしょうからこれで美味しい者でも食べて行ってください」
木次谷さんが封筒を一枚僕に手渡してくれて、シューフェン達と部屋を出ていった。
暫くはこっちに居るんだろうか。足音が遠ざかっていって聞こえなくなったようやく檜村さんが深く息を吐いた。
「いや……疲れたよ」
「僕もです」
正直言って間近でダンジョンが発生するか気が気じゃなかったけど、何事も無く終わってくれてよかった
近くだったら戦わないわけにはいかないし、そうなったらあの二人もなし崩しに参戦した気がするんだよな。
なんというか、偉い人の護衛をするSPとかそう言う人はこんな気分なのかどうなのか。
時間の長さが何倍にも感じる、なんとも神経を使う一日だった。
「気を取り直してだね、片岡君。二人で食事でもいかないかい?せっかく新宿まで来たんだから……このまま解散というのも、ちょっとね」
檜村さんが俯き加減で言う。
「せっかく食事代も貰いましたしね。行きましょう」
「うん、では前から二人で行ってみたい店があるのでね、行ってみようじゃないか」
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