第217話 異世界からの久々の来客・中

 着替えが終わって魔討士協会の外に出た。

 天気も良くて、今は魔討士協会として使われている旧都庁とその周囲のビルが青い空に向かって伸びている。

 午前中の爽やかな春の陽気って感じなんだけど……後ろの二人のことを考えるとダンジョンの中並みに緊張するな。


 歩き出そうとしたら入り口のロータリーに黒のタクシーが滑るように入ってきた。

 フォルレアさんが警戒心丸出しの目でタクシーを見て、トゥリイさんをかばうように立つ。


「トゥリイ、下がっていなさい」

「いや……大丈夫ですから」


 言っているうちに車の中から背広姿の男の人が二人出てきて、僕等の方を見た。

 僕等のことが分かったのか会釈してくれて、そのあとトゥリイさん達に目をやっる。


 一瞬緊張したけど……その男の人が何事も無いようにビルの中に入っていった。

 気付かれたのかどうなのか……というか、魔討士協会の中でソルヴェリアとの交流を知っている人はどのくらいいるんだろうか


「じゃあ行きましょうか」


 油断なくその人たちの背中を見るフォルレアさんに促しつつ檜村さんと表通りに出る。

 人通りのまばらな長い通りが左右に伸びていた。先導するように歩き始めると二人が後ろからついてくる。


「本当に祖人しかいないのですね……我らのような者はまったくいないものなのですか?」

「ええ」

 

「しかし、何といいましょうか……あの馬が引かなくても走るものといい、この天に届きそうな塔といい、信じがたい世界ですな。

我が妻がその素晴らしさを良く話してくれるのですが、正直言って大袈裟にいっていると思っておりました。しかし……これほどとは」


 そう言いながらフォルレアさんが周りをきょろきょろと見回す。

 最初は露骨に警戒して周囲に目配りしていたけど、歩き始めると緊張が解けてきて周りを観察する余裕が出て来たらしい。


 しばらく歩いて下の道路に降りる階段を抜けて新宿西口の方に向かう大通りに出た。

 歩道も車道も道は広いけど人は少な目だ。


 都庁の周りのビルやホテルはダンジョンが出来たのとそれに伴って新宿駅が移設された関係で随分人が減った。

 でも一時期ほどの賑わいは無くなったけど中央分離帯の街路樹とかはきちんと整えられている。

 静かさも相まって、町全体がなんか公園のような雰囲気だ。


 この辺は魔討士の関係者が多いけど、それだけじゃなくオフィスビルとかには人がいる。

 だから駅の方に向かえばカフェとかも何件か営業している。そこでいいだろう。

 

「そのあいすくりーむなるものはどんなものなんだい、トゥリイ」

「甘くて冷たくて……説明は難しいのだけど、雪のように冷たい極上の水菓子のようなもの。それにそれ以外の料理も本当に美味しいのよ。少し西方連合の料理に似ているわ」

「なるほどな」


 仲睦まじそうに寄り添って二人が話しながら歩いていく。

 しかしこうしてみると絵にかいたような美男美女のカップルだな。


 トゥリイさんもなんだかんだで結果を出したからなのか、前より背筋が伸びているて自信のようなものを感じさせる。

 まあそれはそれでいいんだけど。 


「明らかに見られてるぞ……これはまずいんじゃないかい、片岡君」

「僕もそう思います」


 檜村さんが小声でささやいてきた。

 フォルレアさんは着ている服がコスプレっぽい上に、180センチ近い長身とはた目からでも分かる体格の良さもあって、明らかに目立つ。

 キャスケットを深くかぶったワンピース姿のトゥリイも合わせてかなり人目を引いている気がするぞ。


 すれ違った人のひそひそ話とか、後ろに目をやるとスマホでこっちを撮ってたりするし。

 なまじ新宿はダンジョンが定着してから人通りが減っている分、通行人が目立ってる気がするな


 一度意識してしまうと、すれ違う人がこっちを見ている気がして気が休まらない

 他人の事なんて案外見てないとか思ってたけど……程度ってもんがあるらしい。


「大風老師様、町並みも素晴らしいですが、この服も不思議な素材ですな。綿でも麻でも絹でもない。仕立ても素晴らしい。民の身なりも整っておりますし……」


 そう言ってフォルレアさんがロングコートをふわりとなびかせる。

 尻尾が見えるかと思ったけど見えなかった。うまいこと上着の中に隠しているらしい。


「大丈夫です。大風老子様。尻尾を見られるような失態は致しませぬ」 


 フォルレアさんが言うけど……お店に入ってその先は大丈夫なのか、不安だ。

 やばいことになったらいっそ尻尾も含めてコスプレと言い張る方がマシな気がする。



 あまり遠くまで出歩くのも危険だし、すぐ近くにあるカフェに入ることにした。


 黒の内装に白いロゴが大きく壁に書かれたチェーン系のカフェの広い店内は、昼より少し前だけど、結構にぎわっていた。

 カウンターにはお客さんが列を作っている。

 もう少し空いているかと思ったけど、思ったより混んでいた。


 店に入ると、全員の注目がこっちに集まった。 

 警戒するようにフォルレアさんが周りに油断なく視線をやるけど、トゥリイさんが何かささやくと少し空気が緩む。

 

「……僕が注文してくるんで、檜村さんはなるべく目立たない席を確保してください」

「了解だ。さ、行こう」


 二人を引き連れて檜村さんが奥の角のソファ席に向かう。

 通りが見える窓際とかの方がいい席なんだろうけど、あの二人を連れて座るのはヤバすぎる。


 メニュー表を見るとアイスクリームとかケーキがあった。あとはサンドイッチとかそういうのでいいだろう。

 目を上げると、カウンターの向こうの白のシャツに黒のネクタイとエプロン姿の女の店員さんと目が合った。


「すみません、注文を……」

「はい。あの……もしかして、片岡さんですか?高校生五位の」


 注文しようとしたところでそのレジの女の人に言われた。


「私も魔討士なんです。甲の9位ですけど」

「ああ……そうなんですね」


 人違いです、と言おうとしたけど機先を制するようにその人が言う。

 さすがに魔討士じゃごまかせないか


「お連れの方は檜村4位と……すっごい綺麗なカップルですよね。海外の人ですか?」

「ああ、まあそんなところです。色々秘密なんでよろしくおねがいしますね」


 適当に誤魔化すしかないんだけど……しかし、この状況で僕等まで目立ってどうするのか。 


「ええ、もちろんです。五位のいわれることですから。すみません、失礼なこと言って。ご注文は?」


 そう言ってその人がにっこり笑ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る