第214話 3年生の始まり~檜村さんの災難~

 3年生になった最初の週末。

 下北沢で檜村さんと下北沢の駅と会う約束をして、絵麻たちに冷やかされつつ家を出て待ち合わせの11時に駅前に来た。

 

 下北沢東口の駅前はフリーマーケットをしていて小さなお店がたくさん出ていた。

 古着にアクセサリー、ハンドメイド品。遠くからカレーっぽいにおいもするからキッチンカーも来てるな。


 休日の下北沢はいつも人でにぎわっているけど、今日はもっと多い。 

 天気もいいから外出日和って感じだ。


 人ごみの中で檜村さんを探してみるけど見つからない。

 約束の時間に遅れる人じゃないからもう来ていると思うんだけど……周りを見回すと、駅の角の太い柱の陰に身を隠すように立ってた檜村さんと目が合った。

 檜村さんが手招きしてくるからそっちに歩み寄る。


「どうしたんです?」


 普段は落ち着いたワンピース姿が多いんだけど、今日はサングラスのような色付きの眼鏡で、髪も短めに見えるようにまとめている。

 服もそれに合わせたように黒のパンツルックにジャケットだ。


「片岡君……気づいてないのかい?」

「何がです?」


 何かあったかと思ったけど、檜村さんが黙ってスマホを見せてくれた。

 動画サイトのyour theaterだ。丙類4位の爆炎魔法炸裂、なるタイトルの動画が画面に表示されてる。


 再生が始まると最前列で戦う黄色い法被を着た清里さんと斎江君、その少し後ろに僕が写っていた。

 これ、あの大阪の地下街での戦いか。


 ギャラリーの最前列から撮ったらしいけど

 ……奥にいるトロールの姿も鮮明に見えるし、床にはゴブリンの死骸が転がってるし、斎江君の気合の声や清里さんのハンマーの打撃音もよく聞こえる。


 恐らく境界とダンジョンのギリギリから撮ってるっぽい……こんな近いところから撮るとは、なかなかいい度胸してるな。

 動画の中で戦っている自分を見るのは結構珍しいというかレアな経験だ。


『気を付けて。魔法が行くよ!』

『【古の伝承に偽りあり。煉獄は業火が満ちたる場所にあらず。無明に燃ゆるはただ一対の篝火。煉獄の長曰く、何人たりとも彼の炎に殿油を指すこと勿れ、一度燃え盛れば七界悉く灰燼に帰す故に】術式解放!』


 僕の声の後に檜村さんが詠唱を終えてトロールを指さす。

 トロールが赤い焔に包まれた。焔がフラッシュのように強い光を放ってトロールの巨体が内側から吹き飛ぶ。 


 ワンテンポ遅れて大歓声が上がった。

 焔が吹き消すように消えてトロールの巨体が消えて、しばらくして動画が終わった。


「これ、大阪でのやつですね」

「そんなことより下を見てくれ」


 親指のイイネマークが5000以上、動画再生が200万回くらいになっている。

 これはバズったとかそういうやつなのか。コメントもいっぱいついている


>これ、富山の眼鏡の魔女のおねーちゃん?

>ポーズがかっこいいビシッ

>前で戦ってるの、乙類5位の高校生たちだろ。やるな。

>ここまで近い状況で魔法が見れるのレアだな撮影者グッジョブ

>普通に強い

>戦士が守って魔法使いが仕留めるとかほぼゲームやん

>リアル魔法俺も見たい。野良ダンジョンって意外に会わないんだよな

>俺もだわ

>そりゃ運がいいんだ。俺はもう4回も巻き込まれてる


「富山でニュースになった後にバズったらしい……なんか歩いていても見られてるきがしてね」


 檜村さんが周りを警戒するように言う。

 だから普段と全然違う格好をしてるわけか。


「別にいいじゃないですか」

「冗談じゃないよ、片岡君。大学では質問攻めにされるわ、一緒に写真撮ろうとか言われるし、この指さすのを真似されると顔から火が出そうになるよ。今までは静かな大学生生活だったっていうのに」


 檜村さんが困ったように言う。

 ……そう考えると僕のクラスメイトは普通通りに接してくれてるから気が楽だな。

 動画がバズってるといわれても今一つ実感がない。


 漆師葉さんや清里さんは喜ぶのかもしれないけど、褒められたりするのは悪い気はしないけど、あんまり持ち上げられても居心地が悪い

 ……と思う僕は多分根が小市民なんだろう。


「そもそもだね、いいかい、あれは狙いをつけるイメージを固めるためであって……決して、断じて、決めポーズとかそういうのじゃないんだ」

「ああ、それは分かります」


 技の名前と実際の動作は結び付いている。

 柔道でも剣道でも技に名前がついているのは理由がある、とは師匠の弁だ。鎮定も似たようなこと言ってたし。


 僕も鎮定を振らなくても風を起こすことは出来る。でも精度は下がる。

 なので檜村さんも発動する魔法と狙いをつける仕草とかそういうのは結び付いているんだろうな、と思う。

 

「久しぶりに二人きりだって言うのに」

「案外気付かれないもんですよ」


 憂鬱そうに檜村さんが言うけど。

 この間の七奈瀬君のことを思い出しても、案外すれ違う人を見ているわけじゃない。


 周りに人はいっぱいいるけど、それぞれが思い思いに連れと話したり、フリマのお店の品物を見たり、スマホを見ながらどこかに歩いていく。

 こっちを気にしてる人はいない。


「本当にそう思うかい?」

「多分。普段通りにしてれば多分大丈夫ですよ」


 むしろキョロキョロしてる方が目を引く気がする。

 そういうと檜村さんがちょっと安心したようにため息をついた。


「ところで……この格好はどうかな?」

 

 紺色のタイトなジャケットに薄い青のシャツと緩く締めた細目のネクタイ。

 いつもは魔法使いのローブを思わせるようなゆったりした服が多いけど、今日のはスリムで凛々しい感じだ。


 背が高いから似合ってるな。

 シャツが少し短めで裾の合わせ目からお腹の肌がちらりと覗く……わざとやってるのかな。


「似合ってます。普段と違う感じでいいですよね」

「この間買ったんだ。一番に君に見てほしかったんだよ。君がそう言ってくれると嬉しいな」


 そう言って檜村さんが僕の手を取った。


「じゃあ行こう。まずは台湾料理のお店でお茶でも飲もうじゃないか」

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