第209話 受け継がれるもの

 一階に降りて入り口から出たら大歓声が巻き起こった。

 拍手とカメラのフラッシュがさっきの魔法なみに光る。


「いま、魔討士たちが出てきました。全員無事です」

「富山の基幹病院に発生したダンジョン。場所が場所だけに影響が心配されましたが、なんと発生から僅か2日程度でのスピード討伐となりました」

「この討伐に挑んだのは、高校生5位の片岡水貴と丙類4位の檜村玄絵、それに5位のパーティである如月……」

「ダンジョンの奥に取り残された3名を救助しダンジョンマスターを討伐するという素晴らしい成果で……」

「この途轍もなく迅速な対応は、代々木での戦いで多数の犠牲者を出した魔討士協会としては面目を施した結果となりました」

 

 アナウンサーさん達が口々にカメラの向かってしゃべっているのが断片的に聞こえてくる。

 よく見ると外人さんっぽい人もいた。セスたちが加わっているからかな。


「よく帰ってきたな、如月」

「当たり前だ、この俺が負けるかよ。つーか、楽勝だったぜ」

「疲れーた顔で言っても説得力ねぇぞ」


 森下さん達が駆け寄ってきて如月とグータッチした。

 周りから一際大きく歓声が上がる。如月が疲れた素振りも見せずに手を振って声援にこたえていた。

 結構有名らしい……さすが5位のパーティだな。


「じゃあ、またあとで。片岡君」


 そう言って梅乃輪さんが緑のベストを着た人達が集まってるテントに歩いていく。

 テレビカメラに囲まれながらテントの中の人と握手しているのが見えた。

 セスたちも海外のマスコミらしき人からインタビューを受けている。


 浮きたったムードだけど檜村さんの表情は硬い。

 誰かを探しているように周りを見回していたけど、すぐに立ちすくんだ。


 人垣から女の人が出てきて駆け寄ってくる。

 筧さんのお母さんだ。


「あの……静夏は?」

 

 わずかに見つめ合った後に意を決したように檜村さんが口を開くけど。


「大丈夫。今は別の病院に運ばれたわ」


 お母さんが言った。

 あの時は生きているか確かめる余裕は無かった。正直言うと、もしかしたら……という嫌な予感はあったけど、そうはならなくてよかった。


 檜村さんが安心したように息を吐いた。

 眼鏡を取って涙をぬぐうように目じりを抑える。


「今度は……助けられました」

「ありがとう、玄絵ちゃん……本当にありがとう」


 そう言って二人が抱き合う。

 ああよかった、と思ったところで目の前に10本近くのマイクが突き付けられた。

 

「片岡君、ぜひインタビューを!」

「片岡五位、今回の討伐について何か一言お願いします」


「怖くはないですか?高校生なのに戦う理由について教えてください」

「高校生にしてすでにヒーローになったことについて・・…」


「同じ昇格を争うライバルである清里さん、斎江君は意識しますか?」

「今回の討伐で高校生初の4位昇格が‥…」

「檜村4位との関係はやはり恋人・・……」



 とりあえず適当に答えて逃げ出した。 

 戦うのはいいんだけど、どうもああいうのは苦手だ。


「片岡君」


 人込みに紛れて一息ついていたら横から梅乃輪さんが声を掛けてきた。

 

「こっちなら落ち着けるよ」


 梅乃輪さんが手招きしてくれる。どうやら役所のテントらしい。

 テントに入ったら、また周りから拍手が上がって何人かの人に取り囲まれた。


「ありがとう。助かった」

「片岡君。どうだい?卒業後は富山に来る気は無いかな?できれば檜村4位も。富山に縁があるだろう?」 

「どうなる事かと思ったけど、本当に良かった。君のおかげだよ」


「乙の5位ってどんなものか分からなかったが、本当に素晴らしいね」

「ありがとう、片岡君。改めて礼を言うよ」

「助かりました」


 石田さんや役所の人たちが口々に言って握手を求めてくる。

 誰が誰だかはさっぱりわからなかったけど、とりあえず握手しておいた。


 一しきり握手が終わってみんながそれぞれ仕事に戻っていった。

 梅乃輪さんが水のペットボトルを渡してくれる。一口飲むと冷たい水が染みわたるように喉を抜けていった。


「いや、本当に助かりました。片岡五位。

失敗すると色々と……まあ大変ですからね。ほら、やれもっとこうすればよかっただの、もっといい方法があっただの……そう簡単にいけばいいけど、その辺を分らずに文句を言う人は多いので」

「ダンジョン発生から一日で、犠牲者無しで解決できたのは俺にとっても助かったよ。一応俺も公務員だからね。批判には弱いのさ」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 この人が7階まで上がって援護してくれなかったら、夢魔に足止めを食らって追い付かれてた。

 そうしたらどう転んだかは分からない。

 

「ところで、石田さん。俺もそろそろ昇格できますか?」


 梅乃輪さんが聞いて石田さんが頷いた。


「ダンジョンマスター討伐だから、十分昇格圏内だろう。後で確認してみよう」

「これで5位に上がれれば手当てが増える。助かるね」

「そうなんですか?」


 梅乃輪さんが軽く笑って頷く。

 この辺は四宮さんも言っていたな。家族持ちは大変ってことなんだろう。僕にはその辺の苦労は良く分からないけど。


「そういえば、すごい技でしたね」

「ありがとう、君にそう言ってもらえると嬉しいよ。片岡君」


 鎖鎌を近くで見たのは初めてだけど、一度投げたあとの鎖をあれだけ自在に振り回せるものなのか。

 まさに変幻自在って感じだった。


「君も素晴らしかったよ。俺は子供のころから10年以上修業したが、君は刀を握って2年ほどだろう?」

「ええ」


 言われてみるとそんなくらいだろうか。

 ずいぶん長く感じるけど……まだ2年なのか。色々あったな。


「素晴らしいな、全く頭が下がる」


 梅乃輪さんが言ってくれるけど……なんか実戦でヤバい相手と戦っていていつの間にやら経験をつめたって感じだ。

 たまたま宗片さんに会って鍛えてもらったりもしたし、鎮定の能力もある。色々と恵まれてるな。


「武器に恵まれてるってのもありますよ、多分」

「それは関係ない……とまではいわないが、どんな武器でも最後は使い手次第だ。それは間違いない」


 梅乃輪さんが言う。これは師匠も言ってることだ。

 人の強さは能力の強弱よりも使う者の心の有り様。だからこそ、弱い能力を見下すな、そして強い能力に引け目を感じるな。

 自分を鍛えて、自分の能力を最大に発揮できるように技を磨け。師匠の口癖だ。


 テントに人が出入りする中で、病院を見上げながら梅乃輪さんがため息をついた。

 白い病院の壁が太陽に照らされている……ところどころ穴が開いてたり窓が割れてたりはするけど、ダンジョンの赤い光はもう無い。


「どうしたんです?」

「武術は人殺しの技だった……でも、今は違う。今は誰かを護るための技だ

……そうならば、きっと先人がこの技を継いでくれた意味がある、そう思うよ」


 梅乃輪さんがしみじみというけど。

 ……僕の師匠はそんなこと全く考えてなさそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る