第207話 夢魔との戦い・中
あの焔を魔法を受けても全く効かないのか。
ルーファさんが言っていたけど、とんでもなくしぶとい。
弱点が何かあるのか、それとも単に耐久力が高いだけかは分からないけど。
「これでもだめなのか……ならば」
檜村さんがまた詠唱に入ろうとするけど。
「ストップ、檜村さん」
「大丈夫……今度こそは……きっと倒すから、済まないがもう少し時間を稼いでくれ」
「でも、それだとあの人たちを巻き込みますよ」
そう言うと檜村さんが唇を噛んだ。
「だって……静夏があそこにいるんだよ。絶対にここは下がれない」
思いつめた表情で檜村さんが言うけど……冷静にならないと全滅する。
「今日はダンジョンマスターを倒すことが目的じゃないでしょう。あの人たちを助けます」
さっきの焔の魔法はあの知性ある蟲やトロールとかのダンジョンマスタークラスを一撃で倒せるくらいの火力はある。
あれで無傷なら……ここで僕等だけで倒すのはかなり厳しい。
「三田ヶ谷、ルーファさん。あの三人を引っ張ってこれる?」
「あの靄をどうにかしてくれれば」
「それは僕がやる。一刀、薪風、旋凪!」
鎮定を振り下ろす。
風が横凪ぎに渦を巻いて靄を吹き飛ばす。通路のように靄の切れ目が出来た。
「行きます。援護をお願いします」
「分かった。【書架は南東・記憶の六列・参拾弐頁八節。私は口述する】」
「よし!行こう、ルーファ!」
「はい、ミタカヤ様!」
ルーファさんとグーリ、それと三田ヶ谷が走る。
靄の隙間を抜けて夢魔と床に倒れている3人のすぐそばまでたどり着いた。
夢魔が手を大きく振り上げるけど。
「一刀!破矢風!蛇颪!」
鎮定を横凪ぎに振ると、周りに風が渦を巻いた。
風が靄を吹き散らして、夢魔が気圧されたように後ろに下がる。
「【今、敵は迫り鬨の声は門の外より響く。戦の時はきた。
されど恐れるなかれ。我等の四囲に
詠唱が聞こえて周りに白い防壁が立った。
夢魔が手を伸ばしてくるけど、防壁が輝いてそれを止めてくれた。防壁と靄がせめぎ合うように明滅する。
三田ヶ谷が男の人を抱え上げた。
ルーファさんは女の人……この人が筧さんなんだろうか。
グーリが襟を噛んでもう一人を引きずる。
「おし!下がるぞ」
「一刀、薪風!旋凪!」
もう一度強い風が吹いてまた靄の切れ目が出来る。
三人を抱えてどうにか夢魔から距離を取った。
「静夏!」
檜村さんが女の人の顔を見て言う。
どうやらこの人らしい。とりあえずそれは良かった。
◆
ゲームじゃないんだからボス部屋からは逃げられないなんてことはない。
このままダンジョンマスターのフロアから一時撤退できればと思ったけど、靄が渦を巻いて巨大な顔のようになった。
赤い靄で出来た顔が目を吊り上げてこっちを睨む。
人を捕らえて魔素を吸い取るならこの三人はあいつの餌みたいなものだ。
知性があるかは分からないけど、どうやら怒らせたらしいな。
三人とも無事か確かめたいところだけど……その暇はなさそうだ。
「行こう!」
「おう!」
男の人を担ぎ上げる。
もう一人を三田ケ谷、筧さんをルーファさんが抱えて走り始めた。
夢魔が叫び声を上げるように口を大きく開けてこっちに向かってくる。
階段の方を見た。
靄の向こうからカタリーナの銃声が聞こえてくる。
「クソ重いぞ」
一人を背負っている三田ヶ谷が言う。完全に脱力してる人は思ったよりもはるかに重い。
7階までの階段が遠く感じる。
「あっ!」
小さく悲鳴が上がって、ルーファさんが転んだ。筧さんが床に投げ出される。
足元に靄の出っ張りが出来ていた。
ルーファさんが慌てて立ち上がる。後ろから夢魔の顔が壁のように迫ってきた。
「ルーファ!」
三田ケ谷が立ちすくんだままで叫ぶ。鎮定を振ろうにも人を抱えている状態じゃ無理。
ヤバい……と思ったところで、不意に目の前を風を切って何かが横切った。
◆
何かと思ったけど鎖だ。
まっすぐ飛んだ鎖が後ろの夢魔を貫いて、階段の方の靄の中から梅乃輪さんが飛び出してきた。
長い鎖がまるで意思があるように手元に戻ってくる。
僕等を見て状況を察したように梅乃輪さんが頷いた。
「急げ。階段を降りたすぐの所に3人が待ってる」
梅乃輪さんが鎖鎌を構えながら言って、ルーファさんを見た。
「変わるか?」
「大丈夫!」
ルーファさんが言ってまた筧さんを担ぎ上げる。
「分かった。俺が足止めする早く行け!」
梅乃輪さんが言って分銅を靄に向かって投げつけた。
鎖が手元の動きで広いホールを縦横無尽に蛇のように飛び回って靄を切り裂く。
あんな動きが出来るのか。
階段を駆け下りるとセスたちがいた。
周りを靄の塊が囲んでいて、それをセスの鎧人形の大剣とカタリーナの銃、パトリスの矢が迎撃している。
靄と剣がぶつかり合って赤い火花が散っていた。
「無事か?」
セスが言って三人を抱えた僕等を見た。
「そいつらは俺が運ぶ」
セスが言って左手を差し出すと、鎧人形の左手が空中に浮かんだ。鎧人形の左腕が器用に三人を抱え上げる。
階段の上から足音がして梅乃輪さんが駆け下りてきた。
「ダメだ!追ってくるぞ!逃げろ!」
梅乃輪さんが言うのと同時に階段の上から靄の塊が押し寄せてきた。
靄の塊がさっきのように巨大な顔を形作る。
「走れ!」
セスが一言言って通路を走り始めた。
「グーリ!」
ルーファさんが叫ぶとグーリが先導するように廊下を駆けて靄を切り裂いていく。
「ダンジョンマスターは倒せてないのか?」
「あれはしつこすぎて僕等だけじゃ無理だった」
ダンジョンマスターの間の外まで追ってくるダンジョンマスターなんて聞いたことも無い。
予想外だったけど……ただ、それならそれで第二プランはある。
銃声が後ろから立て続けに響く。
カタリーナが走りながらハンドガンで夢魔を撃っていた。当たったところに波紋のようなものが浮かんで、巨大な顔がゆがむ。
ダメージが全くないわけじゃないのか。
「パトリス!弾!」
「ほらよ」
カタリーナが声をかけて、走りながらパトリスが銃のマガジンを投げる。
カタリーナが映画のように手際よくマガジンを入れ替えて、打ち切ったマガジンが床で撥ねた。
通路に足音と銃声がこだまする。
「的がデカいのは助かるワ」
「どうするんだ?」
「如月達と合流します!」
梅乃輪さんが走りながら言う。
グーリを援護するように鎖が狭い通路を飛び回って、道を塞ごうとする靄をはじき飛ばした。
通路を走り抜けると階段が見えてきた。
6階に駆け下りる。天井から軋み音が聞こえて階段が揺れた。まだ追ってくる。
「走れ走れ!」
「急げ!」
グーリを先頭にして全員が廊下を走る。
後ろを見ると、細い通路を埋める壁のように夢魔が迫ってきていた。
恨みがましいうめき声と何かが拉げる音が通路にこだまして後ろから追いかけてくる。
「前!」
誰かが言う。通路の向こうに靄の壁が出来ていた。
グーリが猛然と体当たりをするけど、鈍い音がしてはじき返された。
床に転がったグーリがはね起きて壁を睨む。
「一刀、破矢風、
「邪魔するな!」
走りながら鎮定を突き出す。
渦を巻く風が壁に穴を穿って、そこにセスの剣が突き刺さった。剣が捩じるように動いて穴を広げる。
「これでもクライなヨ!」
カタリーナの声が後ろから聞こえて立て続けに爆発音が響く。
手榴弾か何かか。
6階を一気に駆け抜けて階段の部屋までたどり着いた。急な階段を駆け下りる。
5階の少し薄くなった靄の向こう。広間で戦っている如月たちの姿が見えた。
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