第211話 また君に会えてよかった・下
筧さんが転院した病院は高岡の海沿いにあるらしい。
ホテルからタクシーで病院に向かった。
右手には広々とした海がみえているけど車内には何とも重い空気が流れている。
「いい話じゃないんですか?」
「……もちろん目が覚めてほしかったよ、ずっとそう思っていた、もう一度話したいって」
檜村さんが俯いたままでつぶやく。
「でも、どうやって話せばいいのか……」
「せっかく助けたんだから、普通に会いに行けばいいと思うんですけど」
「だって……いきなり目が覚めるなんて思ってなかったから、心の準備が出来ていないよ」
たしかに3年以上眠っていてたんだから、目が覚めるというのは想定外かもしれない。
あの戦いが何か影響したんだろうか。
とは言いつつもタクシーは走り続けて、40分ほどして着いたのは海辺の大き目の病院だった。
晴れ渡った青空とは裏腹に肌寒い。海がきれいだ。病院というより海辺のホテルみたいだな。
筧さんのお母さんが病院の入り口で出迎えてくれて、建物の奥に案内してくれた。
暫く静かで薄暗い廊下を歩いて着いたのは広い中庭だった。目の前には広々とした海が見える。
庭には看護師さんと一緒に車椅子に座っている女の人がいた。
ベージュのワンピースに紺色の暖かそうなショールを羽織っている。
車いすに座っていた人……筧さんが人懐っこい笑みを浮かべて手を振った。
看護師さんと筧さんが何か言葉を交わして、看護師さんが庭から出ていく。
痩せていて顔色は悪いけど、長く伸びた髪はきれいに整えられていた。
表情が明るくて、ちょっと凛々しい感じで目に力を感じる。あの夢魔のダンジョンで見た時とはかなり印象が違うな
檜村さんが立ちすくんだ。
「ごめんね……足が細くなっててさ。立てないんだ。座ってるのが精一杯」
「ああ…‥そうだね、それはそうだ」
檜村さんが言葉に詰まりながら歩み寄る。
「3年も寝たきりだったらしいけど、そうなると浦島太郎状態よね。スマホは機能多すぎてついていけないし、映画もなんか新作いっぱい出てるみたいだしさ。立てなくて当分はリハビリだけど、退屈はし無さそう。
しかもクロエ、大学生になってるし」
明るい口調で筧さんが言うけど……檜村さんは黙ったままだった。
「ごめんね……私が誘ったりしなければ」
重い沈黙の後に檜村さんが恐る恐るって感じで口を開いた。
「それは関係ないよ。ああしたのは自分で決めたことだもの」
筧さんが静かだけどはっきりした口調で答えた。
「それにクロエが逃げたとかなら怒るけど、そうじゃないでしょ?なら怒ったりしてもしょうがないじゃない」
「……でも」
「それに、私が起きるまで戦わないととか思ってたんでしょ?相変わらず義理堅いっていうか、考え過ぎるよね」
筧さんが言って嬉しそうに笑みを浮かべた。
「でもね、クロエ……助けに来てくれてありがとう」
「……私の声が聞こえた?」
「ぜーんぜん。あなたの声が聞こえた……とか、そんなドラマみたいなことないよ。
でも起きた時に、きっとそうだって思った、クロエが助けに来てくれたんだって」
そういって筧さんが手を広げた。遠慮がちに近づいて二人が抱き合った。
小さく波の音と鳥の無く声が聞こえる。長いハグが終わって、筧さんが僕の方を見た。
「ねえ、あなたが片岡君?」
「ええ、初めまして」
なんというかこういう風に助けた相手と話せるのはうれしい。
自分のしたことに意味があったと感じられる。
「助けてくれてありがとう。聞いたんだよ。クロエの相棒……というか彼氏さんなんだってね」
「まあ、そうです」
答えると筧さんが不意に真面目な顔になった。
「ところでさ、片岡君……ちょっと聞きにくいことなんだけどさ」
「なんでしょう?」
「……クロエに夜這いとかされてない?」
「は?」
「この子は基本的には奥手で初心だけど……思いつめたら予想外に大胆な行動に出ることもあるからね」
「ちょっと!静夏、何を」
檜村さんが言って筧さんが意地悪そうに笑って檜村さんを横目で見る。
「あたしはあんたのとこのわかってるからね、クロエ。思い余って年下の高校生を押し倒したりしちゃだめよ」
「だから……あのね、いや、片岡君。彼女の言うことは聞かないでくれ、きっとまだ寝起きで色々と……そう、混乱しているんだよ」
「またまた……とぼけなくてもいいじゃない。どうなの?片岡君」
「そういうのは……セクハラだぞ、静夏」
檜村さんが慌てたように言う……なかなか面白い友達っぽいな。
ただどう転んでも反応に困ることを言うのは止めてほしいぞ。
「ところで、静夏……寒くないのかい?」
景色はきれいだけど海沿いの風は一段と冷たい。
3月だけど東京とはかなり気候が違うな。
「まあ……少し寒いんだけど……久しぶりの再会を狭い病室でしたくなかったのよね。実はちょっと無理してる」
そう言って筧さんが苦笑いした
「まったく……変わってないね、静夏」
「あなたもね」
◆
しばらく話した後、筧さんは病室に戻っていった。
しばらくは筋力回復のためのリハビリとかするらしい。あの施設はそういうのの専門なんだそうだ
帰りは檜村さんの希望で電車になった。近くにローカル線の駅があるらしい。
少し歩くと住宅街の中のちんまりした三角形の屋根の駅に着いた。
小さな駅舎には人の気配はなくて券売機が設置されているだけだ。
切符を買ってホームに出る。
長い一本の線路が伸びるホームのベンチに座ると檜村さんが隣に座った。
こっちに来るときのなんとなく張りつめていた空気は無くて、檜村さんが和らいだ表情で空を見上げる。
「どうするんですか、今後」
今なら何となくわかるけど、檜村さんが魔討士を続けていたのは多分筧さんへの引け目というのもあるだろう。
自分だけ安全な場所で幸せにはなれないというような、そんな感じだろうか。
「辛いって思ったことも……怖いって思ったこともある。嫌な目にも会ったよ。
でも絶対に辞められない、せめて治療費くらいはとか……静夏が目が覚めるまではって意地を張ってたかもしれない」
檜村さんが静かに言う。
「でも、私がもしどこかで辞めていたら……きっと静夏を助けることは出来なかった。続けていたからこそ救えた。もし私が魔討士を辞めていたら……」
檜村さんが言葉を切る。
その場合は救助が遅れて全員が亡くなって、あのダンジョンが完全に定着ダンジョンになっていたかもしれない
「きっと続けていたら……この後もこんな風に続けてよかったと思うことがあると思う」
自分に言い聞かせるように檜村さんが言って僕の方を見た。
「仮に私が辞めたら……君は続けるのかい?」
「まあ……そうなりますかね」
いろんな人と会っていろんなことがあった。
もう止めるとか言ったら……多分漆師葉さんとか清里さんとか伊勢田さんは嫌な顔するだろうと思う。
宗片さんあたりからは切られそうだ。
それに、会ったころの僕ら二人では夢魔には勝てなかった。
色んなことがあって、助けてくれる仲間ができて、だからこそ勝てた。
「なら……やっぱり私が辞めるわけにはいかないな」
檜村さんが僕の方を見ずに独り言のように言った。
「勿論続けるよ。だって私たちはパーティ、ダンジョンで君の隣に立つのは私だ。
それに……恋人として……大切な人だけを危険な目に合わせるわけにはいかない」
「ええ、そうですね」
そういうと檜村さんが手を僕の手に重ねてきた。
顔を近づけようとしてくるけど……目が合ったところで頬を赤らめて顔をそむける。
「……その、なんだ。改めて、よろしく、片岡君」
「こちらこそ」
さっき言われたことを気にしているのかどうなのか。
気まずさをごまかすように檜村さんの手に力が入る。
遠くの方から汽笛のような甲高い音が聞こえて、鮮やかなオレンジ色の電車が近づいてくるのが見えた。
突然始まった戦いだったけど、上手く行って良かったな。
◆
富山編は此処まで。
珍しくほぼノンストップで一章書けました。
♡、☆、ブクマなど頂けると創作の励みになります。カクヨムコンにも参加してますので、応援お願いいたします。
感想などもお待ちしております。よろしくお願いします。
ちなみに前話でのカタリーナの言葉の意味は
とても格好よかったわ、カタオカ
片岡君に返させた言葉は
君もね、カタリーナ
です。
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