第208話 夢魔との戦い・下
「来たぞ!」
「遅いぞ、グズ共!いつまで待たせる気だ」
森下さん達がこっちを見て安心したように言う。
如月が怒ったような声を上げるけど、それは今はどうでもいい。
「森下さん!この三人をお願いします。三田ヶ谷とルーファさんは下まで護衛して!如月は残って!」
「おう、任せろ」
「はあ?なんで俺が?」
状況を察したのか、森下さん達がすぐに三人を抱き上げる。
天井が割れるように落ちてけたたましい音が響いた。階段が崩れて通路の向こうから夢魔が靄の壁のように迫ってくる。
「此処で倒す!」
このパーティの火力を集中するならここだ。
僕等だけなら倒せないかもしれないけど……全員ならどうだ。
「なるほど、そういうことか。この布陣なら倒せるな」
「てめえが倒すとか言ってなかったか、ああん?」
「貸しは400万円分だから、まだ働いてもらわないと」
「ちっ、仕方ねぇな」
如月が舌打ちして槍を構える。
「檜村さん」
「勿論分かっている」
ここなら気兼ねなく魔法が使えるはず。
檜村さんが夢魔を睨みつけて頷いた。
夢魔がまた巨大な顔のように形を変える。
僕等を飲み込もうとするかのようににその顔が大きく口を開いた。
「かかってきやがれ、このデカブツが!」
如月が槍をまっすぐに夢魔に向ける。
セスが何かをつぶやくと、鎧人形が持つ大剣が青く光を放った。
「書架は南西、理性の弐列・拾伍頁壱節。私は口述する」
檜村さんが詠唱を始める。
意識を沈めて刀身に意識を集中した。風が体の周りを取り巻く。
カタリーナが腰を落としてアサルトライフルを構えた。
パトリスが弓を引き絞って矢が白い光を放つ。
「食らいなヨ!」
「邪悪なるもの!闇に帰れ!」
先制するようにアサルトライフルの銃声がこだました。
銃弾の赤い光とレーザーのようなパトリスの矢が広間に入ってきた夢魔に突き刺さる。
「フラウリンガム!」
「伸びろ槍!」
うなりを上げて伸びた如月の槍が顔の眉間を貫く。
同時に青い残光を残して鎧人形の大剣が顔を真っ二つにした。
「一刀、破矢風!七葉!」
「食らえ!」
梅乃輪さんの分銅が空中を上下左右に飛んで、夢魔の顔を幾重にも引き裂く。
ばらばらになった夢魔を風の刃がさらに切り刻んだ。
悲鳴のような音が通路に響いて夢魔の顔がホラー映画のゾンビのように崩れるけど……でもまた靄が集って元に戻ろうとする。
「あれで死なねえのか?」
「攻撃し続けて!」
あれで死んでくれるなら苦労はしないって話だ。
「【麗しの庭園の鐘の音が響き、我は天を仰ぐ。
天頂には蒼空と日輪、足下には新緑と大地。此処は天使に祝福されし処、永久の平穏と静謐が満つるこの地の門を汝はくぐることかなわず。其は汝が犯した咎ゆえに】」
「腐れ野郎が!大人しく死ね!」
如月の槍がまた伸びて夢魔を貫いた。追撃するようにパトリスの矢が夢魔に突き刺さる。
夢魔の口の部分の靄がうごめいた。靄が舌のように伸びてくる。
「しつこイ!」
「させん!」
カタリーナの銃弾が伸びた先端を正確に撃ち抜くけど止まらない。
セスの鎧人形の右腕が壁のように舌の前に塞がって耳をつんざくような音が響いた。
「こいつ!」
「一刀、破矢風!天槌!」
空中から風の塊が降り注ぐ。
夢魔の本体を風が舌ごと押しつぶした。
夢魔が僅かに後退したけど……また壁のように迫ってきた。
「大丈夫?」
「あれは見た目より硬いぞ。あれを使わせるな!」
セスの鎧人形の右手に大きくひびが入っていた。
靄の口の部分がまたさっきのように蠢く。舌が伸びる前に、如月の槍が口を貫いた。
「ナイス!」
「何ヨコイツ!」
「しぶとすぎるぞ!」
セスの大剣が夢魔を何度も切りつけるけど……それでも止まる様子が無い。じりじりと前進してくる
銃弾の火線と白く光る矢、螺旋のように動く鎖鎌の分銅が夢魔の前進を阻んだ。
「【されど、悔い改め贖いを望むならば、先人に
「一刀、破矢風!」
「不死身か、こいつは!」
梅乃輪さんが吐き捨てるように言った。
もう少しで檜村さんの魔法が完成するはずだけど。
「【されば赦しは与えられん。
そう思った時に、檜村さんの詠唱が終わって、同時に目を貫くような白い光が走った。
◆
白い光球が夢魔のいた場所に現れた。まばゆい光が靄を消し去っていく。
壁や空中から靄が集まってきて夢魔が元に戻ろうとする。
でも普通なら火球や吹雪は一瞬で消えるけど、光球が空中に陣取るようにして光り続ける。
熱気が押し寄せて周囲の壁から煙があがった。
「再生させるな、周りを狙え!」
「了解!」
セスが言って、銃弾や矢が周囲の壁から伸びる靄を断ち切る。
「さっさとくたばれ、往生際が悪い!」
銃声と硬いものがぶつかり合う音、それと夢魔が上げる悲鳴ともうめき声ともつかない音の中で誰かの悪態が聞こえる。
そして、不意に悲鳴のような声が上がった。
白い光が一際まぶしく光って思わず目を閉じる。
目を開けた時には赤いダンジョンの光が消えて普通の廊下に戻っていた。
◆
クリーム色の床の廊下にはベッドとか金属のワゴンとかが転がってる。
壁は穴だらけで酷いありさまだ。
手の中にあった鎮定が薄れて消えていく。
ということはもうここはダンジョンじゃないってことで、つまりダンジョンマスターを倒したってことだ。
最後の魔法が発動している時間は……実際はわずかだったんだろうけど長く感じたな
「本当にダンジョンそのものがダンジョンマスターだったんだな」
「なんともしぶとい相手だったな……こんなのが定着ダンジョンにならなくてよかったよ」
梅乃輪さんがやれやれって顔で言う。
「しかし派手にやったな、補修が大変そうだ」
あの魔法が何だかわからなかったけど、光球があった部分が丸く削り取られたようになっていた。
床や天井はすり鉢にようにえぐられていて、壁には丸い穴が開いている。
檜村さんは疲れた様子で顔色も白い。
かなり負担のかかる魔法だったのは分かった。
「お前の魔法を直接見るのは初めてだが……さすがの威力だな、ヒノキムラ」
「けっ、大した事ねえよ。あんだけ時間がかかるんだから、これくらいやらねえと話にならねえ」
「危なかったワ、弾切れ一歩前ヨ」
カタリーナがおどけたように言ってアサルトライフルを掲げる。
床には大量の空薬莢とマガジンが転がっていた。
丸く空いた穴から風が吹き込んできて、外から人の声とヘリとか車のエンジン音とパトカーか何かのサイレンが聞こえてくる。
「終わったな……じゃあ凱旋と行こう」
梅乃輪さんが言ってようやく気が抜けた。
どうにか倒せたな。
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